THE SOUNDING EARTH — 音で旅する地球儀
国境ではなく「文化圏」で世界の音楽を探索するインタラクティブな地球儀。1920年代から現在まで、時代ごとの代表的な録音を、地域と時代から辿れます。
カリブ海
スペイン、アフリカ、先住民の文化が交わった島々。キューバのソン、ジャマイカのスカやレゲエ、トリニダードのカリプソなど、20世紀の世界の大衆音楽に最も大きな影響を与えた地域のひとつ。
- 1925 — Sexteto Habanero『Son Cubano 1924–1927』: 1920年にハバナで結成。トレス、ギター、ボンゴなどによる「セクステート」編成で、東部の農村から都市に出てきたソンを洗練させ、レコードで広めた先駆者。
- 1930 — Trío Matamoros『Grandes Éxitos』: サンティアゴ・デ・クーバ出身の3人組。1928年の初録音以来、ソンやボレロが国外でも愛され、のちにコンゴのミュージシャンにも歌い継がれた。
- 1952 — Lord Kitchener and others『London Is the Place for Me』: 1948年にウィンドラッシュ号でイギリスに渡ったトリニダードのロード・キチナーらが、1950年代のロンドンで録音したカリプソ集。移民の目で見た新しい都市の暮らしが歌われる。
- 1956 — Pérez Prado『Havana, 3 A.M.』: キューバ出身のピアニスト/編曲家。1940年代末からメキシコシティを拠点に、ビッグバンドで鋭く刻む「マンボ」を世界的な流行にした。
- 1956 — Harry Belafonte『Calypso』: ニューヨーク生まれ、少年期をジャマイカで過ごしたハリー・ベラフォンテのアルバム。「Day-O(バナナ・ボート・ソング)」を収め、100万枚を売った初のLPとされる。カリブの歌をアメリカの大衆に届けた。
- 1963 — The Mighty Sparrow『The Outcast』: トリニダードの「カリプソ王」。ユーモアと鋭い社会風刺を織り交ぜた歌で、カーニヴァルのコンテストを何度も制した。
- 1964 — Prince Buster『Fabulous Greatest Hits』: キングストンのサウンドシステム文化から登場した歌手/プロデューサー。1960年代前半、スカを代表するシングルを次々と生んだ。
- 1971 — U-Roy『Version Galore』: レコードのインスト面にのせて語るように歌う「トースティング」を広めたジャマイカのDJ。サウンドシステムの声が、そのままレコードになった。
- 1972 — Jimmy Cliff and others『The Harder They Come』: ジミー・クリフ主演の映画のサウンドトラック。トゥーツ&ザ・メイタルズらの曲も収め、レゲエを世界に知らせた。
- 1973 — Bob Marley & The Wailers『Catch a Fire』: ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズがアイランド・レコードから国際デビューした作品。ジャマイカのレゲエを、ロック・アルバムの形で世界に届けた。
- 1973 — Toots & The Maytals『Funky Kingston』: 「レゲエ」という言葉を広めた曲「Do the Reggay」で知られるトゥーツ・ヒバートのグループ。ゴスペル譲りの声とソウルの熱を持つ。
- 1975 — Silvio Rodríguez『Días y Flores』: キューバの「ヌエバ・トローバ」を代表するシンガー・ソングライター。ギターを中心に、革命後の社会と個人の思いを詩的に歌った。
- 1977 — Bob Marley & The Wailers『Exodus』: ジャマイカでの銃撃事件の後、ロンドンで録音された作品。「One Love」「Jamming」などを収め、タイム誌は「20世紀最高のアルバム」に選んだ。
- 1977 — Mongo Santamaría『Amanecer』: ハバナ出身のコンガ奏者モンゴ・サンタマリアが、アメリカでジャズとアフロ・キューバンの橋渡しを続けた末の作品。英題『Dawn』でグラミー賞ラテン部門を受けた。
- 1984 — Black Uhuru『Anthem』: キングストンのグループ。スライ&ロビーのリズム隊とともに、デジタル時代のレゲエを切り開いた。新設されたグラミー賞レゲエ部門の最初の受賞作。
- 1984 — Jacob Desvarieux & Kassav’『Yélélé』: グアドループのカッサヴの中心メンバーによる作品。「Zouk-la sé sèl médikaman nou ni」で、フランス領アンティルのズークを世界に広めた。
- 1987 — Peter Tosh『No Nuclear War』: ウェイラーズの創設メンバー、ピーター・トッシュの最後のスタジオ作。発表された1987年の9月にキングストンの自宅で殺害され、翌年グラミー賞を受けた。
- 1990 — Juan Luis Guerra 4.40『Bachata Rosa』: ドミニカ共和国の歌手フアン・ルイス・ゲーラの作品。田舎の酒場の音楽とみなされていたバチャータを、詩的な歌詞と洗練された編曲で世界的なヒットにした。
- 1991 — Boukman Eksperyans『Vodou Adjae』: ハイチのブークマン・エクスペリアンス。ヴードゥーの儀礼音楽とロックを結ぶ「ミジック・ラシン(根の音楽)」を代表し、軍事政権を批判した。
- 1997 — Buena Vista Social Club『Buena Vista Social Club』: 1996年にハバナで録音。コンパイ・セグンドら往年のソンの名手たちが集い、世界的なヒットとなってキューバの古いソンへの関心を呼び起こした。
- 1997 — Wyclef Jean『The Carnival』: ハイチ生まれ、ニューヨークとニュージャージーで育ったフージーズのワイクリフ・ジョン。ハイチ・クレオール語の歌やキューバの「Guantanamera」を交え、カリブ海とヒップホップを結んだ。
- 1999 — Burning Spear『Calling Rastafari』: ジャマイカ北部セント・アン出身、同郷のマーカス・ガーヴィーの思想を歌い続けたバーニング・スピアの作品。
- 1999 — Los Van Van『Llegó… Van Van』: キューバのロス・バン・バン。ソンを電気楽器と新しいリズム「ソンゴ」で更新してきた楽団で、グラミー賞を受けた。
- 2003 — Ibrahim Ferrer『Buenos Hermanos』: ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブで再び脚光を浴びたキューバの歌手、イブラヒム・フェレールの2作目。ライ・クーダーがプロデュースした。
- 2004 — Daddy Yankee『Barrio Fino』: プエルトリコのダディー・ヤンキーの作品。「Gasolina」のヒットで、レゲトンが世界的なジャンルへと広がる転機になった。
- 2005 — Damian Marley『Welcome to Jamrock』: ボブ・マーリーの末子ダミアン・マーリーの作品。タイトル曲でキングストンの貧困と暴力を描いた。
- 2014 — Calle 13『MultiViral』: プエルトリコのユニット。ヒップホップを土台に中南米各地の音楽を取り入れ、社会や政治を鋭く歌った。
- 2017 — Daymé Arocena『Cubafonía』: ハバナ出身の歌手。サンテリアの歌、ルンバ、ジャズ、ソウルを自在に行き来する、新世代キューバの声。
- 2020 — Bad Bunny『YHLQMDLG』: プエルトリコのラッパー・歌手。レゲトンを中心に、スペイン語のまま世界的なチャートの頂点に立った。
- 2025 — Bad Bunny『DeBÍ TiRAR MáS FOToS』: プエルトリコの伝統音楽プレナやボンバ、サルサを取り入れ、故郷の暮らしと記憶を歌った。
コンゴ盆地
コンゴ川を挟むキンシャサとブラザヴィルを中心に、キューバ音楽のレコードに触発された「コンゴのルンバ」が生まれた。のちのスークースとともに、アフリカ大陸全体を踊らせた音楽。
- 1953 — Various Artists『Roots of Rumba Rock: Congo Classics 1953–54』: レオポルドヴィル(現キンシャサ)のレーベル、ロニンギサの録音を集めた編集盤。初期のフランコらも参加し、コンゴのルンバの形成期を伝える。
- 1960 — Grand Kallé et l'African Jazz『Indépendance Cha-Cha, Vol. 1』: ジョゼフ・カバセレ(グラン・カレ)率いるアフリカン・ジャズ。1960年、独立交渉の場となったブリュッセルで録音した「Indépendance Cha Cha」は、アフリカ独立の時代の象徴となった。
- 1963 — Docteur Nico & Tabu Ley Rochereau『L'African Fiesta, Vol. 1 (1962–1963)』: アフリカン・ジャズから独立したドクトゥール・ニコとタブ・レイ・ロシュローによる楽団。ニコの流麗なギターは、1960年代のコンゴ音楽の黄金期を代表する。
- 1985 — Franco & TPOK Jazz『Francophonic, Vol. 2』: フランコとTPOKジャズの1980年代の録音を集めた編集盤。長尺の構成と、社会や恋愛を語る歌詞で、フランコは「リンガラ音楽の巨匠」と呼ばれた。
- 1989 — Kanda Bongo Man『Kwassa Kwassa』: パリを拠点に活動したザイール出身の歌手。ゆったりした前半を省き、速いギターの「セベン」を前面に出したスークースで、1980年代のダンスフロアを席巻した。
- 1995 — Papa Wemba『Emotion』: キンシャサのパパ・ウェンバ。リアル・ワールドから、コンゴのルンバをヨーロッパのポップの音で届けた。
- 1997 — Koffi Olomide『Loi』: コッフィ・オロミデ。表題曲はコンゴのダンス音楽ンドンボロの代表曲になった。
- 2004 — Konono Nº1『Congotronics』: キンシャサのリケンベ(親指ピアノ)楽団。廃材で作ったアンプで電気増幅した歪んだ音色とトランス的な反復が、世界のロックや電子音楽のシーンに衝撃を与えた。
- 2009 — Staff Benda Bilili『Très Très Fort』: キンシャサの路上で活動した、ポリオの後遺症を持つメンバーを中心とするバンド。ルンバやファンクを、手製の楽器と力強い歌で鳴らした。
- 2013 — Fally Ipupa『Power ‘Kosa Leka’』: キンシャサのファリー・イプパ。コンゴのルンバとR&Bを結び、新しい世代のスターになった。
- 2015 — Mbongwana Star『From Kinshasa』: スタッフ・ベンダ・ビリリの元メンバーらがキンシャサで結成したバンド。ギターとパーカッションに電子的な音処理を重ね、未来的なコンゴの音を描いた。
- 2019 — KOKOKO!『Fongola』: キンシャサの集団。廃材から作った手製の楽器と電子音を組み合わせ、都市の「いま」を鳴らす。
サヘル/マンデ
サハラ砂漠の南縁に帯のように広がる地域。マリ帝国以来のグリオ(ジェリ)の語り歌、コラやンゴニの弦、そしてトゥアレグのギター音楽まで、乾いた大地から豊かな弦の音楽が生まれてきた。
- 1970 — Bembeya Jazz National『The Syliphone Years, Vol. 1』: 独立後のギニアで国立楽団として活躍したバンド。マンデの旋律とキューバ音楽を融合した。国営レーベル「シリフォン」の録音集。
- 1973 — Rail Band『Soundiata (Belle Époque, Vol. 1)』: バマコの鉄道駅ホテルの専属楽団。若きサリフ・ケイタやモリ・カンテが在籍し、グリオの叙事詩「スンジャタ」を電気ギターの長い演奏で現代によみがえらせた。
- 1987 — Salif Keita『Soro』: マリの歌手サリフ・ケイタがパリで制作したアルバム。シンセサイザーやホーンを取り入れ、マンデの歌を世界の舞台に押し上げた。
- 1988 — Toumani Diabaté『Kaira』: グリオの家系に生まれたコラ奏者による独奏アルバム。21弦のハープ・リュートが、1台で旋律、低音、即興を同時に奏でる。
- 1989 — Oumou Sangaré『Moussolou』: マリ南部ワスル地方の歌手のデビュー作。狩人の音楽に由来するリズムにのせて一夫多妻制など女性をめぐる問題を歌い、西アフリカで大ヒットした。
- 1994 — Ali Farka Touré with Ry Cooder『Talking Timbuktu』: ニジェール川流域のギタリスト、アリ・ファルカ・トゥーレとライ・クーダーの共演。アメリカのブルースとの共通性が語られ、グラミー賞を受賞した。
- 2001 — Tinariwen『The Radio Tisdas Sessions』: マリ北部のトゥアレグのバンドの最初の国際リリース。キダルのラジオ局で録音され、エレキギターによる砂漠の音楽を世界に知らしめた。
- 2002 — Salif Keita『Moffou』: マリの歌手が、バマコに開いた自らのクラブの名を冠したアコースティック作品。セザリア・エヴォラとの「Yamore」を収め、マンデの響きに立ち返った。
- 2004 — Amadou & Mariam『Dimanche à Bamako』: バマコの盲目の夫婦デュオ。マヌ・チャオのプロデュースで、マリの響きとポップを結び、フランスで大ヒットした。
- 2005 — Ali Farka Touré & Toumani Diabaté『In the Heart of the Moon』: マリのギタリスト、アリ・ファルカ・トゥーレとコラのトゥマニ・ジャバテが、バマコのホテルでほぼ即興で録音した作品。グラミー賞を受けた。
- 2006 — Ali Farka Touré『Savane』: 2006年に亡くなったアリ・ファルカ・トゥーレの最後のアルバム。ニジェール川流域の歌とギターで、ブルースの源流を感じさせる。
- 2006 — Bassekou Kouyate & Ngoni Ba『Segu Blue』: マリのンゴニ(撥弦楽器)奏者バセク・クヤテが、ンゴニだけのバンドで、グリオの伝統楽器を主役にした作品。
- 2008 — Mamadou Diabaté『Douga Mansa』: マリのグリオの家系に生まれたコラ奏者、ママドゥ・ジャバテの独奏作品。グラミー賞トラディショナル・ワールド・ミュージック部門を受けた。
- 2011 — Tinariwen『Tassili』: マリ北部のトゥアレグ人のバンド。アルジェリアの砂漠タッシリ・ナジェールで録音したアコースティック中心の作品で、グラミー賞を受けた。
- 2011 — Fatoumata Diawara『Fatou』: マリのワスル地方にルーツを持つ歌手・ギタリストのデビュー作。故郷に伝わる歌の伝統を、アコースティック・ギターで新しく歌った。
- 2014 — Toumani Diabaté & Sidiki Diabaté『Toumani & Sidiki』: コラの名手トゥマニ・ジャバテと息子シディキの共演。何世代にもわたって受け継がれてきたコラの技と曲を、二人で奏でる。
- 2015 — Songhoy Blues『Music in Exile』: 2012年の紛争でマリ北部を追われた若者たちが、首都バマコで結成したバンド。砂漠のブルースをロックの勢いで演奏する。
- 2017 — Oumou Sangaré『Mogoya』: マリのワスル地方の歌手ウム・サンガレの復帰作。女性の自立を歌い続けた声に、新しい電子の響きを重ねた。
- 2018 — Bombino『Deran』: ニジェールのアガデス出身、トゥアレグ人のギタリスト。タマシェク語で歌い、砂漠のブルースにレゲエの揺れを加えた。
- 2021 — Mdou Moctar『Afrique Victime』: ニジェールのトゥアレグのギタリストの作品。伝統的な旋律と激しいロック・ギターで、植民地主義の傷跡も歌う。
- 2024 — Mdou Moctar『Funeral for Justice』: ニジェールのトゥアレグ人ギタリスト。荒々しいギターにのせて、植民地支配の傷跡や祖国の政治を歌った。
- 2026 — Tinariwen『Hoggar』: マリ北部のトゥアレグ人のバンドが2026年に発表した作品。1980年代から、亡命と砂漠の暮らしを歌い続けている。
バルカン
オスマン帝国の長い支配のもとで、スラヴ、ギリシャ、ロマ、トルコの文化が重なり合った半島。7拍子や9拍子などの「アクサク(不均等)」リズム、ロマのブラスバンド、ギリシャのレベティコが響く。
- 1935 — Markos Vamvakaris『If It Is God's Will: The Very Best』: シロス島に生まれ、ピレウスの港で働きながらブズーキを覚えた「レベティコの父」。1930年代、下町の暮らしや哀しみを歌った。代表曲「Fragosyriani」は1935年の録音。
- 1981 — Šaban Bajramović『Šaban Bajramović』: セルビアのニシュ出身のロマの歌手。ジャズやブルースの影響も感じさせる歌声で「ロマの歌の王」と呼ばれた。
- 1984 — Ivo Papazov『Ivo Papazov – Clarinet』: ブルガリアの「ウェディング・ミュージック」を代表するクラリネット奏者。民俗舞曲の変拍子を、驚異的な速さと即興で演奏した。
- 1994 — Kočani Orkestar『A Gypsy Brass Band』: 北マケドニア東部コチャニのロマのブラスバンド。チョチェクなどの舞曲を、チューバとトランペットの分厚いアンサンブルで演奏する。
- 1994 — Esma Redžepova & Usnija Jasarova『Songs of the Macedonian Gypsy』: スコピエ出身の歌手で、「ロマ音楽の女王」と呼ばれた。ユーゴスラヴィア時代からロマ語の歌を広く世に出した。
- 1995 — Goran Bregović『Underground (Soundtrack)』: エミール・クストリッツァ監督の映画のためにゴラン・ブレゴヴィッチが手がけた音楽。ロマのブラスバンドの響きを世界に広めた。
- 1998 — Fanfare Ciocărlia『Radio Pașcani』: ルーマニア北東部の村ゼチェ・プラジーニ出身のロマのブラスバンド。超高速の演奏で知られ、このデビュー作で国際的に知られるようになった。
- 2001 — Taraf de Haïdouks with Kočani Orkestar『Band of Gypsies』: ルーマニアのクレジャニ村のロマ楽団が、北マケドニアのコチャニ・オルケスタルと共演したライヴ盤。
- 2003 — Boban Marković Orkestar『Boban i Marko』: セルビアのグチャ・トランペット祭で何度も頂点に立ったボバン・マルコヴィッチと、息子マルコによるブラスバンドの作品。
- 2003 — Mostar Sevdah Reunion『A Secret Gate』: モスタルの音楽家たちによるボスニアの哀歌セヴダリンカ。戦争の後に、古い歌を新しい力で歌い直した。
- 2004 — Amira Medunjanin『Rosa』: サラエヴォの歌手アミラ・メドゥニャニンのデビュー作。セヴダリンカを、抑えた声で深く歌う。
- 2007 — Shantel『Disko Partizani』: フランクフルトのDJシャンテル。ブコヴィナの祖先の音楽、ブラスとクラブを結び、バルカン・ビートの流行を生んだ。
- 2018 — Emir Kusturica & The No Smoking Orchestra『Corps Diplomatique』: 映画監督エミール・クストリッツァのバンド。ロマのブラスやパンクを混ぜた「ウンザ・ウンザ」と呼ばれる陽気で騒々しい音で知られる。
アナトリア
ヨーロッパとアジアを結ぶ高原。オスマン古典音楽、アシュク(吟遊詩人)のサズ、1960〜70年代のアナトリアン・ロック、アラベスクまで、マカーム(旋法)と変拍子の豊かな伝統を持つ。
- 1955 — Safiye Ayla『Saklı Kayıtlar (1946–1985)』: トルコ古典歌謡(サナト音楽)の代表的な歌手。ウードなどの伴奏で、マカーム(旋法)に基づく繊細な節回しを聴かせる。
- 1967 — Cem Karaca ve Apaşlar『Emrah (EP)』: トルコの民謡や詩をロック・バンドの編成で歌った、アナトリアン・ロックの先駆的な録音。
- 1974 — Erkin Koray『Elektronik Türküler』: 「トルコのロックの父」と呼ばれるギタリストが、民謡(テュルキュ)を電気楽器とサイケデリックな音像で再構成した作品。
- 1975 — Barış Manço『2023』: アナトリアの民話や旋律のモチーフを、プログレッシヴなロックで描いた作品。
- 1975 — Orhan Gencebay『Batsın Bu Dünya』: サズ奏者・歌手。地方から大都市へ移り住んだ人々の孤独を歌う「アラベスク」の代表的な存在。タイトル曲は1975年の大ヒット。
- 1995 — Sezen Aksu『Işık Doğudan Yükselir』: 「トルコのポップスの女王」と呼ばれる歌手が、トルコ各地の民謡や宗教歌の要素を取り入れた作品。
- 1997 — Tarkan『Ölürüm Sana』: ドイツ生まれのトルコ系歌手の作品。収録曲「Şımarık」はヨーロッパ各国でヒットし、トルコのポップスが国境を越えるきっかけとなった。
- 1997 — Kardeş Türküler『Kardeş Türküler』: イスタンブールの「兄弟の歌」。トルコ語、クルド語、アルメニア語、ラズ語など、アナトリアの諸民族の歌を一緒に歌う。
- 2003 — BaBa ZuLa & Mad Professor『Psychebelly Dance Music』: イスタンブールのバンドが、英国のダブの名匠マッド・プロフェッサーと組んだ作品。電気サズやダルブッカの響きをダブで拡張した。
- 2004 — Aynur『Keçe Kurdan』: クルドの歌手アイヌール。クルド語の歌を歌い、表題曲をめぐって一時は発売が問題にされたこともある。
- 2018 — Altın Gün『On』: オランダ・アムステルダムで結成されたバンド。1970年代のアナトリアン・ロックの精神で、トルコの民謡をサイケデリックに演奏する。
- 2022 — Gaye Su Akyol『Anadolu Ejderi』: イスタンブールの歌手。アナトリアン・ロックや古いトルコ歌謡に、サーフ・ロックやサイケデリアを重ねる。
- 2023 — Altın Gün『Aşk』: アムステルダムで結成されたバンド。トルコの民謡やアナトリアン・ロックを、サイケデリックな感覚で演奏する。本作は民謡を中心に取り上げた。
ブラジル
アフリカ、ポルトガル、先住民の要素が溶け合った巨大な音楽の大陸。リオのサンバとショーロ、北東部のバイアォン、ボサノヴァ、トロピカリア、ミナスの音楽まで、地域ごとに異なる響きを持つ。
- 1939 — Carmen Miranda『Sua Melhor Época』: ポルトガル生まれ、リオで育った歌手。1930年代にサンバのスターとなり、のちにハリウッドで「ブラジル」のイメージを世界に広めた。
- 1947 — Luiz Gonzaga『50 Anos de Chão』: 北東部(ノルデスチ)出身のアコーディオン奏者・歌手。「Asa Branca」(1947年)などで、北東部のバイアォンを全国的なブームにした。
- 1959 — João Gilberto『Chega de Saudade』: ジョアン・ジルベルトのデビュー・アルバム。ささやくような歌声と、サンバのリズムを凝縮したギター奏法で、ボサノヴァを誕生させた。
- 1964 — Stan Getz & João Gilberto『Getz/Gilberto』: サックスのスタン・ゲッツとジョアン・ジルベルトがニューヨークで録音した作品。アストラッド・ジルベルトが歌う「イパネマの娘」が世界的にヒットし、グラミー賞の最優秀アルバムを受けた。
- 1966 — Baden Powell & Vinicius de Moraes『Os Afro-Sambas』: ギタリストのバーデン・パウエルと詩人ヴィニシウス・ヂ・モライスの共作。バイーアのカンドンブレの歌や太鼓に触発され、オリシャ(神々)を歌うサンバで、ボサノヴァの先にアフリカ系ブラジルの根を見つめた。
- 1968 — Various Artists『Tropicália ou Panis et Circencis』: カエターノ・ヴェローゾ、ジルベルト・ジル、ガル・コスタ、オス・ムタンチスらが参加した、トロピカリア運動の宣言的なアルバム。
- 1968 — Os Mutantes『Os Mutantes』: サンパウロの3人組のデビュー作。サイケデリック・ロックとブラジル音楽を遊び心たっぷりに混ぜ、トロピカリアの中心となった。
- 1971 — Chico Buarque『Construção』: 軍事政権下のリオで発表された作品。表題曲は、労働者の最後の一日を厳密な韻律の言葉で描き、検閲の時代を象徴する歌になった。
- 1972 — Milton Nascimento & Lô Borges『Clube da Esquina』: ミルトン・ナシメントとロー・ボルジェスを中心に、ミナス・ジェライス州の音楽家たちが作った2枚組。ビートルズ、ジャズ、教会音楽、民俗音楽が溶け合う。
- 1972 — Novos Baianos『Acabou Chorare』: バイーア出身の集団。ジョアン・ジルベルトの助言でサンバやショーロに立ち返り、ロックの熱と結んだ。ブラジル音楽史上の最高傑作に選ばれることも多い。
- 1972 — Caetano Veloso『Transa』: ロンドンでの亡命中に録音し、帰国後に発表した作品。英語とポルトガル語を行き来し、レゲエやバイーアのサンバの響きを取り込んだ。
- 1974 — Cartola『Cartola』: 丘のサンバ(サンバ・ジ・モーホ)の伝説的な作曲家が、60代で発表した初のソロ・アルバム。
- 1974 — Elis Regina & Antônio Carlos Jobim『Elis & Tom』: エリス・レジーナとアントニオ・カルロス・ジョビンがロサンゼルスで録音した共演盤。「三月の雨(Águas de Março)」のデュエットは、ボサノヴァを代表する録音の一つ。
- 1975 — Tim Maia『Racional, Vol. 1』: ブラジル・ソウルの第一人者が、ある新興宗教に傾倒した時期に作った作品。のちに本人が封印し、長く幻の名盤とされた。
- 1975 — Gilberto Gil『Refazenda』: バイーア出身の歌手が、北東部の農村の音楽に立ち返った作品。のちの「Re」三部作の第一作。
- 1976 — Jorge Ben『África Brasil』: エレキギターとファンクの力強いグルーヴで、アフロ・ブラジルの歴史や英雄を歌った作品。
- 1993 — Lenine & Marcos Suzano『Olho de Peixe』: ペルナンブコ出身の歌手・ギタリストと、パンデイロ奏者マルコス・スザーノの共作。ギターとパンデイロだけで北東部のリズムと都会の感覚を結び、のちの世代に大きな影響を与えた。
- 1994 — Chico Science & Nação Zumbi『Da Lama ao Caos』: レシフェのバンドのデビュー作。マラカトゥの太鼓とロック、ヒップホップを融合した「マンギビート」運動の出発点となった。
- 1997 — Milton Nascimento『Nascimento』: ミナス・ジェライスの声、ミルトン・ナシメントが、自らの名(「誕生」の意)を題にした作品。グラミー賞ワールド・ミュージック部門を受けた。
- 1997 — Caetano Veloso『Livro』: 「本」を題に、バイーアの打楽器と管弦の編曲を合わせたカエターノ・ヴェローゾの作品。トロピカリアの旗手の円熟期を代表する。
- 1997 — Racionais MC’s『Sobrevivendo no Inferno』: サンパウロのラシオナイスMC’s。刑務所カランジルの惨事を描いた「Diário de um Detento」など、周縁の現実を語り、ブラジルのヒップホップの金字塔となった。
- 1999 — Mestre Ambrósio『Fuá na Casa de Cabral』: レシフェのバンド、メストリ・アンブロジオ。マラカトゥ、コーコ、フォホーなどペルナンブーコの伝統音楽を、ロックの感覚で鳴らし、マンギ・ビートの時代を彩った。
- 2000 — João Gilberto『João Voz e Violão』: ボサノヴァの創始者ジョアン・ジルベルトが、声とギターだけで「Desafinado」「Chega de Saudade」などを録り直した最後のスタジオ作。カエターノ・ヴェローゾのプロデュース。
- 2002 — Tribalistas『Tribalistas』: マリーザ・モンチ、アルナルド・アントゥニス、カルリーニョス・ブラウンの3人組。「Já Sei Namorar」などが大ヒットした。
- 2004 — Ivan Lins『Cantando Histórias』: リオの作曲家・歌手イヴァン・リンスが、自作の名曲を新しく歌い直した作品。ラテン・グラミー賞の最優秀アルバムを受けた。
- 2004 — Seu Jorge『Cru』: リオの歌手セウ・ジョルジ。ファヴェーラから映画『シティ・オブ・ゴッド』の俳優になり、ギター一本に近い簡素な編成で歌った。
- 2011 — Criolo『Nó na Orelha』: サンパウロ南部グラジャウー出身のラッパー。ヒップホップにサンバやアフロビートを交ぜ、新しいMPBとして広く支持された。
- 2011 — André Mehmari『Canteiro』: ピアニスト・作曲家アンドレ・メマーリの2枚組。モニカ・サウマーゾ、アントニオ・ザンブージョ、カルロス・アギーレ、アミルトン・ヂ・オランダら多くの歌い手・演奏家を迎え、自作の歌を編んだ。
- 2012 — Alexandre Andrés『Macaxeira Fields』: ベロオリゾンテのシンガー・ソングライター、フルート奏者の2作目。詩人ベルナルド・マラニャンの詞を、管や弦、声の繊細なアレンジで歌った。父はウアクチのフルート奏者アルトゥール・アンドレス。
- 2013 — Antonio Loureiro『Só』: ミナス・ジェライス出身の作曲家・マルチ奏者。複雑な和声と変拍子を、やわらかな歌に溶かし込む「ミナス新世代」の中心人物。
- 2015 — Elza Soares『A Mulher do Fim do Mundo』: 1950年代から歌うサンバの歌手エルザ・ソアレスが、サンパウロの前衛的な若い音楽家たちと作った作品。暴力や差別を歌い、晩年に新しい境地を開いた。
- 2019 — Ana Frango Elétrico『Little Electric Chicken Heart』: リオの若いシンガーソングライター。1970年代のMPBやソウルを、ひねりのあるアレンジで再構築する。
- 2019 — Emicida『AmarElo』: サンパウロのラッパー、エミシーダ。黒人の歴史とブラジルの音楽の伝統を、希望のメッセージに結んだ。
- 2022 — Bala Desejo『SIM SIM SIM』: リオの4人組(ドラ・モレレンバウム、ジュリア・メストレ、ルーカス・ヌネス、ゼ・イバーハ)。1970年代のMPBを思わせる歌とハーモニーで、ラテン・グラミー賞を受けた。
- 2024 — Amaro Freitas『Y’Y』: レシフェ出身のピアニスト。アマゾンの森と人々から想を得て、ピアノの弦に物を挟み、打楽器のように響かせた。
- 2026 — THAMI『Relevuras』: リオ近郊バイシャーダ・フルミネンセのニロポリス出身、サンパウロを拠点にする歌手タミ。スタジオで一斉に録音した作品で、ルエジ・ルナやハシッドも参加。
セネガンビア
大西洋に面したウォロフ語圏。サバールの太鼓とグリオの歌を土台に、1960〜70年代にはダカールのクラブでキューバ音楽が愛され、やがて独自のダンス音楽「ンバラ」が生まれた。
- 1972 — Star Band de Dakar『Star 70s』: 1960年、ダカールのクラブ「ミアミ」の専属楽団として始まったスター・バンド。キューバ音楽を演奏しながら、のちのユッスー・ンドゥールをはじめ多くの音楽家を輩出した。
- 1982 — Orchestra Baobab『Pirates Choice』: ダカールの楽団。キューバのソンにウォロフ語やマンディンカ語の歌を溶け込ませた、ゆったりとしたアフロ・キューバン。1982年の録音が後年ヨーロッパで発売され、再評価のきっかけになった。
- 1984 — Youssou N’Dour『Immigrés』: サバールの太鼓とウォロフ語の歌を前面に押し出した「ンバラ」を世界に広めた歌手。表題曲では、フランスで暮らすセネガル移民に向けて歌った。
- 1984 — Baaba Maal & Mansour Seck『Djam Leelii』: セネガル北部フータ地方のプラール(フラニ)語の歌い手バーバ・マールと、盲目のギタリスト、マンスール・セックによる、アコースティックな二重奏。
- 1994 — Baaba Maal『Firin’ in Fouta』: セネガル北部フータ地方のフーラニ(プル)の歌手バーバ・マール。故郷の歌を、ラガやエレクトロニックとともに世界へ届けた。
- 1996 — Cheikh Lô『Né la thiass』: ブルキナファソ生まれのセネガルの歌手。バイ・ファルの信仰を歌い、ンバラにキューバ音楽やフォークの温かさを加えた。ユッスー・ンドゥールのプロデュースによる作品。
- 2002 — Orchestra Baobab『Specialist in All Styles』: 1970〜80年代のダカールで人気を集めた楽団オーケストラ・バオバブの、約15年ぶりの再結成作。キューバ音楽とウォロフの歌が溶け合う。
- 2003 — Daara J『Boomerang』: ダカールのヒップホップ・グループ。「ヒップホップはアフリカで生まれ、ブーメランのように帰ってきた」と歌った。
- 2004 — Youssou N’Dour『Egypt』: カイロのオーケストラとともに、セネガルのスーフィーの聖者たちを讃えた歌集。グラミー賞を受賞した。
- 2011 — Sona Jobarteh『Fasiya』: グリオの名家に生まれた音楽家。伝統的に男性が受け継いできたコラを、自作の歌とともに演奏する。
ギニア湾岸
港町が育んだ大衆音楽の宝庫。ガーナのハイライフ、ナイジェリアのジュジュとアフロビート、ベナンのヴードゥン・ファンク、そして21世紀に世界を席巻したアフロビーツまで。
- 1955 — E.T. Mensah & The Tempos『All for You』: 「ハイライフの王」と呼ばれたガーナのトランペット奏者。ダンスバンドの編成にカリプソやジャズを取り入れ、独立前後の西アフリカ各地で人気を集めた。
- 1962 — I.K. Dairo & His Blue Spot Band『In the 60’s, Vol. 1』: ヨルバの歌とトーキング・ドラムにアコーディオンを加え、ジュジュを大衆音楽として広めたナイジェリアの音楽家。
- 1973 — Orchestre Poly-Rythmo de Cotonou『The Vodoun Effect』: ベナンの港町コトヌーの楽団。ヴードゥンの儀礼のリズムに、ファンクやアフロビートを重ねた。
- 1976 — Fela Kuti & Africa 70『Zombie』: アフロビートの創始者。ジャズとファンク、ヨルバのリズムを融合し、長尺の演奏で軍事政権を痛烈に風刺した。表題曲は命令に従うだけの兵士を「ゾンビ」にたとえた。
- 1978 — William Onyeabor『Who Is William Onyeabor?』: ナイジェリア東部で自主制作のシンセサイザー・ファンクを発表した音楽家。2013年の編集盤で世界的に再発見された。
- 1986 — Alpha Blondy『Jerusalem』: コートジボワールのアルファ・ブロンディ。ジャマイカでウェイラーズと録音し、アフリカのレゲエを代表する存在になった。
- 1991 — Angélique Kidjo『Logozo』: ベナン出身、パリを拠点とする歌手。西アフリカのリズムにファンクやジャズを取り入れ、国際的な成功の足がかりとなった作品。
- 1998 — Femi Kuti『Shoki Shoki』: フェラ・クティの長男フェミ・クティ。父のアフロビートを、より速く引き締まった形で世界に届けた。
- 2002 — Tony Allen『HomeCooking』: フェラ・クティとともにアフロビートを生んだラゴス出身のドラマー。パリを拠点に、ロンドンのラッパーらも迎えてアフロビートを新しく鳴らした。
- 2007 — Angélique Kidjo『Djin Djin』: ベナン出身のアンジェリーク・キジョーの作品。題名はベナンの言葉で、新しい一日の始まりを告げる鐘の音を表す。グラミー賞を受けた。
- 2010 — Ebo Taylor『Love and Death』: 1960年代からハイライフとアフロビートを担ってきたガーナのギタリストが、ベルリンの楽団と録音した作品。
- 2014 — Angélique Kidjo『Eve』: ベナンやケニアの村々で女性たちの合唱を録音し、アフリカの女性たちに捧げた作品。
- 2015 — Pat Thomas & Kwashibu Area Band『Pat Thomas & Kwashibu Area Band』: 1970年代から活躍するガーナの歌手パット・トーマスが、若いバンドと作ったハイライフの新作。
- 2019 — Burna Boy『African Giant』: ナイジェリアの歌手。アフロビートの父フェラ・クティの音楽を受け継ぎつつ、ダンスホールやヒップホップと溶け合うアフロビーツで世界的な人気を得た。
- 2019 — Blick Bassy『1958』: カメルーンの歌手ブリック・バッシー。独立闘争の指導者ルーベン・ウム・ニオベが殺された1958年を題に、バサ語で歌った。
- 2020 — Burna Boy『Twice As Tall』: ナイジェリアのポート・ハーコート出身。アフロビートを受け継ぐ「アフロフュージョン」で世界的な人気を得て、本作でグラミー賞を受けた。
- 2020 — Wizkid『Made in Lagos』: ラゴスのウィズキッド。テムズとの「Essence」が世界的なヒットとなり、アフロビーツの国際化を決定づけた。
- 2020 — Amaarae『The Angel You Don’t Know』: ガーナ系アメリカ人の歌手アマーレイ。ささやく高い声で、アフロビーツとR&B、パンクを溶かした。
- 2022 — Asake『Mr. Money With The Vibe』: ラゴスの歌手のデビュー作。ナイジェリアのフジやヨルバの合唱を、南アフリカのアマピアノと結んだ。
- 2022 — Rema『Rave & Roses』: ナイジェリアのレマのデビュー作。「Calm Down」は、アフリカの曲として記録的な世界的ヒットになった。
- 2024 — Tems『Born in the Wild』: ラゴス出身のシンガー・ソングライターのデビュー・アルバム。深みのある声で、R&Bとアフロビーツを結ぶ。
- 2024 — Lubiana『Terre Rouge』: ベルギーとカメルーンにルーツを持つ歌手・コラ奏者の2作目。子ども時代の夏を過ごしたカメルーンの記憶を、ポップとアフリカの伝統音楽で描いた。ガエル・ファイユやトゥマニ・ジャバテも参加。
アフリカの角
独自の五音音階「キニット」を持つ高原の国々。1960〜70年代のアディスアベバでは、ブラスとオルガンが響く「黄金時代」が花開き、のちに「エチオピーク」として世界に再発見された。
- 1966 — Emahoy Tsegué-Maryam Guèbrou『Éthiopiques 21: Piano Solo』: エチオピア正教会の修道女でピアニスト。ヨーロッパのクラシックとエチオピアの旋律が溶け合う、独自のピアノ曲を残した。
- 1970 — Alemayehu Eshete『Éthiopiques 9: Alèmayèhu Eshèté』: 「エチオピアのエルヴィス」と呼ばれた歌手。ソウルやロックンロールの勢いを、アムハラ語の歌に取り込んだ。
- 1972 — Mulatu Astatke『Éthiopiques 4: Ethio Jazz』: エチオ・ジャズの創始者。ロンドンとアメリカで学び、エチオピアの音階にジャズやラテンのリズムを融合した。
- 1975 — Mahmoud Ahmed『Éthiopiques 7: Erè Mèla Mèla』: 帝国親衛隊楽団で歌っていた歌手。エチオピア歌謡の黄金時代を代表する一枚。
- 1977 — Hailu Mergia & The Walias『Tche Belew』: アディスアベバのクラブで活躍したワリアス・バンドの作品。オルガンとホーンが絡むエチオ・ファンク。2014年の再発をきっかけに、メルギアは演奏活動を再開した。
- 1980 — Various Artists『Sweet as Broken Dates: Lost Somali Tapes from the Horn of Africa』: 内戦で失われかけたソマリアのカセットや放送用録音を集めた編集盤。モガディシュやハルゲイサのバンドが、ファンクやレゲエを取り入れた。
- 1990 — Aster Aweke『Kabu』: アメリカに移り住んだエチオピアの歌手。アムハラ語の伝統的な節回しをソウルフルに歌い、国外のエチオピア人社会からも世界からも愛された。
- 2001 — Gigi『Gigi』: エチオピア出身の歌手。ビル・ラズウェルのプロデュースで、アムハラ語の歌とジャズやファンクを結んだ。
- 2009 — Mulatu Astatke & The Heliocentrics『Inspiration Information 3』: エチオ・ジャズの父ムラトゥ・アスタトゥケと、ロンドンのバンド、ヘリオセントリックスの共作。
- 2014 — Alsarah & The Nubatones『Silt』: ハルツーム生まれ、ブルックリン拠点の歌手アルサラーのグループ。ヌビアの歌と1970年代スーダンのポップを、移民の視点で歌う。
- 2017 — Meklit『When the People Move, the Music Moves Too』: アディスアベバ生まれ、サンフランシスコ拠点の歌手メクリット。エチオピアの旋法とジャズ、移民の物語を結んだ。
- 2018 — Hailu Mergia『Lala Belu』: 1970年代アディスアベバのウォリアス・バンドの鍵盤奏者ハイル・メルギア。ワシントンでタクシー運転手をしていた彼の、再発見後のスタジオ作。
スワヒリ海岸
インド洋交易で結ばれた海岸地帯。アラブやインドの響きを取り込んだザンジバルのターラブ、ケニアのベンガ、そしてコンゴから渡ってきたルンバの楽団が、ナイロビやダルエスサラームで花開いた。
- 1929 — Siti binti Saad『The Legendary Mumbai Recordings』: ザンジバルのターラブの歌い手。1928年以降ボンベイ(現ムンバイ)で録音し、スワヒリ語の歌をレコードで広めた東アフリカの先駆者。
- 1977 — D.O. Misiani & Shirati Jazz『Isabella Muga』: ケニアのルオ人の音楽ベンガを代表するギタリスト・歌手。竪琴ニャティティの奏法をエレキギターに移した、躍動するベンガ。
- 1980 — Orchestra Super Mazembe『Giants of East Africa』: ナイロビを拠点に活動したコンゴ出身の楽団。スワヒリ語で歌われたルンバは、東アフリカ一帯で愛された。
- 1989 — Remmy Ongala & Orchestre Super Matimila『Songs for the Poor Man』: コンゴ生まれ、ダルエスサラームで活躍した歌手。スワヒリ語で貧しい人々の暮らしを歌い、「ドクター・レミー」と慕われた。
- 1993 — Ayub Ogada『En Mana Kuoyo』: ケニアのルオ人の竪琴ニャティティによる弾き語り。祈りのように静かな歌が、国境を越えて愛された。
- 1998 — Bi Kidude『Zanzibar』: ザンジバルの伝説的な歌い手。ターラブと女性たちの太鼓の歌を力強い声で歌い、晩年まで舞台に立ち続けた。
- 2015 — Sauti Sol『Live and Die in Afrika』: ナイロビの4人組。東アフリカのギターの響きを、R&Bやポップスのハーモニーで現代に響かせる。
- 2017 — Msafiri Zawose『Uhamiaji』: タンザニア中部ゴゴ人の音楽家一族に生まれたムサフィリ・ザウォセ。親指ピアノや弦楽器の伝統に、電子音を重ねた。
- 2018 — Diamond Platnumz『A Boy from Tandale』: ダルエスサラームの下町タンダレ出身の歌手ダイアモンド・プラトナムズ。スワヒリ語のポップ、ボンゴ・フレイヴァを東アフリカ全体に広めた。
- 2020 — Siti Muharam『Siti of Unguja』: ザンジバルの伝説的な歌手シティ・ビンティ・サアドのひ孫、シティ・ムハラム。ターラブの古い歌を、新しい編成で歌い継いだ。
南部アフリカ
ヨハネスブルグの鉱山の町で生まれたマラビやムバカンガ、ズールーの合唱、反アパルトヘイトの歌、ジンバブエのムビラを電気化したチムレンガ。21世紀にはアマピアノが世界へ広がった。
- 1965 — Harry Belafonte & Miriam Makeba『An Evening with Belafonte/Makeba』: アパルトヘイトの南アフリカから亡命していたミリアム・マケバと、ハリー・ベラフォンテの共演盤。ズールー語やコサ語などの歌を収め、アフリカ出身の女性として初めてグラミー賞を受けた作品とされる。
- 1967 — Miriam Makeba『Pata Pata』: 南アフリカから亡命し、アメリカで活動した歌手。ヨハネスブルグのタウンシップで生まれた「Pata Pata」は世界的なヒットになり、彼女は反アパルトヘイトの声としても知られた。
- 1972 — Hugh Masekela『Home Is Where the Music Is』: 南アフリカから亡命したトランペット奏者が、ロンドンで同郷の仲間たちと録音した作品。タウンシップの響きとジャズが溶け合う。
- 1984 — Thomas Mapfumo & The Blacks Unlimited『Mabasa』: ジンバブエのムビラ(親指ピアノ)の音型をエレキギターに移した「チムレンガ」の創始者。独立闘争の時代から社会を歌い続けた。
- 1986 — Abdullah Ibrahim『Water from an Ancient Well』: ケープタウン出身のピアニスト(旧名ダラー・ブランド)が、亡命先で率いたグループ「エカヤ」との作品。南アフリカの賛美歌やマラビの響きがジャズに溶ける。
- 1986 — Paul Simon『Graceland』: ヨハネスブルグで南アフリカの音楽家たちと録音を始めた作品。レディスミス・ブラック・マンバーゾらが参加し、ムバカンガやイシカタミヤを世界に広めた。アパルトヘイト下の文化ボイコットをめぐる論争も呼んだ。
- 1987 — Ladysmith Black Mambazo『Shaka Zulu』: ズールーの無伴奏合唱イシカタミヤを代表するグループ。ポール・サイモンの『グレイスランド』で世界に知られ、本作でグラミー賞を受賞した。
- 1988 — Mahlathini & The Mahotella Queens『Thokozile』: 低く唸るような歌声のマハラティーニと、女性コーラスのマホテラ・クイーンズ。1960年代から続くムバカンガの代表的存在。
- 1989 — Lucky Dube『Prisoner』: 南アフリカのラッキー・デューベ。アパルトヘイト下で社会を歌うレゲエを広め、アフリカで最も売れたレゲエ歌手の一人になった。
- 1997 — Brenda Fassie『Memeza』: 南アフリカで絶大な人気を誇った歌手。アパルトヘイト撤廃後の時代を代表する作品で、「Vulindlela」が大ヒットした。
- 1999 — Oliver Mtukudzi『Tuku Music』: ジンバブエのオリヴァー・ムトゥクジ。ムビラの響きを生かしたギターと、ショナ語の歌で知られる。
- 2004 — Thandiswa Mazwai『Zabalaza』: ボンゴ・マフィンの歌手タンディスワのソロ作。コサ語の歌で、民主化後の南アフリカの希望と怒りを歌った。
- 2018 — Soweto Gospel Choir『Freedom』: ソウェトの合唱団が、アパルトヘイトと闘った時代の歌を集め、ネルソン・マンデラ生誕100年の年に発表した。
- 2020 — Kabza De Small『I Am the King of Amapiano: Sweet & Dust』: ハウスやジャズ、クワイトを受け継いで南アフリカのタウンシップから生まれたダンス音楽アマピアノ。その中心人物による大作。
- 2021 — Black Coffee『Subconsciously』: ダーバン出身のDJ・プロデューサー、ブラック・コーヒー。南アフリカのハウスを世界のクラブに広め、グラミー賞を受けた。
- 2024 — Tyla『TYLA』: ヨハネスブルグ出身の歌手。南アフリカのアマピアノとR&Bを結んだ「Water」が世界的なヒットになった。
- 2026 — vuyo viwe『There Are Mirrors Everywhere』: ケープタウン大学でジャズを学んだ南アフリカのフルート奏者・歌手ヴヨ・ヴィウェのデビュー作。南アフリカの伝統歌や弓奏楽器ウハディの響きを、ジャズと電子音で四季の流れに編んだ。
マグレブ
アラブ、ベルベル(アマジグ)、アンダルシアの記憶が重なる北アフリカ西部。アルジェのシャアビ、オランのライ、グナワの儀礼音楽。移民とともにパリやマルセイユへも渡った。
- 1973 — Dahmane El Harrachi『Le Chaâbi, Vol. 2』: アルジェのシャアビの歌い手。自らもフランスに渡って暮らし、故郷を離れて働く人々を歌った「Ya Rayah」(1973年)は、のちに北アフリカとフランスで広く歌い継がれた。
- 1991 — Anouar Brahem『Barzakh』: チュニジアのウード奏者。ECMからの初作で、アラブ古典の旋法と即興を静謐な室内楽として響かせた。
- 1992 — Mahmoud Guinia『Musique Tagnawite』: モロッコのグナワの大家。低音の三弦ゲンブリと鉄製のカスタネット、カルカベの反復で、夜通し続く癒やしの儀礼を導く。
- 1993 — Khaled『N’ssi N’ssi』: アルジェリア西部オラン出身の「ライの王」。シンセサイザーやホーンを取り入れたライで、フランスやアラブ世界に大きなファンを持った。
- 1994 — Cheikha Rimitti『Sidi Mansour』: 「ライの母」と呼ばれた歌手。1950年代からレコードを出し、女性の本音を率直に歌った。本作にはロバート・フリップやフリーらが参加した。
- 1998 — Rachid Taha『Diwân』: アルジェリアに生まれ、フランスで育った歌手。北アフリカの名曲をロックの感覚で歌い直し、移民の視点で伝統を受け継いだ。
- 2001 — Souad Massi『Raoui』: アルジェ出身の歌手。アラビア語とフランス語で、フォークやシャアビ、フラメンコの響きを持つ歌を紡ぐ。
- 2001 — Dhafer Youssef『Electric Sufi』: チュニジア出身のウード奏者・歌手ダフェール・ユーセフ。スーフィーの歌とウード、エレクトロニックとジャズを結んだ。
- 2004 — Rachid Taha『Tékitoi』: リヨン育ちのアルジェリア人歌手ラシッド・タハ。クラッシュの「Rock the Casbah」をアラビア語で歌い直し、アラブとパンクを結んだ。
- 2010 — Hindi Zahra『Handmade』: モロッコ出身、パリを拠点にする歌手ヒンディ・ザーラのデビュー作。英語とアマジグ(ベルベル)語で、フォークやブルース、ジャズを歌う。
- 2018 — Ammar 808『Maghreb United』: チュニジアのプロデューサー、アンマール808が、チュニジア、アルジェリア、モロッコの歌い手を迎え、マグレブの伝統音楽を電子音で結んだ。
- 2020 — Bab L’Bluz『Nayda!』: マラケシュとリヨンをまたぐバンド。グナワの弦楽器ゲンブリをもとにした楽器で、マグレブの音楽をサイケデリック・ロックとして鳴らす。
エジプト
20世紀のアラブ音楽の中心地。ウンム・クルスームらの長大な歌と映画音楽がラジオでアラブ世界全体に届いた。カイロの路地からは大衆歌シャアビや電子音楽マハラガナートも生まれた。
- 1940 — Mohamed Abdel Wahab『Mohamed Abd El Wahab』: 20世紀のアラブ音楽を代表する作曲家・歌手。西洋のオーケストラやリズムを取り入れながら、アラブの旋法による新しい歌と映画音楽をつくった。
- 1964 — Umm Kulthum『Anta Oumri』: 「東洋の星」と呼ばれたエジプトの歌手。1時間に及ぶ長大な歌で聴衆を陶酔させた。作曲家アブドゥルワッハーブと初めて組んだ「インタ・オムリ」は、1964年に初演された。
- 1970 — Abdel Halim Hafez『Abd El Halim Hafez』: 「褐色のナイチンゲール」と呼ばれた歌手・俳優。ロマンティックな歌と映画で、1950〜70年代のアラブ世界の若者たちに愛された。
- 1971 — Hamza El Din『Escalay: The Water Wheel』: アスワン・ハイ・ダムの建設で故郷を失ったヌビアの音楽家。ウードの弾き語りで、水車の回る村の記憶を静かに歌った。
- 1975 — Omar Khorshid『Omar Khorshed Pt. 2』: エレキギターでアラブの旋法を奏でたカイロのギタリスト。ウンム・クルスームの楽団にも参加し、ギターによる独自のアラブ音楽を生んだ。
- 1980 — Ahmed Adaweyah『Zahma』: カイロの下町から登場した大衆歌謡シャアビの歌手。庶民の言葉で都会の暮らしを歌い、カセットテープを通じて爆発的に広まった。
- 1996 — Amr Diab『Nour El Ain』: エジプトのポップスター。表題曲は国境を越えてアラブ世界と海外でヒットし、地中海風のポップスの代表作になった。
- 2000 — Amr Diab『Tamally Maak』: エジプトの歌手アムル・ディアブの作品。表題曲はアラブ世界で最も広く歌われたラブソングの一つになった。
- 2015 — Maryam Saleh & Zeid Hamdan『Halawella』: カイロの歌手マリアム・サーレフと、ベイルートのプロデューサー、ゼイド・ハムダンの共作。シェイフ・イマームら抵抗の歌の伝統を、電子音とともに新しく歌う。
- 2019 — Maurice Louca『Elephantine』: カイロの作曲家・ギタリスト、モーリス・ルーカが、エジプトのリズムやアラブの旋法をもとに書いた、大編成の即興作品。
- 2019 — Cairokee『The Ugly Ducklings』: 2011年のエジプト革命のさなかに歌った曲で知られる、カイロのロック・バンド、カイロキーの作品。
レヴァント
東地中海の沿岸。アレッポの古典歌謡ムワッシャハ、ベイルートのフェイルーズとラハバーニ兄弟、ウードの名手たち、そしてイエメン系ユダヤの歌やジャズまで、多様な声が交差してきた。
- 1975 — Sabah Fakhri『Master of Andalusian Folklore: Traditional Syrian Songs』: シリア・アレッポの歌手。アンダルシアに起源をもつ古典歌謡ムワッシャハを、驚異的な声量と長い即興で歌い継いだ。
- 1977 — Sheshet『ששת』: イスラエルの6人組の唯一のスタジオ作。シェム・トヴ・レヴィやヨフディット・ラヴィツらが参加し、ジャズ・ロックや中東、ブラジル音楽の要素を穏やかなハーモニーで包んだ。発表当時は売れずに解散したが、イスラエル・ロックの名盤とされる。
- 1979 — Fairuz『Wahdon』: レバノンを代表する歌手。息子ジアード・ラハバーニの作曲・編曲による本作では、ジャズの和声がアラブの歌に溶け込んだ。
- 1980 — Marcel Khalife『At the Border』: レバノンのウード奏者・歌手。パレスチナの詩人マフムード・ダルウィーシュの詩などを歌い、内戦の時代に人々の心を支えた。
- 1984 — Ofra Haza『Yemenite Songs』: イエメン系ユダヤ人の家庭に育った歌手が、家族に伝わる歌を録音した作品。のちに「Im Nin’alu」がダンス・リミックスで世界的にヒットした。
- 1985 — Ziad Rahbani『Houdou Nisbi』: フェイルーズの息子で作曲家・劇作家のジアード・ラハバーニ。内戦下のベイルートで、ジャズとアラブ音楽を結んだ。
- 2006 — DAM『Dedication』: イスラエルのロッドで育ったパレスチナ人のヒップホップ・グループ、ダム。アラビア語ラップの先駆けで、差別と抵抗を歌った。
- 2007 — Le Trio Joubran『Majâz』: パレスチナ・ナザレの楽器職人の家に生まれた三兄弟によるウード・トリオ。3本のウードが旋律を受け渡し、即興で対話する。
- 2008 — Avishai Cohen Trio『Gently Disturbed』: イスラエル出身のベーシストのピアノ・トリオ作品。中東の旋律や変拍子を、ジャズのピアノ・トリオで躍動的に響かせる。
- 2011 — Dudu Tassa & The Kuwaitis『Dudu Tassa & The Kuwaitis』: イスラエルのロック歌手ドゥドゥ・タッサが、祖父と大叔父のクウェーティ兄弟(バグダードの名演奏家)の歌を、ロックで歌い直した。
- 2012 — Yasmine Hamdan『Ya Nass』: ベイルート出身の歌手ヤスミン・ハムダン。アラブ各地の方言で、古い歌謡の気配を電子音の中に歌った。
- 2013 — Omar Souleyman『Wenu Wenu』: シリア北東部で結婚式の歌手として活躍した歌い手。高速のキーボードとダブケのリズムにのせて歌い、本作はフォー・テットのプロデュースで国際的に知られた。
- 2013 — Mashrou’ Leila『Raasük』: ベイルートのバンド。アラビア語の歌詞で社会や恋愛を率直に歌い、アラブ世界の若い世代から大きな支持を集めた。
- 2016 — A-WA『Habib Galbi』: イスラエルのハイム三姉妹A-WA。祖母から伝わったイエメン系ユダヤ人の歌を、ヒップホップと電子音で歌った。
- 2018 — פנחס ובניו『מדובר באלבום』: オフェル・ピンハス率いるイスラエルの大編成バンド。プログレッシヴ・ロックにレヴァントの民俗音楽を溶かし込み、ヘブライ語だけでなくアラビア語でも歌う。
- 2021 — Noga Erez『KIDS』: イスラエルのシンガー・プロデューサーの2作目。鋭いラップと電子音で、暴力や社会の不安を歌った。
コーカサス
黒海とカスピ海に挟まれた山岳地帯。アルメニアのドゥドゥク、ジョージアの多声合唱、アゼルバイジャンのムガーム。ムガームとジャズを融合した「ジャズ・ムガーム」も生まれた。
- 1966 — Vagif Mustafazadeh『Jazz Trio “Kavkaz”』: アゼルバイジャンのピアニスト。ムガームの旋法とジャズの即興を結びつけた「ジャズ・ムガーム」の創始者。
- 1983 — Djivan Gasparyan『I Will Not Be Sad in This World』: アルメニアのドゥドゥク(杏の木の縦笛)の名手。哀切で深い音色は、のちに多くの映画音楽でも用いられた。
- 1989 — The Rustavi Choir『Georgian Voices』: ジョージアの伝統的な多声合唱を歌う男声合唱団。独特の和声をもつジョージアの多声合唱は、ユネスコの無形文化遺産にも登録されている。
- 1991 — Aziza Mustafa Zadeh『Aziza Mustafa Zadeh』: ヴァギフ・ムスタファザーデの娘で、ピアニスト・歌手。父のジャズ・ムガームを受け継ぎ、クラシックの技巧とムガームの歌を重ねた。
- 2002 — Armenian Navy Band『New Apricot』: パーカッション奏者アルト・トゥンチボヤジヤンがエレヴァンで結成した楽団。アルメニアの民俗音楽とジャズを、ユーモアを交えて融合する。
- 2006 — Nino Katamadze & Insight『Black』: ジョージアの歌手ニノ・カタマゼとバンド、インサイト。ジョージアの民謡の響きとジャズを結んだ。
- 2015 — Tigran Hamasyan『Mockroot』: アルメニア出身のピアニスト。アルメニアの民謡や聖歌に、プログレッシヴ・ロックやエレクトロニカの力を注ぎ込む。
- 2019 — Alim Qasimov & Michel Godard『Awakening』: ムガームを代表する歌手アリム・ガスモフと、フランスのチューバ/セルパン奏者との共演。ムガームの声が古楽器や即興と出会う。
- 2019 — Shahin Novrasli『From Baku to New York City』: バクー出身のピアニスト。ムガームの旋法を土台に、ニューヨークの音楽家たちとジャズを奏でる。
- 2022 — Tigran Hamasyan『StandArt』: アルメニアのピアニスト、ティグラン・ハマシアンが、アメリカのジャズ・スタンダードを独自の変拍子と和声で解体した作品。
イラン
ペルシャ古典音楽は、旋律の型の体系「ラディーフ」と即興を軸に、古典詩とともに歌われる。1960〜70年代のテヘランでは、西洋のポップスと融合した華やかな歌謡曲も黄金期を迎えた。
- 1930 — Qamar ol-Moluk Vaziri『Qamar ol-Moluk Vaziri』: 20世紀初頭のイランで、女性として初めて公の舞台で素顔で歌ったとされる歌手。ペルシャ古典歌唱の草分け。
- 1975 — Googoosh『40 Golden Hits of Googoosh』: 1970年代のテヘランを代表する歌手・女優。洋楽とペルシャの旋律を融合した華やかな歌で、ペルシャ語圏全体の憧れの的になった。
- 1976 — Kourosh Yaghmaei『Back from the Brink』: イラン革命前のテヘランで活躍したロック・ミュージシャン。ペルシャの旋律をファズ・ギターで鳴らし、2011年の編集盤で世界的に再評価された。
- 1979 — Hayedeh『40 Hayedeh Golden Songs, Vol. 1』: 1970年代のテヘランで人気を得た歌手。古典的な歌唱力でポップスを歌い、革命後はロサンゼルスで在外イラン人のために歌った。
- 1985 — Mohammad Reza Shajarian『Bidad』: ペルシア古典声楽の巨匠シャジャリアンが、パルヴィーズ・メシュカーティアンの作曲で歌った作品。
- 1986 — Mohammad Reza Shajarian『Nava』: 20世紀後半のペルシャ古典音楽を代表する歌手。ラディーフに基づく繊細な歌唱で、ハーフェズやサアディーなどの古典詩を歌った。
- 2003 — Ghazal (Kayhan Kalhor & Shujaat Husain Khan)『The Rain』: イランのケマンチェ奏者とインドのシタール奏者によるグループ「ガザル」のライヴ。ペルシャと北インドの古典音楽が即興で対話する。
- 2006 — Hossein Alizadeh & Madjid Khaladj『Iran: Masters of Improvisation』: イランを代表するタール奏者と、トンバク(太鼓)奏者による即興の二重奏。
- 2006 — Kayhan Kalhor & Erdal Erzincan『The Wind』: イランのカマンチェ奏者ケイハン・カルホールと、トルコのバーラマ奏者エルダル・エルジンジャン。国境を挟む二つの伝統が即興で出会う。
- 2016 — Mohsen Namjoo『Personal Cipher』: イラン北東部出身の歌手・セタール奏者。ペルシア古典の歌唱と詩に、ロックやブルースを大胆に混ぜた。
中央アジア・モンゴル
草原とオアシスの世界。一人で複数の音を同時に出すホーミー(喉歌)、馬頭琴、ウズベクの古典音楽シャシュマカーム。遊牧と交易の記憶が音に刻まれている。
- 1993 — Huun-Huur-Tu『Sixty Horses in My Herd』: ロシア連邦トゥヴァ共和国のグループ。一人で低音と倍音の旋律を同時に響かせるホーメイ(喉歌)と、馬の歩みを思わせる弦の伴奏。
- 1999 — Yat-Kha『Dalai Beldiri』: トゥヴァの喉歌をロックやパンクと結びつけたバンド。地を這うような低い喉歌がギターと重なる。
- 2003 — Sevara Nazarkhan『Yol Bolsin』: ウズベキスタンの歌手。弦楽器ドゥタールを弾きながら歌うウズベクの伝統歌を、繊細な電子音とともに現代に響かせる。
- 2004 — Altan Urag『Made in Altan Urag』: ウランバートルのバンド、アルタン・ウラグ。馬頭琴やホーミーなど遊牧の音楽を、ロックの編成で力強く鳴らした先駆け。
- 2007 — Altai Kai『Altai Throat Singing』: ロシア連邦アルタイ共和国のグループ。英雄叙事詩を低い喉声で語る「カイ」を、弦楽器トプシュールや口琴とともに伝える。
- 2009 — Ulytau『Jumyr-Kylysh』: カザフスタンのトリオ。2弦の弦楽器ドンブラの伝統曲キュイを、エレキ・ギターやヴァイオリンとともに激しく演奏する。
- 2013 — Sanubar Tursun『Arzu (Songs of the Uyghurs)』: 新疆のウイグルの歌手・ドゥタール奏者サヌバル・トゥルスン。ウイグルの古典音楽ムカームや民謡を、弦楽器とともに歌う。
- 2017 — 杭盖乐队『故鄉』: 北京で結成されたモンゴル系のバンド。喉歌ホーミーや馬頭琴、トブショールを、ロックのリズムにのせて草原の歌を歌う。
- 2019 — The HU『The Gereg』: モンゴルのバンド。馬頭琴や喉歌などの伝統をヘヴィ・ロックと結びつけ、インターネットを通じて世界的に知られた。
北インド・パキスタン
ラーガ(旋律の枠組み)とターラ(リズムの周期)を土台に即興を重ねるヒンドゥスターニー古典音楽、スーフィーの歌カッワーリー、そして映画とともに歩んだ映画音楽(フィルミー)。
- 1953 — Lata Mangeshkar『Lata Mangeshkar - The Nightingale of India』: ヒンディー語映画の歌を数十年にわたって吹き込み続けたプレイバック・シンガー。「インドのナイチンゲール」と呼ばれた。
- 1955 — Ali Akbar Khan『Morning and Evening Ragas』: サロードの巨匠アリ・アクバル・カーンが、ヴァイオリニストのユーディ・メニューインに招かれてアメリカで録音した作品。アメリカで初めて本格的に紹介されたインド古典音楽の録音として知られる。
- 1956 — Ravi Shankar『Three Ragas』: シタールの巨匠ラヴィ・シャンカルの初期の代表作。のちにビートルズのジョージ・ハリスンが師事し、インド音楽が世界の大衆音楽に影響を与えるきっかけになった。
- 1966 — Ravi Shankar & Yehudi Menuhin『West Meets East』: シタールのラヴィ・シャンカルとヴァイオリンのユーディ・メニューインの共演。ラーガにもとづく二重奏を西洋の聴衆に届け、グラミー賞(室内楽部門)を受けた。
- 1967 — Shivkumar Sharma, Brij Bhushan Kabra & Hariprasad Chaurasia『Call of the Valley』: サントゥール、ギター、竹笛バーンスリーの名手3人が、カシミールの牧童の一日を描いたコンセプト・アルバム。インド古典音楽の最も広く聴かれた録音のひとつ。
- 1972 — Ghulam Mohammed & Naushad『Pakeezah』: ヒンディー語映画『パーキーザー』の音楽。ラター・マンゲーシュカルの歌声と、宮廷歌謡を思わせる優雅な旋律で、映画音楽の古典になった。
- 1987 — Ustad Bismillah Khan『Various Ragas』: ヴァラナシで活動したシェーナイ奏者。結婚式などで吹かれていた木管楽器シェーナイを、古典音楽の舞台に引き上げた。
- 1989 — Nusrat Fateh Ali Khan『Shahen-Shah』: パキスタンのカッワーリー(スーフィーの宗教歌)の大歌手。Real Worldから発表され、恍惚へと高まる歌声が世界に衝撃を与えた。
- 1993 — Hariprasad Chaurasia & Zakir Hussain『Live From Savai Gandharva Festival 1992』: 竹の横笛バーンスリーの名手と、タブラのザキール・フセイン。プネーの名高い音楽祭での共演を収めた。
- 1993 — Ry Cooder & Vishwa Mohan Bhatt『A Meeting by the River』: ギターを改造した楽器モーハン・ヴィーナを弾くジャイプル出身のヴィシュワ・モーハン・バットと、ライ・クーダーのスライド・ギターが、一夜の即興で交わった作品。
- 1997 — Junoon『Azadi』: パキスタンのジュヌーン。スーフィーの詩とロックを結び、南アジアで大きな人気を得た。
- 2000 — Abida Parveen『Raqs-e-Bismil』: パキスタンを代表するスーフィーの歌い手。神秘主義詩人たちの詩を、深く力強い声で歌う。
- 2013 — Anoushka Shankar『Traces of You』: シタール奏者アヌーシュカ・シャンカル。父ラヴィ・シャンカルの死の直後に作られ、異母姉ノラ・ジョーンズも歌った。
- 2021 — Arooj Aftab『Vulture Prince』: パキスタンのラホールで育ち、ニューヨークを拠点にする歌手。ウルドゥー語の古い詩を静かな器楽にのせて歌い、収録曲「Mohabbat」でグラミー賞を受けた。
南インド
作曲された歌を核に発展したカルナータカ古典音楽の地。チェンナイの音楽シーズンには世界中から聴衆が集まる。タミル語やテルグ語の映画音楽も、独自の黄金期を築いた。
- 1970 — M. S. Subbulakshmi『Bhaja Govindam · Vishnu Sahasranamam』: 南インド古典音楽を代表する歌手。インドで初めて音楽家として最高位の文民栄誉賞バーラト・ラトナを受けた。祈りの歌の録音は、今も南インドの家庭で毎朝流れている。
- 1973 — Lalgudi Jayaraman『Thodi Concert (1973 - Eka Raga Concert)』: ヴァイオリンで歌の節回しをそのまま弾く奏法を確立した名手。一つのラーガ「トーディ」だけで構成した演奏会の記録。
- 1975 — Shakti『Shakti with John McLaughlin』: イギリスのギタリスト、ジョン・マクラフリンと、南インドのヴァイオリンやガタム(素焼きの壺の打楽器)の名手たちによるグループ。南インドのリズムとジャズが火花を散らす。
- 1986 — Ilaiyaraaja『How to Name It?』: タミル映画音楽の巨匠イライヤラージャが、バッハとティヤーガラージャ(カルナータカ音楽の作曲家)に捧げたアルバム。
- 1986 — U. Srinivas『Mandolin Maestro: U. Srinivas』: アーンドラ・プラデーシュ出身。子どもの頃から西洋のマンドリンでカルナータカ音楽を弾き、新しい楽器を古典の世界に持ち込んだ。
- 1992 — A. R. Rahman『Roja』: A・R・ラフマーンの映画音楽デビュー作。シンセサイザーとカルナータカ音楽の旋律を融合し、インド映画音楽の響きを一変させた。
- 1995 — A. R. Rahman『Bombay』: マニ・ラトナム監督の映画『ボンベイ』の音楽。A・R・ラフマーンが南インドの旋律と電子音で書き、インド映画音楽を変えた。
- 2006 — Kadri Gopalnath『Saxophone Vol III』: カルナータカ州出身。サクソフォンでカルナータカ音楽の細かな装飾を吹く道を切り開いた。
- 2023 — Shakti『This Moment』: ジョン・マクラフリンとザキール・フセインのグループ、シャクティが、シャンカル・マハーデーヴァンらと46年ぶりに作ったスタジオ作。
- 2024 — Varijashree Venugopal『Vari』: ベンガルールを拠点にする歌い手・フルート奏者のデビュー作。スナーキー・パピーのマイケル・リーグのプロデュースで、カルナータカ音楽の発声とジャズを結んだ。
ジャワ・バリ
青銅の打楽器が重なり合うガムランの島々。宮廷のゆったりしたジャワのガムラン、目まぐるしいバリのクビャール、そして映画やラジオとともに広まったクロンチョンやダンドゥット。
- 1970 — Waldjinah『Indonesian Folksongs, Vol. 3: Jawa』: 中部ジャワ・ソロ出身の歌手。ガムランの旋律をクロンチョンの編成で歌うランガム・ジャワの女王と呼ばれる。
- 1975 — Rhoma Irama『Best of Rhoma Irama: Begadang』: 「ダンドゥットの王」。インド映画音楽やマレー歌謡に、ロックのギターを加えたダンドゥットで、インドネシアの国民的な大衆音楽を築いた。
- 1980 — Elvy Sukaesih『Dang Dang Dut』: 「ダンドゥットの女王」と呼ばれる歌手。マレー歌謡にインド映画音楽やロックの要素を混ぜたダンドゥットの大衆化に大きな役割を果たした。
- 1989 — Gamelan & Kecak『Bali: Gamelan & Kecak』: バリ島の青銅打楽器ガムランと、数十人の男声が「チャッ、チャッ」と複雑に重なり合うケチャを収めた、ノンサッチ・エクスプローラー・シリーズの録音。
- 2000 — Dewa 19『Bintang Lima』: スラバヤ出身のバンド、デワ19の作品。「Separuh Nafas」などを収め、2000年代インドネシアのロックを代表する大ヒット作になった。
- 2007 — Efek Rumah Kaca『Efek Rumah Kaca』: ジャカルタのバンド、エフェック・ルマ・カチャのデビュー作。人権活動家ムニールの暗殺を歌った「Di Udara」など、社会を見つめる歌詞でインディーの旗手となった。
- 2010 — Didi Kempot『Didi Kempot』: ジャワ島ソロ出身。ガムランと電子楽器を合わせたカンプルサリをジャワ語で歌い、失恋の歌で若者からも慕われた。
- 2014 — Krakatau『Krakatau 2 Worlds』: バンドンで結成されたクラカタウ。スンダのガムランや民俗楽器とジャズを結ぶ試みを続けてきたバンド。
- 2018 — Gabber Modus Operandi『Puxxximaxxx』: バリ島のデュオ。ジャワの民俗音楽やダンドゥット、儀礼の音を、高速のガバと叫びで鳴らす。
- 2019 — Hindia『Menari dengan Bayangan』: ジャカルタのシンガー・ソングライター、バスカラ・プトラのソロ名義ヒンディア。若い世代の不安を率直に歌い、大きな支持を得た。
- 2020 — Nadin Amizah『Selamat Ulang Tahun』: インドネシアのシンガー・ソングライター、ナディン・アミザのデビュー作。静かな歌とインドネシア語の詩情で注目された。
- 2021 — Senyawa『Alkisah』: ジャワのジョグジャカルタのデュオ。自作の弦楽器と、伝統に根ざした激しい歌声で、まったく新しいインドネシアの音を鳴らす。
日本列島
民謡や三味線、沖縄の島唄の伝統に、明治以降の西洋音楽が重なった列島。戦後の歌謡曲、ロック、シティポップ、電子音楽まで、海外の音楽を独自に咀嚼して新しい響きを生んできた。
- 1947 — 笠置シヅ子『決定盤 笠置シヅ子「ブギの女王」』: 「ブギの女王」。作曲家・服部良一と組んだ「東京ブギウギ」(1947年)などのブギウギで、戦後の焼け跡の日本に明るい活気を届けた。
- 1961 — 坂本九『上を向いて歩こう』: 作詞・永六輔、作曲・中村八大による1961年の歌。1963年に「Sukiyaki」の名で全米チャート1位となり、日本語の歌として唯一の記録になっている。
- 1964 — 美空ひばり『柔』: 戦後の歌謡界を代表する歌手。演歌、ジャズ、民謡まで歌いこなし、「柔」(1964年)は大ヒットとなった。
- 1971 — はっぴいえんど『風街ろまん』: 細野晴臣、大瀧詠一、松本隆、鈴木茂によるバンド。日本語でロックを歌うことを追求し、のちの日本のポップスの源流となった。
- 1973 — 高橋竹山『津軽三味線 高橋竹山(1973年ライブ録音)』: 青森県出身の津軽三味線奏者。門付けの旅芸人から身を起こし、1970年代には全国の若者を熱狂させた。
- 1973 — 荒井由実『ひこうき雲』: 東京・八王子出身のシンガー・ソングライターのデビュー作。キャラメル・ママの演奏で、日本のポップスに新しい時代を開いた。
- 1976 — 細野晴臣『泰安洋行』: 細野晴臣が、沖縄やニューオーリンズ、カリブ海の音楽を自在に混ぜ合わせた「トロピカル三部作」の一作。
- 1977 — 喜納昌吉&チャンプルーズ『喜納昌吉&チャンプルーズ』: 沖縄の三線と島唄をロックの躍動で鳴らしたバンドのデビュー作。「ハイサイおじさん」は全国に沖縄音楽を広めた。
- 1978 — 坂本龍一『千のナイフ』: YMO結成の直前に発表したソロ・デビュー作。シンセサイザーと、アジアの音楽や現代音楽を結んだ。
- 1979 — Yellow Magic Orchestra『Solid State Survivor』: 細野晴臣、坂本龍一、高橋幸宏によるグループ。シンセサイザーとコンピューターによる音楽で、世界の電子音楽に影響を与えた。
- 1981 — 大滝詠一『A LONG VACATION』: はっぴいえんどの元メンバー。1960年代アメリカン・ポップスへの愛を緻密な音づくりで描き、大ヒットした。
- 1984 — 竹内まりや『VARIETY』: 竹内まりやが、山下達郎のプロデュースで作った作品。「プラスティック・ラブ」は2010年代にインターネットで再発見され、シティ・ポップの世界的な再評価の象徴になった。
- 1996 — Fishmans『空中キャンプ』: 東京のバンド。レゲエやダブの浮遊感を取り入れ、佐藤伸治の歌と長い反復で独自の世界を作った。のちに海外でも広く聴かれるようになった。
- 1997 — 朝崎郁恵『海美〜AMAMI』: 奄美大島の島唄の歌い手。独特の裏声を使う奄美の島唄を、ピアノとともに静かに歌う。
- 1997 — Cornelius『FANTASMA』: 小山田圭吾のソロ・プロジェクト。音のコラージュとポップを結び、海外でも高く評価された。
- 1999 — 椎名林檎『無罪モラトリアム』: 福岡育ちのシンガー・ソングライターのデビュー作。昭和の歌謡曲を思わせる言葉と、オルタナティヴ・ロックの轟音を結んだ。
- 2001 — アン・サリー『ヴォヤージュ』: 医師としても働く歌手アン・サリーのデビュー作。ボサノヴァ、ジャズ・スタンダード、フォークを、静かでやわらかな声で歌った。
- 2002 — 宇多田ヒカル『DEEP RIVER』: ニューヨーク生まれ、東京育ちのシンガー・ソングライターの3作目。R&Bの感覚を日本語のポップに溶かし込んだ。
- 2002 — 元ちとせ『ハイヌミカゼ』: 奄美大島出身の元ちとせのデビュー・アルバム。シマ唄で鍛えた裏声の節回しで「ワダツミの木」を歌い、大ヒットした。
- 2003 — 上原ひろみ『Another Mind』: 浜松出身のピアニスト上原ひろみのデビュー作。バークリー在学中に録音し、超絶技巧とロック的な推進力で世界に名を知らせた。
- 2008 — Perfume『GAME』: 広島出身の3人組パフューム。中田ヤスタカのプロデュースで、「ポリリズム」など声を加工したテクノポップが、日本のポップを塗り替えた。
- 2015 — cero『Obscure Ride』: 東京のバンド、セロ。ディアンジェロ以降のネオソウルやヒップホップのリズム感を、日本語の歌に取り込んだ。
- 2017 — 坂本龍一『async』: 病からの復帰後、坂本龍一が8年ぶりに出したソロ作。ピアノ、雨音、壊れた楽器などの「音」そのものに耳を澄ませる。
- 2017 — 民謡クルセイダーズ『エコーズ・オブ・ジャパン』: 福生の民謡クルセイダーズ。日本の民謡を、クンビアやアフロビートなどのリズムで鳴らした。
- 2018 — 中村佳穂『AINOU』: 京都出身の中村佳穂。自在な声と即興的な歌を、新しい日本語のポップに結晶させた作品。
- 2018 — 折坂悠太『平成』: シンガー・ソングライターの折坂悠太が、平成の終わりに作った作品。民謡や浪曲を思わせる節回しで、時代の空気を歌った。
- 2020 — 藤井 風『HELP EVER HURT NEVER』: 岡山出身の藤井風のデビュー作。方言で歌う日本語の歌と、ソウルやジャズのピアノで、海外でも広く聴かれた。
- 2020 — 米津玄師『STRAY SHEEP』: インターネットのボーカロイド文化から出てきた米津玄師の作品。「Lemon」「パプリカ」などを収め、2020年の日本を代表するアルバムになった。
- 2022 — Masa Takumi『Sakura』: ロサンゼルスを拠点にする日本出身の作曲家、マサ・タクミ。日本の伝統楽器と弦楽で日本の風景を描き、グラミー賞の最優秀グローバル・ミュージック・アルバムを受けた。
- 2025 — 青葉市子『Luminescent Creatures』: 京都出身の音楽家。ガットギターと声、室内楽で、海に生きるものたちと島の記憶を静かに描いた。
朝鮮半島
一人の歌い手と鼓手で長大な物語を語るパンソリ、トロット、1960〜70年代のサイケデリック・ロック。21世紀には伝統音楽(国楽)と現代の音が新たに出会っている。
- 1970 — Shin Joong Hyun『Beautiful Rivers and Mountains』: 韓国ロックの父。米軍基地のクラブで腕を磨き、韓国語のサイケデリック・ロックを生み出した。
- 1970 — 펄시스터즈『펄시스터즈 히트전집』: 双子の姉妹デュオ。1960年代末、申重鉉(シン・ジュンヒョン)の曲「ニマ(님아)」でデビューし、韓国のガールズ・ポップの先駆けとなった。
- 1973 — Kim Jung Mi『Now』: シン・ジュンヒョンのプロデュースによる歌手キム・ジョンミの作品。韓国の風景を歌うサイケデリック・フォークの名盤。
- 1977 — Sanullim『Sanullim Vol. 1』: キム三兄弟によるロック・バンドのデビュー作。ガレージ・ロックの衝動と韓国語の詩情で、のちの韓国インディの源流となった。
- 1988 — 김덕수 사물놀이『사물놀이』: 1978年にキム・ドクスらが始めたグループ。農村の祭りの打楽器(ケンガリ、チン、チャング、プク)を、舞台で演奏する新しい芸術「サムルノリ」に作り変えた。
- 1992 — Seotaiji and Boys『Seotaiji and Boys』: ラップとダンスを取り入れたグループのデビュー作。韓国の大衆音楽を一変させ、のちのK-POPの原点のひとつとされる。
- 1994 — 김광석『김광석 4집』: フォーク歌手キム・グァンソク。「서른 즈음에(30歳頃に)」を収め、1996年に早世した後も、韓国で最も愛される歌の一つとして歌い継がれる。
- 2011 — Kiha & The Faces『Kiha & The Faces』: チャン・ギハと顔たち。1970年代の韓国のロックや歌謡を、ひょうひょうとした語りの歌で新しくした。
- 2016 — Jambinai『A Hermitage』: 伝統楽器ヘグム、ピリ、コムンゴを、ポストロックやメタルの轟音と組み合わせるソウルのバンド。
- 2017 — HYUKOH『23』: ソウルのバンド、ヒョゴ。若い世代の倦怠と自由を歌い、韓国のインディーをアジア全体に広げた。
- 2017 — IU『Palette』: 歌手IUが自ら作詞・作曲に深く関わった作品。25歳という年齢を見つめ、韓国のシンガー・ソングライター像を広げた。
- 2018 — 장필순『soony eight : sogil花』: 1980年代から歌うフォーク歌手チャン・ピルスン。済州島の小吉里に移り住んで作った作品で、韓国大衆音楽賞の今年のアルバムを受けた。
- 2020 — Leenalchi『Sugungga』: パンソリの名作「水宮歌」を、2本のベースとドラムのファンクにのせて歌うバンド。伝統の語り芸が、まったく新しいダンス音楽になった。
- 2020 — BTS『MAP OF THE SOUL : 7』: ソウルの7人組。英語圏のヒットチャートでも1位を重ね、K-POPを世界的な現象にした。
- 2020 — Jeongmilla『CheongPa Sonata』: ソウルのシンガー・ソングライター。ソウル駅近くの青坡洞を舞台に、都市に暮らす日々を描いたフォーク。韓国大衆音楽賞の今年のアルバム。
- 2022 — 250『PPONG』: プロデューサー250が、韓国の古い大衆歌謡ポンチャック(トロット)を、電子音楽として作り直した作品。韓国大衆音楽賞の今年のアルバム。
- 2023 — NewJeans『Get Up』: ソウルの5人組。1990年代のR&Bやジャージー・クラブを取り入れた軽やかなポップで、K-POPの新しい世代を象徴した。
- 2024 — Danpyunsun and the Moments Ensemble『Hail to the Music』: シンガー・ソングライターのタンピョンソンが率いるアンサンブルの作品。韓国大衆音楽賞の今年のアルバム。
- 2025 — Chudahye Chagis『SOSUMINJOK』: ムーダン(巫女)の儀式クッの歌を出発点にする歌手チュ・ダヘのバンド。ファンクやレゲエのリズムで巫俗の歌を鳴らす。韓国大衆音楽賞の今年のアルバム。
イベリア
アンダルシアのロマ(ヒターノ)が育んだフラメンコと、リスボンの港町で歌われてきたファド。哀しみを深く歌い上げる二つの伝統が、半島の南と西で息づいている。
- 1930 — La Niña de los Peines『The First Lady of Flamenco』: セビーリャ出身のフラメンコの歌い手。20世紀前半に数多くの録音を残し、フラメンコの歌の規範となった。
- 1937 — Pablo Casals『J.S. Bach: Cello Suites Nos. 1–6』: カタルーニャ出身のチェロ奏者パブロ・カザルスによる、バッハ「無伴奏チェロ組曲」の初の全曲録音。練習曲のように扱われていた組曲を、チェロの最も大切なレパートリーに押し上げた。
- 1954 — Andrés Segovia『An Evening with Andrés Segovia』: アンダルシア出身のギタリスト、アンドレス・セゴビアの1950年代の録音。酒場や家庭の楽器だったギターを、演奏会の独奏楽器として世界に認めさせた人。
- 1967 — Carlos Paredes『Guitarra Portuguesa』: ファドの伴奏楽器ポルトガル・ギターを、独奏楽器として芸術の域に高めたコインブラ出身の奏者。
- 1970 — Amália Rodrigues『Com Que Voz』: 「ファドの女王」。ポルトガルの詩人たちの詩を歌った本作は、ファドの芸術性を高めた名作とされる。
- 1971 — José Afonso『Cantigas do Maio』: ポルトガルのシンガー・ソングライター。収録曲「Grândola, Vila Morena」は、1974年のカーネーション革命の合図としてラジオで流された。
- 1973 — Paco de Lucía『Fuente y Caudal』: 現代フラメンコ・ギターの革新者。収録曲「Entre dos aguas」がスペインで大ヒットし、フラメンコ・ギターの可能性を大きく広げた。
- 1979 — Camarón de la Isla『La Leyenda del Tiempo』: フラメンコの歌い手カマロンが、ロックやジャズの楽器を取り入れた作品。発表当時は賛否を呼んだが、のちに新しいフラメンコの出発点とされた。
- 1987 — Camarón de la Isla『París 1987』: 1987年、パリのシルク・ディヴェールでのライブ。トマティートのギターとともに、晩年のカマロンの声をとらえる。没後に発表された。
- 1987 — Radio Futura『La Canción de Juan Perro』: マドリードのラジオ・フトゥーラ。ラテンのリズムや物語性のある歌詞で、スペイン語ロックを成熟させた。
- 1996 — Enrique Morente & Lagartija Nick『Omega』: フラメンコの歌い手と、グラナダのロック・バンドとの共作。詩人ロルカの詩と、レナード・コーエンの歌を取り上げた。
- 2001 — Mariza『Fado em Mim』: モザンビーク生まれ、リスボン育ちの歌手のデビュー作。伝統的なファドを力強く歌い、新世代のファドを世界に広めた。
- 2002 — Ojos de Brujo『Barí』: バルセロナのグループ。フラメンコやルンバ・カタラナにヒップホップやレゲエを混ぜ、自主制作のこの作品で広く知られた。
- 2012 — Sílvia Pérez Cruz『11 de novembre』: カタルーニャの歌手シルビア・ペレス・クルスのソロ・デビュー作。カタルーニャ語やスペイン語、ポルトガル語の歌を、深い声で歌う。
- 2014 — Paco de Lucía『Canción Andaluza』: 2014年2月に急逝したパコ・デ・ルシアの遺作。コプラなどアンダルシアの古い歌を、ギターと歌で愛おしむように奏でた。
- 2018 — Rosalía『El Mal Querer』: バルセロナ近郊出身の歌手。フラメンコの歌唱と手拍子を、R&Bや電子音楽と組み合わせ、世界的に高い評価を得た。
- 2021 — C. Tangana『El Madrileño』: マドリードのC・タンガナ。フラメンコやルンバ、ボレロなどスペイン語圏の古い音楽を、多くの先人たちと共演しながら現代のポップにした。
- 2022 — Rosalía『MOTOMAMI』: バルセロナ近郊出身。フラメンコからレゲトン、電子音楽までを大胆に切り貼りし、スペイン語のポップの新しい姿を示した。
- 2022 — Las Migas『Libres』: バルセロナで生まれた女性たちのフラメンコ・グループ。ラテン・グラミー賞のフラメンコ部門を受けた。
- 2024 — Lau Noah『A Dos』: カタルーニャ出身のシンガー・ソングライター、ギタリスト。ジェイコブ・コリアー、ホルヘ・ドレクスレル、シルビア・ペレス・クルスらとのデュエットで編んだ作品。
- 2025 — Rosalía『LUX』: 大編成のオーケストラとともに、いくつもの言語で歌った作品。信仰や聖性をテーマにした。
ケルト圏
フィドルやイーリアン・パイプス、ハープが奏でる舞曲と歌の伝統。移民とともに北米へ渡り、20世紀後半のフォーク・リヴァイヴァルで世界的に聴かれるようになった。
- 1927 — Michael Coleman『Ceoltóir Mórthionchair na hAoise』: アイルランド西部スライゴ出身のフィドル奏者。ニューヨークで録音したレコードがアイルランドに里帰りし、各地の演奏スタイルに大きな影響を与えた。
- 1964 — The Chieftains『The Chieftains 1』: イーリアン・パイプス奏者パディ・モローニらが結成したグループのデビュー作。アイルランドの伝統音楽を世界に広めた。
- 1966 — Seán Ó Riada & Ceoltóirí Chualann『Ó Riada』: 作曲家ショーン・オ・リアダが、伝統楽器のアンサンブルを組んで、アイルランド音楽を新しい形で演奏した。のちのチーフタンズの母体となった。
- 1968 — Van Morrison『Astral Weeks』: ベルファスト出身の歌手が、ジャズの奏者たちとニューヨークで録音した作品。故郷の記憶を即興的な歌で描いた。
- 1971 — Alan Stivell『Renaissance of the Celtic Harp』: ブルターニュの音楽家。ケルトのハープを復興させ、ブルターニュ、アイルランド、スコットランドの旋律をつないだ。
- 1973 — Planxty『Planxty』: クリスティ・ムーアらによるグループのデビュー作。ブズーキを取り入れた編成で、アイルランドのフォーク・リヴァイヴァルを牽引した。
- 1975 — The Bothy Band『1975』: パイプ、フィドル、フルートが疾走するようにリールやジグを奏でた、1970年代のアイルランドを代表するバンド。
- 1983 — Clannad『Magical Ring』: アイルランド北西部ドニゴールの家族バンド。アイルランド語の歌と幻想的な響きで、ケルト音楽を新しい聴き手に届けた。
- 1987 — U2『The Joshua Tree』: ダブリンのバンド。アメリカへの憧れと幻滅を歌い、世界的な成功を収めた。
- 1989 — Capercaillie『Sidewaulk』: スコットランド西部のバンド。スコットランド・ゲール語の歌を、現代的なリズムとともに響かせた。
- 1990 — Sinéad O’Connor『I Do Not Want What I Haven’t Got』: ダブリン出身のシネイド・オコナー。プリンスの曲「Nothing Compares 2 U」で世界的に知られ、アイルランドの古い詩に曲をつけた歌も収めた。
- 2014 — The Gloaming『The Gloaming』: アイルランドとアメリカの音楽家5人組。シャーン・ノース(無伴奏の古い歌唱)やフィドルを、ピアノの静けさの中で鳴らした。
- 2023 — Lankum『False Lankum』: ダブリンのグループ。古いバラッドを、重く持続する音の層で包み、伝統の歌の暗さと深さを現代に響かせる。
- 2024 — Fontaines D.C.『Romance』: ダブリンで結成されたバンドの4作目。ポストパンクを出発点に、より広い音の世界へ踏み出した。
- 2024 — Kneecap『Fine Art』: ベルファストの3人組ニーキャップ。アイルランド語でラップし、言語と政治をめぐる議論を巻き起こした。
北欧
ハーディングフェーレやニッケルハルパなどの民俗楽器、サーミの即興歌ヨイク。静けさと残響を大切にする感覚は、1970年代以降のジャズにも大きな影響を与えた。ABBAのポップや、アイスランドのビョーク、シガー・ロスも生まれた。
- 1964 — Jan Johansson『Jazz på svenska』: スウェーデンのピアニストが、スウェーデン民謡をベースとのデュオでジャズにした作品。スウェーデンで最も売れたジャズのアルバムのひとつ。
- 1976 — ABBA『Arrival』: ストックホルムの4人組。1974年のユーロビジョン優勝から世界的な人気を得て、「ダンシング・クイーン」を収めた本作で頂点に立った。
- 1977 — Jan Garbarek『Dis』: ノルウェーのサックス奏者が、ギターと風で鳴るハープとともに録音した作品。北欧の空気を思わせる静けさと残響は、ECMの響きを象徴する。
- 1988 — Nils-Aslak Valkeapää『Beaivi, Áhčážan』: サーミの詩人・音楽家が、伝統の即興歌ヨイクと詩、自然の音を組み合わせた作品。
- 1989 — Mari Boine『Gula Gula』: ノルウェー北部のサーミの歌手。ヨイクを現代の楽器とともに歌い、サーミの声を世界に届けた。
- 1991 — Värttinä『Oi dai』: フィンランド東部カレリア地方の歌を受け継ぐグループ。女性たちの力強い合唱とアコーディオン、フィドルが躍動する。
- 1992 — Hedningarna『Kaksi!』: スウェーデンのグループ。ニッケルハルパなどの民俗楽器を、電子音やダンス・ビートとともに荒々しく鳴らす。
- 1997 — Björk『Homogenic』: レイキャヴィーク出身。弦楽八重奏と電子音のビートを組み合わせ、アイスランドの風景のような音をめざした作品。
- 1999 — Sigur Rós『Ágætis byrjun』: レイキャヴィークのバンド。ギターを弓で弾く音とファルセットの歌で、アイスランドの音楽を世界に知らせた。
- 2001 — Röyksopp『Melody A.M.』: ノルウェー、ベルゲンのデュオ、ロイクソップのデビュー作。北欧の澄んだ電子音楽を世界に知らせた。
- 2006 — The Knife『Silent Shout』: スウェーデンの兄妹デュオ、ザ・ナイフ。声を加工した暗く冷たい電子音楽で、2000年代のポップに影響を与えた。
- 2010 — Robyn『Body Talk』: ストックホルムの歌手ロビン。「Dancing On My Own」など、踊りながら泣くポップの名作。
- 2013 — Wardruna『Runaljod – Yggdrasil』: ノルウェーのグループ。古い楽器やルーン文字の詩を用いて、北欧の古層の響きを現代によみがえらせる。
- 2023 — Laufey『Bewitched』: レイキャヴィーク出身、アイスランドと中国にルーツを持つラウフェイ。ジャズ・スタンダードの語法と若い世代の言葉を結び、グラミー賞を受けた。
アメリカ南部
ブルース、ジャズ、ゴスペル、カントリー、ソウル、ザディコ。アフリカ系の人々の音楽とヨーロッパ系移民の音楽が出会い、20世紀の世界の大衆音楽の源流となった。
- 1924 — Ma Rainey『Selections from Mother of the Blues: The Complete Paramount Recordings 1923–1928』: 「ブルースの母」と呼ばれた歌手。南部の巡業テントで鍛えた力強い歌を、1923年からシカゴのパラマウント・レコードに残した。
- 1926 — Blind Lemon Jefferson『Presenting Blind Lemon Jefferson』: テキサスの盲目のギタリスト・歌手。1926年からパラマウントで録音し、ギター弾き語りの男性ブルースとして初めて広く売れた。
- 1927 — Louis Armstrong『The Best of the Hot 5 & Hot 7 Recordings』: ニューオーリンズ出身のトランペット奏者が、シカゴで録音した一連の録音。即興ソロを中心とするジャズのあり方を決定づけた。
- 1928 — The Carter Family『All Time Greats, Vol. 1』: ヴァージニア州の山あいから現れた家族グループ。1927年のブリストルでの録音に始まり、アパラチアの歌を広めてカントリー音楽の礎を築いた。
- 1929 — Bessie Smith『The Essential Bessie Smith』: 「ブルースの女帝」と呼ばれたテネシー州出身の歌手。1920年代に数多くのレコードを残し、ブルースを全米に広めた。
- 1933 — Jimmie Rodgers『RCA Country Legends: Jimmie Rodgers』: ミシシッピ出身で「カントリー音楽の父」と呼ばれる。ブルースとヨーデルを結んだ「ブルー・ヨーデル」で人気を得たが、1933年に35歳で亡くなった。
- 1936 — Robert Johnson『King of the Delta Blues Singers』: ミシシッピ・デルタのギタリスト・歌手。1936〜37年に残したわずかな録音が、のちのロックやブルースの音楽家たちに大きな影響を与えた。
- 1938 — Jelly Roll Morton『The Complete Library of Congress Recordings』: 1938年、ワシントンの議会図書館で民俗学者アラン・ローマックスが録音した、ジェリー・ロール・モートンのピアノと歌と語り。ニューオーリンズで生まれたばかりのジャズを、その場にいた本人が弾きながら語る、ジャズ史の一次資料。
- 1939 — Lead Belly『Negro Sinful Songs』: ルイジアナ出身の歌い手リード・ベリーが、1939年にニューヨークのレーベル、ミュージクラフトに録音したアルバム。12弦ギターで歌う労働歌やブルースは、のちのフォーク・リバイバルの源流になった。
- 1940 — Woody Guthrie『Dust Bowl Ballads』: 1930年代の砂嵐で故郷オクラホマを追われた人々を歌った、ウディ・ガスリーの最初の商業録音アルバム。アメリカのプロテスト・フォークの原点の一つ。
- 1941 — Muddy Waters『The Complete Plantation Recordings』: 1941〜42年、民俗学者アラン・ローマックスらがミシシッピのストーヴァル農園で録音した若き日のマディ・ウォーターズ。このあと彼はシカゴへ移る。
- 1944 — Woody Guthrie『This Land Is Your Land: The Asch Recordings, Vol. 1』: オクラホマ出身の歌手。大恐慌と砂嵐の時代を旅して歌い、「我が祖国(This Land Is Your Land)」は1944年にニューヨークで録音された。
- 1949 — Hank Williams『Turn Back the Years: The Essential Hank Williams Collection』: アラバマ州出身のシンガー・ソングライター。孤独や哀しみを率直に歌い、短い生涯のうちにカントリー音楽の古典となる歌を数多く残した。
- 1951 — Jackie Brenston & His Delta Cats『Rocket 88』: メンフィスでサム・フィリップスが録音し、アイク・ターナーのバンドが演奏した曲。歪んだギターの響きで、最初のロックンロール・レコードの一つとされる。
- 1954 — Elvis Presley『Sunrise』: ミシシッピ州テュペロ生まれ、メンフィス育ち。1954年にサン・レコードで録音した「That’s All Right」から、ロックンロールの時代が始まった。
- 1957 — Flatt & Scruggs『Foggy Mountain Jamboree』: ギターのレスター・フラットと、3本指奏法のバンジョーのアール・スクラッグス。「Flint Hill Special」などを収めた最初のLPで、ブルーグラスの響きを広めた。
- 1958 — Mahalia Jackson『Live at Newport 1958』: ニューオーリンズ出身の「ゴスペルの女王」。ニューポート・ジャズ・フェスティヴァルでの圧倒的な歌唱を収めたライヴ。
- 1962 — Ray Charles『Modern Sounds in Country and Western Music』: ジョージア州出身のソウル歌手が、カントリーの名曲をオーケストラとともに歌い、人種の境界を越えて大ヒットした。
- 1965 — Clifton Chenier『Louisiana Blues and Zydeco』: ルイジアナのクレオールの音楽ザディコの王。アコーディオンでブルースとR&Bを奏で、南西ルイジアナのダンス音楽を広めた。
- 1965 — Otis Redding『Otis Blue』: ジョージア州出身の歌手が、メンフィスのスタックス・スタジオで録音した作品。南部のソウル・ミュージックを代表する名盤。
- 1967 — Aretha Franklin『I Never Loved a Man the Way I Love You』: アラバマ州マッスル・ショールズのスタジオで録音が始まった作品。「Respect」を収め、「ソウルの女王」の誕生を告げた。
- 1968 — Johnny Cash『At Folsom Prison』: アーカンソー生まれのカントリー歌手が、カリフォルニアの刑務所で受刑者たちを前に録音したライヴ。
- 1968 — Dr. John『Gris-Gris』: ニューオーリンズのピアニスト、マック・レベナックが「ドクター・ジョン」としてデビューした作品。ヴードゥーの儀式を思わせる妖しい音。
- 1971 — Dolly Parton『Coat of Many Colors』: テネシー州の山あいで育った歌手。母が端切れで縫ってくれたコートを歌った表題曲は、本人が最も大切にする曲とされる。
- 1972 — Al Green『Let’s Stay Together』: メンフィスのハイ・レコードでウィリー・ミッチェルと作った作品。ささやくような歌声で、サザン・ソウルの頂点を示した。
- 1972 — Big Star『#1 Record』: メンフィスのバンドのデビュー作。当時は売れなかったが、のちのパワー・ポップやオルタナティヴに大きな影響を与えた。
- 1972 — Professor Longhair『House Party New Orleans Style: The Lost Sessions 1971–1972』: ニューオーリンズのピアノの祖、プロフェッサー・ロングヘアが1971〜72年に録音し、長くお蔵入りしていたセッション。ルンバのリズムが跳ねる左手は、のちのニューオーリンズの音楽家たちの手本になった。
- 1980 — Professor Longhair『Crawfish Fiesta』: ニューオーリンズのピアニスト。カリブ海のリズムを取り込んだ独特のピアノで、この街のR&Bの父と呼ばれた。
- 1982 — Clifton Chenier『I’m Here』: ルイジアナのクレオールの音楽ザディコを広めたアコーディオン奏者の晩年作。ザディコで初めてグラミー賞を受けた。
- 1997 — Erykah Badu『Baduizm』: ダラスのエリカ・バドゥのデビュー作。ジャズとヒップホップを結び、ネオソウルの基準を作った。
- 1997 — Missy Elliott『Supa Dupa Fly』: ヴァージニア出身のミッシー・エリオットのデビュー作。ティンバランドの奇抜なビートで、ヒップホップの音を変えた。
- 1998 — OutKast『Aquemini』: アトランタの2人組。南部のファンクやゴスペル、ブルースをヒップホップに持ち込み、南部のヒップホップの存在感を示した。
- 2000 — D’Angelo『Voodoo』: ヴァージニア出身のディアンジェロ。クエストラヴらとの、ずれて揺れるリズムで、ネオソウルの頂点とされる。
- 2016 — Beyoncé『Lemonade』: ヒューストン出身のビヨンセ。南部の黒人女性の歴史と自身の物語を重ね、映像作品とともに発表した。
- 2017 — Rhiannon Giddens『Freedom Highway』: ノースカロライナ出身の歌手・バンジョー奏者。アフリカ系アメリカ人の歴史と、バンジョーに刻まれたアフリカの記憶を歌う。
- 2018 — Kacey Musgraves『Golden Hour』: テキサス出身のケイシー・マスグレイヴス。カントリーにディスコや電子音を混ぜ、グラミー賞の最優秀アルバムを受けた。
- 2021 — Jon Batiste『WE ARE』: ニューオーリンズの音楽一家に生まれたジョン・バティステ。地元の高校のマーチング・バンドも参加し、グラミー賞の最優秀アルバムを受けた。
- 2024 — Beyoncé『COWBOY CARTER』: テキサス州ヒューストン出身。カントリーの歴史に刻まれた黒人音楽家の存在に光を当て、グラミー賞の最優秀アルバムを受けた。
メキシコ
マリアッチとランチェーラ、ベラクルスのソン・ハローチョ、北部のノルテーニョ。映画とラジオの黄金時代に国民的な歌が生まれ、国境を越えてアメリカ合衆国の音楽にも影響を与えた。
- 1934 — Lydia Mendoza『Mal Hombre and Other Original Hits from the 1930’s』: テキサスのメキシコ系の歌手。12弦ギターの弾き語りで、1934年の「Mal Hombre」など国境地帯の歌を広く届けた。
- 1959 — Mariachi Vargas de Tecalitlán『Mariachi Vargas de Tecalitlán 1959』: ハリスコ州テカリトランで生まれた、マリアッチを代表する楽団。トランペットとヴァイオリン、ギターの華やかな響きが、メキシコ音楽の象徴となった。
- 1961 — Conjunto Medellín de Lino Chávez『Veracruz y sus sones』: ベラクルスのソン・ハローチョを代表する楽団。小型ギターのハラナとハープが、カリブ海の港町の陽気なリズムを刻む。
- 1961 — Chavela Vargas『Las 30 grandes de Chavela Vargas』: コスタリカ生まれ、メキシコで歌った歌手。ランチェーラを、ギター1本の伴奏で深く静かに歌い直した。
- 1987 — Linda Ronstadt『Canciones de Mi Padre』: メキシコ北部ソノラにルーツを持つアリゾナ出身の歌手リンダ・ロンシュタットが、父から聴いて育った歌を、マリアッチ・バルガス・デ・テカリトランらと録音。アメリカで最も売れたスペイン語のアルバムの一つ。
- 1991 — Maldita Vecindad y Los Hijos del Quinto Patio『El Circo』: メキシコシティのバンド。スカやパチューコ文化、メキシコの大衆音楽をロックに取り込み、スペイン語ロックの古典になった。
- 1994 — Café Tacvba『Re』: メキシコシティ郊外のバンド。メキシコ各地の伝統音楽とパンク、エレクトロニカをめまぐるしく行き来する、スペイン語ロックの名盤。
- 1997 — Lila Downs『La Sandunga』: オアハカ出身、メキシコとアメリカの両方で育った歌手。オアハカの伝統歌や先住民の言葉で歌う。
- 1997 — Los Tigres del Norte『Jefe de Jefes』: カリフォルニアを拠点にするメキシコ北部のノルテーニョ楽団。国境と移民の物語を歌う「コリード」の代表的な担い手。
- 2001 — Celso Piña『Barrio Bravo』: モンテレイの「アコーディオンの反逆児」。コロンビアのクンビアを北部メキシコに根づかせ、ヒップホップやスカとも交わらせた。
- 2001 — Nortec Collective『The Tijuana Sessions, Vol. 1』: 国境の町ティフアナの音楽家集団。ノルテーニョやバンダの音を電子音楽として組み直した。
- 2012 — Natalia Lafourcade『Mujer Divina – Homenaje a Agustín Lara』: メキシコの大作曲家アグスティン・ララのボレロを、多くの歌い手を迎えて新しく歌い直した作品。
- 2017 — Natalia Lafourcade『Musas』: メキシコシティに生まれ、ベラクルス州で育った歌手が、ギター・デュオのロス・マコリノスとともに、ラテンアメリカの古い名曲と自作曲を歌った作品。
- 2022 — Silvana Estrada『Marchita』: ベラクルス州出身。ベネズエラの弦楽器クアトロを弾きながら、メキシコの古い歌の情感を新しい曲に込めた。
- 2023 — Peso Pluma『GÉNESIS』: グアダラハラ出身の歌手。メキシコ北部の物語歌「コリード」を若い感覚で歌う「コリードス・トゥンバドス」で、世界的なヒットを生んだ。
コロンビア・ベネズエラ
カリブ沿岸のクンビアとバジェナート、太平洋岸のマリンバ、カリのサルサ、ベネズエラ平原のホローポ。クンビアはラテンアメリカ全域に広がり、各地で独自の姿に変わった。
- 1950 — Lucho Bermúdez『Lucho Bermúdez』: カリブ海沿岸のポロやクンビアを、ビッグバンドの編成でボゴタやメデジンのダンスホールに持ち込んだ作曲家・クラリネット奏者。
- 1960 — Los Corraleros de Majagual『Los Corraleros de Majagual』: カリブ海沿岸の音楽家たちが集まった楽団。アコーディオンとホーンによる陽気なクンビアやポロが、ラテンアメリカ中で踊られた。
- 1965 — Alejandro Durán『Llévame』: バジェナートの最初の「王」となったアコーディオン奏者。カリブ海沿岸の牧畜の町の暮らしを、アコーディオンと歌で語った。
- 1974 — Simón Díaz『Tonadas』: ベネズエラの平原リャノの歌い手。牛を追う労働歌トナーダを歌い継ぎ、のちに「Caballo Viejo」が国境を越えて愛された。
- 1986 — Joe Arroyo『Grandes Éxitos, Vol. 1』: カルタヘナ出身の歌手。「Rebelión」(1986年)では、奴隷制の時代の物語をサルサにのせて歌い、コロンビアの国民的な名曲となった。
- 1993 — Totó La Momposina『La Candela Viva』: カリブ海沿岸の太鼓と歌の伝統を受け継ぐ歌手。Real Worldからの作品で、クンビアの原点にあるアフロ・コロンビアの響きを伝えた。
- 1993 — Carlos Vives『Clásicos de la Provincia』: サンタ・マルタ出身の歌手が、バジェナートの古典をロックの感覚で歌い直し、新しい世代に届けた作品。
- 1996 — Aterciopelados『La Pipa de la Paz』: ボゴタのアテルシオペラードス。アンデスやカリブの響きとロックを結び、ラテン・オルタナティヴを切り開いた。
- 1998 — Shakira『¿Dónde Están los Ladrones?』: バランキージャ出身のシャキーラの4作目。中東系の父のルーツを感じさせる「Ojos Así」などで、ラテンアメリカ全体のスターになった。
- 2006 — Los Gaiteros de San Jacinto『Un Fuego de Sangre Pura』: カリブ海側の内陸の町サン・ハシントの楽団。先住民の縦笛ガイタとアフリカ系の太鼓が交わる、クンビアの源流の響き。
- 2008 — Bomba Estéreo『Estalla』: ボゴタのバンド。カリブ海沿岸のリズムと電子音、ラップを融合した「エレクトロ・クンビア」を広めた。
- 2012 — Ondatrópica『Ondatrópica』: コロンビアのマリオ・ガレアーノと英国のウィル・ホランド(クアンティック)の企画。メデジンの名門スタジオで、新旧の音楽家とクンビアを録音した。
- 2018 — Kali Uchis『Isolation』: コロンビア人の両親のもとアメリカで生まれ、少女時代の一時期をコロンビアで過ごしたシンガー。ソウルやボサノヴァ、レゲトンを自在に行き来する。
- 2021 — Petrona Martínez『Ancestras』: カリブ海側の伝統音楽ブジェレンゲの歌い手ペトロナ・マルティネスが、80歳を超えて、各地の女性の音楽家たちと共演した作品。
- 2023 — Karol G『Mañana Será Bonito』: メデジン出身のカロルG。スペイン語の女性の歌として記録的なヒットとなり、ラテン・グラミー賞の最優秀アルバムを受けた。
アンデス
ケーナやチャランゴが響く高地のワイノ、アフロ・ペルー音楽、アマゾンの熱帯とクンビアが交わったチチャ。1960〜70年代には、チリやボリビアで社会を歌う「新しい歌」運動も広がった。
- 1966 — Violeta Parra『Las últimas composiciones』: チリ各地の民謡を収集し、自らも歌を作った歌手。「Gracias a la vida」を収めたこの作品は、「新しい歌」運動の原点となった。
- 1971 — Víctor Jara『El derecho de vivir en paz』: チリのシンガー・ソングライター。ベトナム戦争への抗議を込めた表題曲などを歌い、1973年のクーデターで命を奪われた。
- 1975 — Los Mirlos『Cumbia Amazónica』: ペルー・アマゾンの町モヨバンバ出身の楽団。エレキギターのクンビアに、アマゾンの鳥の声や効果音を織り込んだ「チチャ」を代表する。
- 1976 — Chabuca Granda『Chabuca Granda』: リマの作曲家・歌手。ワルツ・クリオージャやアフロ・ペルーのリズムを用いた歌で、ペルーを代表する歌を数多く残した。
- 1981 — Los Kjarkas『Canto a la Mujer de Mi Pueblo』: ボリビアのアンデス音楽グループ。収録曲「Llorando se fue」は、のちに別の名前で世界的なヒット曲になった(影響の糸を参照)。
- 1981 — Los Jaivas『Alturas de Macchu Picchu』: チリのバンドが、パブロ・ネルーダの詩をアンデスの楽器とプログレッシヴ・ロックで描いた作品。
- 1984 — Los Prisioneros『La Voz de los ’80』: チリのロック・バンド、ロス・プリシオネロスのデビュー作。ピノチェト軍事政権下の若者の声を代弁し、スペイン語ロックの古典になった。
- 1997 — Susana Baca『Susana Baca』: アフロ・ペルー音楽の歌い手。奴隷として連れてこられたアフリカの人々の子孫が育んだ歌とリズムを、静かな情熱で歌う。
- 2001 — Susana Baca『Lamento Negro』: アフリカ系ペルー人の音楽を掘り起こしてきた歌手スサーナ・バカの初期の録音。再発盤がラテン・グラミー賞のフォーク部門を受けた。
- 2006 — Novalima『Afro』: リマのノバリマ。アフロ・ペルー音楽の歌とカホンを、ダブやエレクトロニックで新しくした。
- 2014 — Ana Tijoux『Vengo』: フランス生まれ、チリ育ちのラッパー、アナ・ティジュ。アンデスの楽器とジャズで、植民地主義や家父長制を問うラップを鳴らした。
- 2015 — Mon Laferte『Mon Laferte, Vol. 1』: チリ出身でメキシコを拠点にする歌手モン・ラフェルテ。ボレロやクンビアなどラテンアメリカの古い歌謡を、ロックの感覚で歌った。
- 2015 — Nicola Cruz『Prender el Alma』: エクアドルのプロデューサー、ニコラ・クルス。アンデスの笛や打楽器、儀礼の歌をゆったりした電子音楽にした。
ラ・プラタ河
ブエノスアイレスとモンテビデオの港で、移民の音楽が混ざり合って生まれたタンゴ。ウルグアイのカンドンベ、アルゼンチン各地のフォルクローレ、そしてロックやジャズとの新しい融合も豊か。
- 1930 — Carlos Gardel『Souvenir de Carlos Gardel』: タンゴを歌として確立した伝説の歌手。1920〜30年代の録音と映画で、タンゴの声を世界に届けた。
- 1932 — Carlos Gardel『Carlos Gardel – Gems』: 「タンゴの王」と呼ばれる歌手。1910年代から30年代にかけて、歌うタンゴ「タンゴ・カンシオン」の形をつくり、映画でも国際的なスターになった。
- 1941 — Aníbal Troilo『Aníbal Troilo y su Orquesta Típica 1941–1942』: バンドネオン奏者アニバル・トロイロの楽団。1940年代のタンゴの黄金時代を代表するオルケスタ。
- 1965 — Atahualpa Yupanqui『Atahualpa Yupanqui』: アルゼンチンのフォルクローレの巨人。ギター1本で、パンパやアンデスの人々の暮らしと孤独を歌った。
- 1969 — Astor Piazzolla『Adiós Nonino』: バンドネオン奏者・作曲家ピアソラが、クラシックやジャズの手法でタンゴを刷新した「タンゴ・ヌエボ」。表題曲は父に捧げた代表作。
- 1970 — Almendra『Almendra』: ルイス・アルベルト・スピネッタらによるバンドのデビュー作。スペイン語で歌うアルゼンチンのロックの原点のひとつ。
- 1972 — Eduardo Mateo『Mateo Solo Bien Se Lame』: モンテビデオのシンガー・ソングライター。カンドンベとボサノヴァ、ビートルズ以降のポップを独自に結び、ウルグアイ音楽の伝説となった。
- 1974 — Astor Piazzolla『Libertango』: イタリアに暮らしていたピアソラがミラノで録音した作品。表題曲は、のちにグレイス・ジョーンズの「I’ve Seen That Face Before」をはじめ、世界中で演奏されるタンゴの代名詞になった。
- 1975 — Mercedes Sosa『30 años』: 「ラテンアメリカの声」と呼ばれたアルゼンチンの歌手。「新しい歌」運動の歌を力強く歌い、軍政下では亡命を余儀なくされた。
- 1983 — Charly García『Clics Modernos』: 軍事政権が終わる年に発表された作品。ニューヨークで録音し、ニュー・ウェイヴと電子音を取り入れてアルゼンチン・ロックの新しい時代を開いた。
- 1986 — Astor Piazzolla『Tango: Zero Hour』: ピアソラ自身が「生涯最高の作品」と語った五重奏団のアルバム。
- 1990 — Soda Stereo『Canción Animal』: ブエノスアイレスのトリオ。「De música ligera」を含むこの作品で、スペイン語圏全体を代表するロック・バンドになった。
- 1991 — Hugo Fattoruso & Rubén Rada『En blanco y negro』: モンテビデオの二人の名手による作品。アフロ・ウルグアイの太鼓の音楽カンドンベを、ジャズやポップスとともに響かせる。
- 1992 — Fito Páez『El Amor Después del Amor』: ロサリオ出身のフィト・パエス。アルゼンチンで最も売れたロック・アルバムの一つとされる。
- 1993 — Los Fabulosos Cadillacs『Vasos Vacíos』: ブエノスアイレスのカディラックス。「Matador」はラテンアメリカのロックの代表曲になった。
- 1999 — Mercedes Sosa『Misa Criolla』: アルゼンチンの作曲家アリエル・ラミレスが、アンデスやパンパの民俗リズムでカトリックのミサを書いた「ミサ・クリオージャ」(1964年)を、メルセデス・ソーサが歌った。
- 2000 — Carlos Aguirre Grupo『Crema』: アルゼンチン・エントレ・リオス州の作曲家・ピアニスト。パラナ川流域のフォルクローレを、透明な和声で室内楽のように響かせる。
- 2001 — Gotan Project『La Revancha del Tango』: パリを拠点に、フランス、スイス、アルゼンチンの音楽家が結成したグループ。タンゴを電子音楽と組み合わせ、世界的にヒットした。
- 2002 — Bajofondo『Bajofondo Tango Club』: グスタボ・サンタオラージャとフアン・カンポドニコを中心に、アルゼンチンとウルグアイの音楽家が集まった。タンゴを電子音で鳴らす。
- 2009 — Mercedes Sosa『Cantora 1』: 晩年のメルセデス・ソーサが、ルイス・アルベルト・スピネッタ、カエターノ・ヴェローゾ、シャキーラら国も世代も越えた歌い手たちとデュエットした2部作の第1集。
- 2022 — Delfina Mancardo『OCTANTE』: アルゼンチンの若いシンガー・ソングライターのデビュー作。未知の海をゆく航海を描いた8曲の物語を、弦や合唱、ジャズのリズムで包んだ。
- 2022 — Jorge Drexler『Tinta y Tiempo』: モンテビデオ出身、マドリード在住のシンガー・ソングライター。2005年には映画『モーターサイクル・ダイアリーズ』の歌で、スペイン語の歌として初めてアカデミー賞歌曲賞を受けている。
- 2023 — Diego Schissi Quinteto『Apiazolado』: ブエノスアイレスのピアニスト・作曲家ディエゴ・スキッシの五重奏団が、ピアソラの曲を独自に編み直した作品。
ハワイ
チャントとフラの伝統に、19世紀以降のギターやウクレレが加わった島々。ハワイで生まれたスティール・ギターは、カントリーやブルースの響きを大きく変えた。
- 1931 — Sol Hoʻopiʻi『Hawaiian Steel Guitar Favorites (1927–1936)』: ホノルル出身のスティール・ギター奏者。ロサンゼルスを拠点に活躍し、ハワイアンにジャズを取り入れた演奏で人気を集めた。
- 1972 — Hui Ohana『Young Hawaii Plays Old Hawaii』: レッドワード・カアパナらによるグループ。スラック・キー・ギターと美しいファルセットで、古いハワイの歌を若い世代が歌い継いだ。
- 1975 — Gabby Pahinui『Gabby Pahinui Hawaiian Band, Vol. 1』: スラック・キー・ギターの巨人ギャビー・パヒヌイの楽団。1970年代の「ハワイアン・ルネサンス」を象徴する作品で、ライ・クーダーも参加した。
- 1992 — Hapa『Hapa』: マウイ島のバリー・フラナガンとケリイ・カネアリイのデュオのデビュー作。スラック・キー・ギターとハワイ語の歌、フォークの和声を結んだ。
- 1993 — Israel Kamakawiwoʻole『Facing Future』: ハワイの歌手「IZ(イズ)」の作品。ウクレレの弾き語りによる「Somewhere Over the Rainbow / What a Wonderful World」は世界中で愛されている。
- 1994 — Keali‘i Reichel『Kawaipunahele』: マウイ島出身の歌手で、フラの師(クム・フラ)でもある。ハワイ語の歌とやわらかな歌声のデビュー作は、ハワイで大ヒットした。
- 1999 — Keola Beamer『Kolonahe: From the Gentle Wind』: ハワイの音楽一家ビーマー家に生まれたギタリスト。スラック・キー・ギターの静かで豊かな響きを伝える。
- 2006 — Jake Shimabukuro『Gently Weeps』: ホノルル出身のウクレレ奏者ジェイク・シマブクロ。ビートルズの曲をウクレレ独奏で弾いた動画が広く見られ、ウクレレの可能性を世界に示した。
- 2007 — Raiatea Helm『Hawaiian Blossom』: モロカイ島出身の歌手。ハワイの伝統的な裏声の歌い方を受け継ぐ若い世代として注目された。
- 2008 — Tia Carrere & Daniel Ho『’Ikena』: ホノルル出身の俳優・歌手ティア・カレラと、ウクレレやスラック・キー・ギターのダニエル・ホーが、ハワイ語で歌った作品。
- 2016 — Kalani Pe‘a『E Walea』: ヒロ出身の歌手カラニ・ペア。ハワイ語の歌とソウルを結び、グラミー賞を受けた。
ニューヨーク
移民の港町。プエルトリコやキューバの人々が育てたマンボやサルサ、グリニッジ・ヴィレッジのフォーク・リバイバル、パンク、ディスコ、そしてブロンクスのパーティーから生まれたヒップホップ。
- 1920 — Mamie Smith『Can’t Be Satisfied – The 1920 Recordings』: ニューヨークで録音された「Crazy Blues」(1920年)は、黒人歌手によるブルースとして初めての大ヒット・レコードとなり、黒人向けの「レイス・レコード」の市場を開いた。
- 1937 — Billie Holiday『1933 – 1937』: ボルティモア育ちの歌手。1930年代のニューヨークで録音を重ね、言葉の一つ一つを深く味わう歌い方で、ジャズの歌を変えた。
- 1938 — Benny Goodman『The Famous 1938 Carnegie Hall Jazz Concert』: クラリネット奏者ベニー・グッドマンの楽団が、1938年1月にカーネギー・ホールで開いた演奏会の記録。ジャズがクラシックの殿堂で演奏され、白人と黒人の音楽家が同じ舞台に立った。
- 1943 — Duke Ellington『Live at Carnegie Hall, Dec. 11, 1943』: ワシントンD.C.出身の作曲家・楽団リーダー。1943年からカーネギー・ホールで演奏会を開き、アフリカ系アメリカ人の歴史を描いた組曲「Black, Brown and Beige」を発表した。
- 1945 — Dizzy Gillespie『Groovin’ High』: トランペット奏者。チャーリー・パーカーらとともに、速いテンポと複雑な和声の「ビバップ」をニューヨークで生んだ。
- 1945 — Mary Lou Williams『Zodiac Suite』: カンザスシティのスウィングを支えたピアニスト・編曲家メアリー・ルー・ウィリアムスが、12の星座をそれぞれ同じ星座の音楽家たちに捧げて書いた組曲。同じ年にニューヨークのタウン・ホールで管弦楽版も初演された。
- 1956 — Sonny Rollins『Saxophone Colossus』: ニューヨークのサックス奏者の代表作。カリブ海の旋律を取り入れた「St. Thomas」と、主題を発展させていく即興で知られる。
- 1956 — Duke Ellington『Ellington at Newport』: 1956年、ロードアイランド州のニューポート・ジャズ・フェスティバル。ポール・ゴンザルヴェスの27コーラスに及ぶテナー・サックスのソロで会場が沸き、デューク・エリントン楽団の人気を取り戻した。
- 1957 — Thelonious Monk『Brilliant Corners』: 独特の和声とリズムで知られるピアニストの代表作。表題曲は難しすぎて、何度もの演奏をつなぎ合わせて完成させた。
- 1958 — Tito Puente『Dance Mania』: ニューヨーク生まれのプエルトリコ系ティンバレス奏者。パラディウム・ボールルームを沸かせたマンボ時代の代表作。
- 1959 — Miles Davis『Kind of Blue』: ニューヨークで2日間で録音された、モード・ジャズの代表作。ジャズ史上もっとも売れたアルバムの一つ。
- 1959 — Charles Mingus『Mingus Ah Um』: ベース奏者・作曲家の代表作。亡くなったレスター・ヤングに捧げた「Goodbye Pork Pie Hat」や、人種差別を風刺した曲を収める。
- 1959 — Ornette Coleman『The Shape of Jazz to Come』: テキサス出身のサックス奏者。決まった和音の進行に縛られない即興で、フリー・ジャズへの道を開いた。ロサンゼルスで録音し、同じ年からニューヨークのファイブ・スポットで演奏した。
- 1960 — Miles Davis『Sketches of Spain』: ギル・エヴァンスの編曲で、ロドリーゴの「アランフエス協奏曲」やスペインの民俗音楽を素材にした作品。トランペットでフラメンコの歌い回しを思わせる。
- 1962 — Bill Evans Trio『Waltz for Debby』: ニューヨークのヴィレッジ・ヴァンガードでのライヴ。3人が対等に語り合うピアノ・トリオの理想を示した。ベースのスコット・ラファロは、この11日後に事故で亡くなった。
- 1963 — Bob Dylan『The Freewheelin’ Bob Dylan』: ミネソタからグリニッジ・ヴィレッジにやってきた若者の2作目。「風に吹かれて」を含み、フォーク・リバイバルを時代の声にした。
- 1963 — James Brown『Live at the Apollo』: ハーレムのアポロ劇場で録音されたライヴ。レーベルの反対を押し切って自費で録音し、大ヒットとなった。
- 1965 — John Coltrane『A Love Supreme』: 1964年12月に録音された4部構成の組曲。コルトレーンの信仰の告白とされ、スピリチュアル・ジャズの原点となった。
- 1965 — Bob Dylan『Highway 61 Revisited』: エレキ・ギターのバンドを従え、「Like a Rolling Stone」でフォークとロックを結んだ作品。
- 1965 — Nina Simone『I Put a Spell on You』: ノースカロライナ出身の歌手・ピアニスト。クラシックの素養と深い声で、ジャズやブルース、シャンソンまでを自分の歌にした。
- 1967 — The Velvet Underground & Nico『The Velvet Underground & Nico』: アンディ・ウォーホルのもとで制作。発売当時はほとんど売れなかったが、ノイズと都会の暗部を描く歌は、のちのパンクやオルタナティヴに大きな影響を与えた。
- 1967 — Duke Ellington『Far East Suite』: 1963年、米国務省の派遣でシリア、ヨルダン、インド、イランなどを巡ったツアーから、デューク・エリントンとビリー・ストレイホーンが書いた組曲。翌年の来日の印象も「Ad Lib on Nippon」に込めた。
- 1970 — Simon & Garfunkel『Bridge over Troubled Water』: ニューヨークのデュオの最後のスタジオ作。ゴスペル風の表題曲や、アンデスの「コンドルは飛んでいく」を収める。
- 1971 — Fania All Stars『Live at the Cheetah, Vol. 1』: ニューヨークのレーベル、ファニアのスターたちが総出演した伝説的なライヴ。「サルサ」という言葉が世界に広まるきっかけとなった。
- 1971 — Alice Coltrane『Journey in Satchidananda』: ハープとピアノのアリス・コルトレーンが、師スワミ・サッチダーナンダに捧げた作品。タンブーラやウードを加え、インドの霊性とジャズを結んだ。ファラオ・サンダースが参加。
- 1973 — Chick Corea & Return to Forever『Light as a Feather』: チック・コリアのリターン・トゥ・フォーエヴァーの2作目。ブラジル出身のフローラ・プリムの歌とアイルト・モレイラの打楽器を迎え、「Spain」などラテンとジャズを結ぶ名曲を生んだ。
- 1974 — Celia Cruz & Johnny Pacheco『Celia & Johnny』: キューバ出身の歌手とドミニカ出身のバンドリーダーが、ファニア系列のレーベルで組んだ一枚。ニューヨークのラテン音楽「サルサ」の黄金期を伝える。
- 1974 — Eddie Palmieri『The Sun of Latin Music』: ニューヨークのピアニスト・バンドリーダー、エディ・パルミエリの作品。10代の歌手ラロ・ロドリゲスを迎えた。新設されたグラミー賞ラテン部門の最初の受賞作。
- 1975 — Patti Smith『Horses』: ニューヨークの詩人・歌手のデビュー作。詩の朗読とロックを結び、パンクの源流の一つとなった。
- 1975 — Héctor Lavoe『La Voz』: プエルトリコ出身でニューヨークで活躍した歌手の初ソロ作。ウィリー・コローンの制作で、サルサを象徴する歌声となった。
- 1976 — Ramones『Ramones』: クイーンズ出身の4人組のデビュー作。短く速く単純な曲で、CBGBを拠点にしたニューヨーク・パンクの出発点となった。
- 1977 — Television『Marquee Moon』: CBGBから現れたバンドのデビュー作。2本のギターが絡み合う長い演奏で、パンク以後のロックに大きな影響を与えた。
- 1978 — Chic『C’est Chic』: ナイル・ロジャースとバーナード・エドワーズのバンド。「おしゃれフリーク(Le Freak)」を含み、ギターとベースの刻みはディスコの頂点にして、のちのヒップホップの土台にもなった。
- 1978 — Willie Colón & Rubén Blades『Siembra』: ブロンクス育ちのトロンボーン奏者と、パナマ出身の歌手。都市の暮らしや社会を歌い、サルサ史上もっとも売れたアルバムのひとつになった。
- 1978 — Tito Puente『Homenaje a Beny』: ティンバレスの王ティト・プエンテが、キューバの名歌手ベニー・モレーに捧げた作品。ファニアなどの歌い手たちを招き、モレーの名曲をサルサの編成で歌い継いだ。
- 1980 — Talking Heads『Remain in Light』: ブライアン・イーノのプロデュース。フェラ・クティのアフロビートに刺激を受け、反復するリズムの上に歌を組み立てた。
- 1984 — Bruce Springsteen『Born in the U.S.A.』: ニュージャージー出身のロック歌手。表題曲はベトナム帰還兵の苦しみを歌ったが、愛国歌と誤解されることも多かった。7曲が全米トップ10入りした。
- 1988 — Public Enemy『It Takes a Nation of Millions to Hold Us Back』: ロングアイランド出身。プロデューサー陣ボム・スクワッドが何層ものサンプルを重ねた音の壁に、政治的なメッセージをのせた。
- 1988 — Celia Cruz & Ray Barretto『Ritmo en el Corazón』: サルサの女王セリア・クルースと、コンガのレイ・バレットの共演盤。グラミー賞トロピカル・ラテン部門を受けた。
- 1989 — De La Soul『3 Feet High and Rising』: ロングアイランドの3人組デ・ラ・ソウル。ユーモアと膨大なサンプリングで、ヒップホップの表現を広げた。
- 1993 — Wu-Tang Clan『Enter the Wu-Tang (36 Chambers)』: スタテン島の9人組のデビュー作。RZAのざらついたサンプルとカンフー映画の引用で、ニューヨークのヒップホップを塗り替えた。
- 1994 — Nas『Illmatic』: クイーンズの公営住宅で育った20歳のデビュー作。詩のように緻密な言葉で地元を描き、ニューヨークのヒップホップの古典とされる。
- 1994 — The Notorious B.I.G.『Ready to Die』: ブルックリンのノトーリアスB.I.G.のデビュー作。「Juicy」など、東海岸ヒップホップの古典。
- 1998 — Lauryn Hill『The Miseducation of Lauryn Hill』: ニュージャージーのローリン・ヒル唯一のスタジオ作。ラップと歌、レゲエとソウルを結び、グラミー賞の最優秀アルバムを受けた。
- 2001 — The Strokes『Is This It』: ニューヨークのストロークスのデビュー作。2000年代のロックの再興を告げた。
- 2002 — Norah Jones『Come Away with Me』: ニューヨークで歌っていたノラ・ジョーンズのデビュー作。ジャズ、カントリー、ソウルを静かに溶かしたブルーノートの作品で、グラミー賞の最優秀アルバムを受けた。
- 2006 — The Klezmatics『Wonder Wheel』: 東欧ユダヤの音楽クレズマーのバンドが、ウディ・ガスリーの遺した未発表の詞に曲をつけた作品。ガスリーのユダヤ系の家族とのつながりから生まれた。
- 2007 — LCD Soundsystem『Sound of Silver』: ジェームス・マーフィーのプロジェクト。「All My Friends」など、ダンス・ミュージックに大人の哀愁を込めた。
- 2012 — Robert Glasper Experiment『Black Radio』: ヒューストン生まれ、ニューヨークを拠点にするピアニスト、ロバート・グラスパー。エリカ・バドゥらを迎え、ジャズとR&B、ヒップホップの境を消した。
- 2016 — A Tribe Called Quest『We Got It from Here… Thank You 4 Your Service』: クイーンズ出身のグループの18年ぶりの新作で、最後のアルバム。録音中に亡くなったファイフ・ドーグの声も収められた。
- 2025 — Lady Gaga『MAYHEM』: ニューヨーク生まれのレディー・ガガ。初期のダンス・ポップに立ち返り、ゴスやファンクも交えた作品で、グラミー賞を受けた。
デトロイト・シカゴ
南部から北へ移り住んだアフリカ系の人々が、工場の町で音楽を電気化した。シカゴのエレクトリック・ブルース、デトロイトのモータウン、ガレージ・ロック、そして1980年代のハウスとテクノ。
- 1923 — King Oliver’s Creole Jazz Band『Editio Princeps』: ニューオーリンズのコルネット奏者キング・オリヴァーがシカゴで率いた楽団。1923年の録音には、若きルイ・アームストロングが加わっている。
- 1957 — Chuck Berry『After School Session』: セントルイス出身のギタリストが、シカゴのチェス・レコードから出したデビュー・アルバム。ギター・リフと十代の暮らしを歌う言葉は、ロックンロールの型になった。
- 1959 — Howlin’ Wolf『Moanin’ in the Moonlight』: ミシシッピからシカゴへ移ったブルースマン。ひび割れた太い声とエレキ・ギターのバンドで、シカゴ・ブルースの迫力を伝える。
- 1964 — The Supremes『Where Did Our Love Go』: デトロイトの公営住宅で育った3人組。モータウンの作曲チーム、ホランド=ドジャー=ホランドの曲で全米1位を重ねた。
- 1965 — Junior Wells’ Chicago Blues Band『Hoodoo Man Blues』: ハーモニカのジュニア・ウェルズが、ギターのバディ・ガイらと、シカゴのクラブで鳴っていた音をそのままスタジオに持ち込んだアルバム。シカゴのデルマーク・レコードから発表。
- 1965 — B.B. King『Live at the Regal』: 1964年11月、シカゴのリーガル劇場での公演。観客と呼び交わしながら歌い弾くB.B.キングの姿をとらえ、ブルースのライブ盤の手本とされる。
- 1969 — The Stooges『The Stooges』: デトロイト近郊アナーバーのバンド。イギー・ポップの剥き出しの歌と単純で荒々しい演奏は、のちのパンクの原型と言われる。
- 1969 — MC5『Kick Out the Jams』: デトロイトのバンドのライヴ・デビュー作。轟音と政治的な熱気で、のちのパンクの先駆けとされる。
- 1970 — Curtis Mayfield『Curtis』: シカゴのソウル・グループ、インプレッションズを離れての初ソロ作。ストリングスとパーカッションを効かせた音で、黒人の誇りと社会を歌った。
- 1971 — Marvin Gaye『What’s Going On』: モータウンの看板歌手が、ベトナム戦争や環境、都市の荒廃を一続きの組曲で歌った。社長の反対を押し切って発表された。
- 1971 — Funkadelic『Maggot Brain』: ジョージ・クリントン率いるデトロイトのバンド。エディ・ヘイゼルの10分におよぶギター・ソロの表題曲で知られる。
- 1976 — Stevie Wonder『Songs in the Key of Life』: ミシガン生まれ、11歳でモータウンと契約した天才。シンセサイザーも自在に操り、2枚組の大作に人生のあらゆる場面を描いた。
- 1983 — Cybotron『Enter』: ホアン・アトキンスとリック・デイヴィスのユニット。工業都市デトロイトの未来を機械のリズムで描き、のちのデトロイト・テクノの源流となった。
- 1984 — Prince and The Revolution『Purple Rain』: ミネアポリスのプリンスと同名映画の音楽。ファンクとロックを溶かした「ミネアポリス・サウンド」の頂点。
- 1989 — Mr. Fingers『Ammnesia』: シカゴのラリー・ハードの別名義。「Can You Feel It」など、ドラムマシンとシンセで深い情感を生んだディープ・ハウスの原点を集める。
- 2002 — Wilco『Yankee Hotel Foxtrot』: シカゴのバンド。レーベルに発売を拒まれ、インターネットで先に公開したことでも知られる。
- 2003 — The White Stripes『Elephant』: デトロイトの2人組。古い機材だけで録音し、「Seven Nation Army」のリフは世界中のスタジアムで歌われるようになった。
- 2004 — Kanye West『The College Dropout』: シカゴ育ちのプロデューサーのデビュー作。ソウルの声を早回ししたサンプルと、信仰や学歴を語る率直な言葉で、ヒップホップの景色を変えた。
- 2005 — Kanye West『Late Registration』: シカゴ育ちのラッパー・プロデューサーの2作目。映画音楽の作曲家ジョン・ブライオンと組み、オーケストラの響きをヒップホップに持ち込んだ。
- 2005 — Sufjan Stevens『Illinois』: スフィアン・スティーヴンスが、イリノイ州の歴史や人々を題材に作った作品。
- 2006 — J Dilla『Donuts』: デトロイト出身のプロデューサー。病床で仕上げた31曲の短いビート集で、32歳の誕生日に発売され、その3日後に亡くなった。
アメリカ西海岸
映画とレコード産業の町ロサンゼルス、カウンターカルチャーのサンフランシスコ。サーフ・ロック、サイケデリック、シンガー・ソングライター、チカーノ・ロック、シアトルのグランジ、そしてギャングスタ・ラップ以降の西海岸ヒップホップ。
- 1944 — The King Cole Trio『The King Cole Trio』: ピアノ、ギター、ベースだけのナット・キング・コールのトリオが、ロサンゼルスのキャピトルに残したSP盤のアルバム。1945年に始まったビルボード誌のアルバム・チャートで、最初の1位になった。
- 1954 — Chet Baker『Chet Baker Sings』: 西海岸ジャズのトランペット奏者が、中性的な歌声で歌った作品。「My Funny Valentine」で知られる。
- 1955 — Frank Sinatra『In the Wee Small Hours』: ハリウッドで録音された、夜と孤独をテーマにした作品。LPの時代の「コンセプト・アルバム」の先駆けとされる。
- 1959 — The Dave Brubeck Quartet『Time Out』: サンフランシスコを拠点にしたカルテット。5拍子の「Take Five」など、変拍子を大胆に取り入れて大ヒットした。
- 1963 — Buck Owens『On the Bandstand』: カリフォルニア中部の石油と農業の町ベーカーズフィールドから。ナッシュヴィルの甘いサウンドとは違う、エレキ・ギターの硬く明るい響きで人気を得た。
- 1965 — The Byrds『Mr. Tambourine Man』: ロサンゼルスのバンドが、ディランの曲を12弦エレキ・ギターで演奏。フォークとロックをつないだ。
- 1966 — The Beach Boys『Pet Sounds』: ブライアン・ウィルソンがスタジオに籠って作った作品。サーフ・ロックのバンドが、繊細な和声と編曲でポップの可能性を広げた。
- 1967 — Jefferson Airplane『Surrealistic Pillow』: サンフランシスコのヒッピー文化から登場。「サマー・オブ・ラブ」の年に、グレイス・スリックの歌う「White Rabbit」などが時代を象徴した。
- 1967 — The Doors『The Doors』: ロサンゼルスのバンドのデビュー作。ジム・モリソンの詩とオルガンの響きで、西海岸のサイケデリック・ロックを代表する。
- 1969 — Sly & The Family Stone『Stand!』: サンフランシスコ湾岸の、人種も性別も混ざったバンド。ファンクとロックとソウルをひとつにした。
- 1970 — Santana『Abraxas』: メキシコ出身のギタリストがサンフランシスコで結成したバンド。ロックにアフロ・キューバンのリズムを持ち込み、「Oye Como Va」などをヒットさせた。
- 1970 — Grateful Dead『American Beauty』: 長い即興演奏で知られるサンフランシスコのバンドが、カントリーやフォークの歌と美しいハーモニーに向かった作品。
- 1971 — Carole King『Tapestry』: ニューヨークの職業作曲家だった彼女が、ロサンゼルスで自ら歌った作品。ピアノを中心にした親密な歌で、シンガー・ソングライターの時代を象徴した。
- 1973 — Herbie Hancock『Head Hunters』: ピアニストがサンフランシスコで録音したジャズ・ファンク作品。シンセサイザーとファンクのリズムで、当時もっとも売れたジャズ・アルバムになった。
- 1976 — Eagles『Hotel California』: ロサンゼルスを拠点にしたバンド。表題曲で、1970年代のカリフォルニアの華やかさと空虚さを描いた。
- 1977 — Fleetwood Mac『Rumours』: カリフォルニアを拠点にした英米混成のバンド。メンバー間の別れのなかで作られ、史上もっとも売れたアルバムの一つになった。
- 1977 — Steely Dan『Aja』: ウォルター・ベッカーとドナルド・フェイゲンのユニット。一流のジャズ奏者たちと、緻密に磨き上げた音を作った。
- 1982 — Michael Jackson『Thriller』: インディアナ州ゲーリー出身の歌手が、クインシー・ジョーンズとロサンゼルスで作った作品。史上もっとも売れたアルバムとされる。
- 1984 — Los Lobos『How Will the Wolf Survive?』: イーストLAのメキシコ系アメリカ人のバンド。ロックンロールとメキシコの伝承音楽を自在に行き来した。
- 1986 — Metallica『Master of Puppets』: サンフランシスコ湾岸のバンド。速く複雑なスラッシュ・メタルを、緻密な構成で極めた作品。
- 1987 — Guns N’ Roses『Appetite for Destruction』: ロサンゼルスのバンドのデビュー作。「Sweet Child o’ Mine」を収め、史上もっとも売れたデビュー・アルバムの一つになった。
- 1988 — N.W.A『Straight Outta Compton』: ロサンゼルス南部コンプトンの若者たち。警察の暴力やギャングの街を荒々しく描き、西海岸のヒップホップを全米に知らしめた。
- 1991 — Nirvana『Nevermind』: シアトル近郊アバディーン出身のカート・コバーンのバンド。「Smells Like Teen Spirit」で、グランジとオルタナティヴを一気に世界の主流に押し上げた。
- 1992 — Dr. Dre『The Chronic』: N.W.Aのプロデューサーの初ソロ作。Pファンクを引用したゆったりしたシンセの音「Gファンク」で、1990年代の西海岸の響きを決定づけた。
- 1994 — Green Day『Dookie』: カリフォルニア州バークレーのパンク・シーンから出たグリーン・デイのメジャー・デビュー作。「Basket Case」などで、パンクを1990年代の大衆的なロックにした。
- 2012 — Frank Ocean『channel ORANGE』: ニューオーリンズ育ちで、ロサンゼルスで活動したシンガー。内省的な詞と柔らかなソウルで、2010年代のR&Bの流れを変えた。
- 2012 — Kendrick Lamar『good kid, m.A.A.d city』: カリフォルニア州コンプトン出身のラッパーのメジャー・デビュー作。地元で過ごした十代の一日を、一本の映画のように描いた。
- 2014 — Flying Lotus『You’re Dead!』: ロサンゼルスのプロデューサー。死をテーマに、ジャズとヒップホップ、電子音楽を一つの流れにまとめた。ハービー・ハンコックらも参加。
- 2015 — Kendrick Lamar『To Pimp a Butterfly』: コンプトン出身。LAのジャズ・ミュージシャンたちとともに、ファンクやスポークン・ワードを織り交ぜ、アフリカ系アメリカ人の歴史と現在を語った。
- 2015 — Kamasi Washington『The Epic』: ロサンゼルスのサックス奏者カマシ・ワシントンの、約3時間に及ぶ3枚組。フライング・ロータスのレーベルから出て、ジャズの新しい聴き手を広げた。
- 2019 — Billie Eilish『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』: ロサンゼルスのビリー・アイリッシュと兄フィニアスが寝室で作ったデビュー作。グラミー賞の最優秀アルバムを受けた。
カナダ
フランス語圏ケベックのシャンソンとフィドル、英語圏のシンガー・ソングライター、先住民やイヌイットの声。アメリカの隣で、独自の言葉と風景を歌い続けてきた。
- 1930 — La Bolduc『Chansons comiques de La Bolduc 1929–1939』: ガスペジー出身の歌手。大恐慌の時代、フランス語でユーモラスに庶民の暮らしを歌い、口で刻むリズム「トゥルリュテ」で知られた。ケベック初の女性シンガー・ソングライターとされる。
- 1953 — The Quintet『Jazz at Massey Hall』: 1953年5月、トロントのマッセイ・ホール。チャーリー・パーカー、ディジー・ガレスピー、バド・パウエル、マックス・ローチ、チャールズ・ミンガスが一度だけ顔をそろえた公演の録音で、ビバップの頂点とされる。
- 1967 — Leonard Cohen『Songs of Leonard Cohen』: モントリオールの詩人・作家が33歳で出したデビュー作。「Suzanne」など、低い声で語る文学的な歌。
- 1968 — The Band『Music from Big Pink』: メンバー5人のうち4人がカナダ出身のバンドのデビュー作。ボブ・ディランとの交流から生まれ、「The Weight」を収める。
- 1971 — Joni Mitchell『Blue』: アルバータ州出身。独自の変則チューニングと、包み隠さない言葉で、シンガー・ソングライターの最高傑作のひとつとされる。
- 1972 — Neil Young『Harvest』: トロント生まれ。カントリーの香りのするフォーク・ロックで「孤独の旅路(Heart of Gold)」をヒットさせた。
- 1975 — Harmonium『Si on avait besoin d’une cinquième saison』: モントリオールのグループ。四季をテーマに、アコースティック・ギターと管楽器でフランス語の歌を組曲にした。
- 1989 — La Bottine Souriante『Je voudrais changer d’chapeau』: ケベックの伝承音楽グループ。フィドルやアコーディオン、足踏みのリズムに、のちにブラスを加えて、農村のダンス音楽を現代に響かせた。
- 2004 — Arcade Fire『Funeral』: モントリオールのバンド。家族の死を経験したメンバーたちの、高揚と悲しみが同居する歌が、2000年代のインディー・ロックを代表する一枚になった。
- 2010 — Arcade Fire『The Suburbs』: モントリオールのバンドの3作目。郊外で育つことをテーマにし、グラミー賞の最優秀アルバムを受賞した。
- 2010 — Karkwa『Les chemins de verre』: モントリオールのバンド、カルクワの作品。フランス語のアルバムとして初めてポラリス音楽賞を受けた。
- 2014 — Tanya Tagaq『Animism』: ヌナブト準州出身。本来は二人で向き合って歌うイヌイットの喉歌を、ひとりで即興的に発展させ、カナダのポラリス音楽賞を受賞した。
- 2016 — Lido Pimienta『La Papessa』: コロンビア出身でトロントを拠点にする歌手。アフロ・コロンビアと先住民ワユーのルーツを持ち、スペイン語で歌ったこの作品がポラリス音楽賞を受けた。
- 2018 — Jeremy Dutcher『Wolastoqiyik Lintuwakonawa』: ニューブランズウィックのウォラストクィ(マリシート)の歌手。博物館に残る100年以上前の蝋管録音の先祖の声とピアノで共演し、話し手の少ないウォラストクィ語で歌った。
- 2022 — Pierre Kwenders『José Louis and the Paradox of Love』: キンシャサ生まれ、モントリオール育ちの歌手。リンガラ語やフランス語、英語で歌い、コンゴのルンバとエレクトロニックを結んだ。
中米・ガリフナ
マヤの高地とカリブ海の海岸。アフリカと先住民の血を引くガリフナの太鼓と歌はユネスコの無形文化遺産に。マリンバ、ニカラグアの社会派の歌、パナマから世界へ出たサルサの詩人も。
- 1977 — Carlos Mejía Godoy『El son nuestro de cada día』: ニカラグアの作曲家・歌手。農民の言葉で歌う親しみやすい曲で知られ、1970年代の社会運動と深く結びついた。
- 1984 — Rubén Blades y Seis del Solar『Buscando América』: パナマ出身の歌手が、ラテンアメリカ全体の現実を歌った作品。軍政下で殺された司教や「行方不明者」をテーマにした曲も含む。
- 1985 — Rubén Blades y Seis del Solar『Escenas』: パナマ出身のルベン・ブラデスが、自身のバンド「セイス・デル・ソラール」と作った作品。都市の暮らしを描く歌詞で、サルサを聴く音楽へと広げた。
- 1996 — Ricardo Arjona『Si el Norte Fuera el Sur』: グアテマラ出身の歌手リカルド・アルホナ。表題曲で、北と南が入れ替わったらと、米国とラテンアメリカの関係を皮肉った。
- 1999 — Paul Nabor and others『Paranda』: ベリーズやホンジュラスのガリフナの古老たちが、ギターでしみじみと歌う「パランダ」の録音集。消えかけていた歌を記録した。
- 2007 — Andy Palacio & The Garifuna Collective『Wátina』: ベリーズのガリフナの歌手が、ガリフナ語で歌い、文化の継承を訴えた作品。発表の翌年、彼は47歳で急逝した。
- 2008 — Umalali『Umalali: The Garifuna Women’s Project』: ベリーズ、ホンジュラス、グアテマラのガリフナの女性たちの歌。家事や労働のなかで歌われてきた歌を、10年がかりで録音した。
- 2010 — Aurelio Martínez『Laru Beya』: ホンジュラスのガリフナの歌手。セネガルでも録音を行い、西アフリカにつながるガリフナの歌とアフリカの音を結んだ。
- 2010 — Danilo Pérez『Providencia』: パナマ出身のピアニスト、ダニーロ・ペレス。パナマの民俗リズムとジャズを、室内楽的な編成で結んだ。
- 2016 — Gaby Moreno『Ilusión』: グアテマラ出身でロサンゼルスを拠点に活動。ボレロや中南米の古い歌、ジャズを、スペイン語と英語で自然に歌い分ける。
- 2017 — Rubén Blades with Roberto Delgado & Orquesta『Salsa Big Band』: パナマの歌手ルベン・ブラデスが、同郷のロベルト・デルガードの楽団と録音したサルサ作品。ラテン・グラミー賞の最優秀アルバムを受けた。
- 2019 — Sech『Sueños』: パナマのレゲトン歌手セック。パナマはスペイン語レゲエの発祥地の一つで、その系譜を今に継ぐ「Otro Trago」がヒットした。
イングランド
アメリカのブルースやロックンロールを独自に読み替えたビートルズ以降のロック、イングランドの伝承歌の再発見、パンク。カリブ海からの移民がもたらしたサウンドシステム文化は、ドラムンベースやグライムにつながった。
- 1956 — Lonnie Donegan『The Hit Collection』: アメリカのフォークやブルースを、洗濯板や手作りのベースで演奏する「スキッフル」を流行させた。若者がギターを手に取るきっかけとなり、ビートルズの母体もスキッフル・バンドだった。
- 1964 — Shirley Collins & Davy Graham『Folk Roots, New Routes』: イングランドの伝承歌を歌うシャーリー・コリンズと、ブルースや北アフリカの音楽まで取り込んだギタリストの共演。英国フォークの新しい道を開いた。
- 1966 — The Beatles『Revolver』: リヴァプール出身。インド音楽、テープの逆回転、弦楽八重奏などを取り入れ、スタジオそのものを楽器にした。
- 1967 — The Kinks『Something Else by the Kinks』: ロンドン北部のバンド。レイ・デイヴィスはロンドンの夕暮れを描いた「Waterloo Sunset」など、英国らしい生活の情景を歌った。
- 1967 — The Jimi Hendrix Experience『Are You Experienced』: シアトル生まれのジミ・ヘンドリックスが、ロンドンで結成したエクスペリエンスのデビュー作。「Purple Haze」などで、エレキ・ギターの表現を一変させた。
- 1968 — The Rolling Stones『Beggars Banquet』: アメリカのブルースに憧れたロンドンのバンドが、ルーツに立ち返った作品。「悪魔を憐れむ歌」ではサンバのリズムも取り入れた。
- 1969 — Fairport Convention『Liege & Lief』: イングランドの古いバラッドを電気楽器で演奏し、「英国フォーク・ロック」を確立したとされる作品。
- 1969 — The Beatles『Abbey Road』: ビートルズが最後に録音したアルバム。B面の長いメドレーで知られる。
- 1971 — Led Zeppelin『Led Zeppelin IV』: 「天国への階段」を収めた作品。ハードロックの迫力と英国フォークの響きを結んだ。
- 1972 — Nick Drake『Pink Moon』: ギターと声だけで2晩で録音された最後のアルバム。生前はほとんど売れなかったが、のちに深く愛されるようになった。
- 1972 — David Bowie『The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars』: 異星から来たロック・スターを演じたコンセプト作。グラム・ロックを象徴する。
- 1973 — Pink Floyd『The Dark Side of the Moon』: ケンブリッジとロンドンで結成。シンセサイザーや効果音で狂気や時間を描いた組曲は、世界でもっとも売れたアルバムのひとつ。
- 1975 — Queen『A Night at the Opera』: ロンドンのバンド。オペラとハードロックを一曲に詰め込んだ「Bohemian Rhapsody」を収める。
- 1977 — Sex Pistols『Never Mind the Bollocks, Here’s the Sex Pistols』: ロンドンのパンクを象徴する唯一のスタジオ・アルバム。不況と若者の怒りを背景に、英国社会に衝撃を与えた。
- 1977 — Elvis Costello『My Aim Is True』: ロンドン出身のエルヴィス・コステロのデビュー作。インディー・レーベルのスティッフから出て、「Alison」など、パンクの時代に鋭い言葉と確かなソングライティングで登場した。
- 1978 — Steel Pulse『Handsworth Revolution』: バーミンガムのハンズワース地区で育ったカリブ系移民2世のバンド。英国生まれのルーツ・レゲエの代表作。
- 1979 — Joy Division『Unknown Pleasures』: マンチェスターのバンド。プロデューサーのマーティン・ハネットによる空間的な音で、パンク以後の暗く内省的なロックを切り開いた。
- 1979 — The Clash『London Calling』: ロンドンのバンドの2枚組。パンクにレゲエやスカ、ロカビリーやジャズを混ぜ、移民の多い街の雑多な響きを描いた。
- 1984 — Sade『Diamond Life』: ナイジェリア生まれ、イングランド育ちのシャーデー・アデュのバンドのデビュー作。「Smooth Operator」で世界に知られた。
- 1985 — Kate Bush『Hounds of Love』: 自宅のスタジオで作り上げた作品。前半のポップな歌と、後半の組曲「The Ninth Wave」で知られる。
- 1986 — The Smiths『The Queen Is Dead』: マンチェスターの4人組。モリッシーの皮肉な詞とジョニー・マーのギターで、英国インディーの頂点とされる。
- 1989 — Soul II Soul『Club Classics Vol. One』: ロンドンのサウンドシステム集団ソウル・II・ソウル。カリブ系移民の文化から生まれた重いビートで、イギリスのR&Bを変えた。
- 1991 — Massive Attack『Blue Lines』: ブリストルのサウンドシステム「ワイルド・バンチ」から生まれたグループ。ヒップホップ、レゲエ、ソウルをゆっくりしたテンポで溶け合わせた。
- 1993 — Us3『Hand on the Torch』: ロンドンのUs3が、ブルーノートの旧譜をサンプリングして作った作品。ハービー・ハンコック「Cantaloupe Island」を下敷きにした「Cantaloop」がヒットし、ブルーノートで初めて米国でプラチナ・ディスクになったアルバムとされる。
- 1994 — Portishead『Dummy』: ブリストルの3人組のデビュー作。ヒップホップのビートと映画音楽のような響きで、トリップ・ホップを代表する。
- 1995 — Goldie『Timeless』: ウルヴァーハンプトン出身のアーティスト。高速のブレイクビーツとオーケストラのような音を組み合わせ、ドラムンベースをアルバム芸術にした。
- 1995 — Oasis『(What’s the Story) Morning Glory?』: マンチェスターのバンド。「Wonderwall」などで、ブリットポップの時代を代表した。
- 1996 — Jamiroquai『Travelling Without Moving』: ロンドンのバンド。ジェイ・ケイの歌とアシッド・ジャズ、ファンクで、「Virtual Insanity」などが世界的にヒットした。
- 1997 — Radiohead『OK Computer』: オックスフォードのバンド。情報社会の不安を描き、1990年代を代表するロック・アルバムとされる。
- 1998 — Talvin Singh『O.K.』: ロンドン生まれのタブラ奏者・DJタルヴィン・シン。ドラムンベースとインド古典音楽を結ぶ「エイジアン・アンダーグラウンド」を代表する作品で、マーキュリー賞を受けた。
- 2000 — Radiohead『Kid A』: オックスフォードのレディオヘッドが、ギター・ロックから電子音楽へ大きく舵を切った作品。グラミー賞を受けた。
- 2002 — The Streets『Original Pirate Material』: バーミンガム出身のマイク・スキナーのプロジェクト。UKガラージに乗せて、イギリスの若者の日常を語った。
- 2003 — Dizzee Rascal『Boy in da Corner』: ロンドン東部ボウ出身の18歳。ガレージとダンスホールから生まれた硬質なビート「グライム」をアルバムで世に示し、マーキュリー賞を受賞した。
- 2005 — M.I.A.『Arular』: ロンドン生まれで、幼い頃をスリランカで過ごしたタミル系のアーティストのデビュー作。ダンスホールやブラジルのバイレ・ファンキ、エレクトロを混ぜた。
- 2006 — Amy Winehouse『Back to Black』: ロンドン北部出身の歌手。1960年代のガール・グループやソウルの音で、自らの痛みを率直に歌った。
- 2007 — Burial『Untrue』: ロンドン南部のブリアル。加工した声の断片と雨のようなノイズで、深夜の都市の孤独を描いた。
- 2011 — Adele『21』: ロンドン北部トッテナム出身の歌手の2作目。失恋を歌った「Rolling in the Deep」などで、世界的な大ヒットになった。
- 2014 — FKA twigs『LP1』: イングランド西部グロスターシャー出身。R&Bと電子音楽を、息づかいのような繊細な音で組み立てたデビュー・アルバム。
- 2016 — Skepta『Konnichiwa』: ナイジェリア系のロンドンのラッパー、スケプタ。自主制作でグライムを再び頂点に押し上げ、マーキュリー賞を受けた。
- 2018 — Sons of Kemet『Your Queen Is a Reptile』: サックス奏者シャバカ・ハッチングス率いるロンドンのバンド。チューバと2台のドラムで、カリブ海の祭りのリズムとジャズを結んだ。
- 2021 — Little Simz『Sometimes I Might Be Introvert』: ナイジェリア系の両親を持つ、ロンドン北部出身のラッパー。オーケストラやアフロビートを取り入れ、自分の来歴を語った。
- 2022 — Ezra Collective『Where I’m Meant to Be』: ロンドンのジャズ・バンド。アフロビートやカリブの音楽、グライムが交わる新しいロンドン・ジャズを代表し、ジャズで初めてマーキュリー賞を受けた。
- 2023 — Sampha『Lahai』: ロンドン南部出身で、シエラレオネにルーツを持つ歌手・ピアニスト。繊細な声と細やかなリズムで、生と時間について歌う。
フランス・ベルギー
言葉を何より大切にするシャンソンの国。ロマのジャズ・ギター、ピアフやブレル、ゲンズブール、そしてアフリカ系移民の子どもたちのラップや、フレンチ・タッチと呼ばれた電子音楽まで。
- 1936 — Django Reinhardt & Stéphane Grappelli『Quintette du Hot Club de France』: ベルギー生まれのロマのギタリストと、パリのヴァイオリニスト。ドラムもピアノもない弦楽器だけの編成で、ヨーロッパ独自のジャズを生んだ。
- 1946 — Édith Piaf『Hymne à la môme (Best of)』: パリの路上で歌っていた少女が、戦後フランスを代表する歌手になった。「ばら色の人生」「愛の讃歌」など。
- 1948 — Pierre Schaeffer『Cinq études de bruits』: フランスのラジオ局の技術者・作曲家。汽車の音などの録音をレコード盤の上で加工して組み立て、「ミュジーク・コンクレート」を生んだ。
- 1952 — Georges Brassens『La mauvaise réputation』: セート出身の詩人歌手のデビュー作。ギター1本で、権威を皮肉り、市井の人々の側に立つ詩を歌った。
- 1959 — Jacques Brel『La valse à mille temps』: ブリュッセル出身。全身を使う激しい歌唱で、「行かないで(Ne me quitte pas)」など愛と人生の切実さを歌った。
- 1962 — Françoise Hardy『Tous les garçons et les filles』: パリの18歳が自作の曲でデビュー。英米のポップを取り入れたフランスの若者文化「イエイエ」を代表する存在になった。
- 1969 — Brigitte Fontaine『Comme à la radio』: パリの歌手が、アート・アンサンブル・オブ・シカゴやアレスキ・ベルカセムと作った作品。シャンソンとフリー・ジャズ、アラブの響きが交わる。
- 1971 — Serge Gainsbourg『Histoire de Melody Nelson』: ささやくような語りに、うねるベースとジャン=クロード・ヴァニエのストリングス。短い物語のコンセプト・アルバムで、後世の多くの音楽家に影響を与えた。
- 1973 — Magma『Mekanïk Destruktïw Kommandöh』: ドラマーのクリスチャン・ヴァンデが率いるパリのバンド。自ら作った架空の言語で歌い、合唱と反復のリズムによる「ズール」という独自の音楽を作った。
- 1976 — Jean-Michel Jarre『Oxygène』: リヨン出身の作曲家が自宅のスタジオでシンセサイザーを重ねて作った作品。電子音楽を世界的なヒットに押し上げた。
- 1994 — MC Solaar『Prose Combat』: セネガル生まれ、チャド系の両親を持ちパリ郊外で育ったラッパー。言葉遊びに富んだフランス語のラップで、フランス語圏のヒップホップを広く知らしめた。
- 1997 — Daft Punk『Homework』: パリの2人組のデビュー作。シカゴ・ハウスやディスコへの愛を込めたフィルター・ハウスで、「フレンチ・タッチ」を世界に広めた。
- 1997 — IAM『L’École du micro d’argent』: マルセイユのIAM。古代エジプトやアジアの意匠を取り込み、フランス語ヒップホップの頂点とされる作品。
- 1998 — Air『Moon Safari』: ヴェルサイユの2人組。アナログ・シンセとやわらかな旋律による、浮遊感のあるポップ。
- 1998 — Manu Chao『Clandestino』: パリ生まれのマヌ・チャオのソロ第1作。スペイン語、フランス語、英語、ポルトガル語で、国境を越える移民たちを歌った。
- 2005 — Camille『Le Fil』: パリの歌手カミーユ。全編に一つの持続音を通し、声と身体の音だけで組み立てた作品。
- 2008 — Caravan Palace『Caravan Palace』: パリのキャラヴァン・パレスのデビュー作。ジャンゴ・ラインハルトのジプシー・スウィングを電子音楽に乗せ、エレクトロ・スウィングを広めた。
- 2013 — Stromae『Racine carrée』: ブリュッセル出身、父はルワンダ人。ハウスやアフリカの音を取り入れた踊れる曲で、孤独や病など重いテーマを歌った。
- 2014 — Christine and the Queens『Chaleur Humaine』: ナント出身のエロイーズ・レティシエのプロジェクト。フランス語と英語のポップで、性やアイデンティティの問いを歌った。
- 2018 — Aya Nakamura『NAKAMURA』: マリ生まれ、パリ郊外育ちのアヤ・ナカムラ。「Djadja」で、フランス語圏で最も聴かれる歌手の一人になった。
イタリア
ナポリ民謡からオペラ歌手たちのレコード、サンレモ音楽祭のカンツォーネ、映画音楽、プログレッシブ・ロック、カンタウトーレ(シンガー・ソングライター)へ。方言で歌う伝統も強く残る。
- 1916 — Enrico Caruso『Canzoni Italiane』: ナポリ生まれのテノール。20世紀初めにレコードで世界的なスターとなり、「オー・ソレ・ミオ」などナポリの歌も世界に広めた。
- 1958 — Domenico Modugno『Nel blu dipinto di blu』: プーリア出身の歌手。サンレモ音楽祭で優勝した表題曲(通称「ボラーレ」)は、アメリカでも全米1位になった。
- 1966 — Ennio Morricone『Il buono, il brutto, il cattivo』: ローマの作曲家。口笛、エレキ・ギター、叫び声まで使ったセルジオ・レオーネ監督の西部劇の音楽は、映画音楽の常識を変えた。
- 1966 — Mina『Studio Uno '66』: ロンバルディア州クレモナ育ちの歌手。テレビの音楽番組『ストゥディオ・ウーノ』で国民的なスターになった。
- 1972 — Premiata Forneria Marconi『Per un amico』: ミラノのバンド。クラシックの教養と地中海的な旋律を、英国のプログレッシヴ・ロックと結びつけた。
- 1974 — Lucio Battisti『Anima latina』: イタリアでもっとも愛された歌手のひとり。南米旅行の体験をもとに、ラテンのリズムと実験的な音作りを試みた。
- 1980 — Pino Daniele『Nero a metà』: ナポリ出身のギタリスト・歌手。ナポリ語とブルースやジャズを組み合わせ、「ナポリのブルース」と呼ばれた。
- 1981 — Franco Battiato『La voce del padrone』: シチリア出身。実験音楽から転じて作ったこのアルバムは、イタリアで初めて100万枚を売ったLPとされる。
- 1984 — Fabrizio De André『Crêuza de mä』: ジェノヴァの詩人歌手が、すべてジェノヴァ方言で歌った作品。中東やバルカンの楽器を使い、地中海の船乗りの世界を描いた。
- 1984 — Paolo Conte『Paolo Conte』: ピエモンテ州アスティの弁護士でもあった歌手。しわがれた声とジャズの香りで、古い映画のような情景を描く。
- 1988 — Ennio Morricone『Cinema Paradiso』: ジュゼッペ・トルナトーレ監督の映画『ニュー・シネマ・パラダイス』の音楽。エンニオ・モリコーネが息子アンドレアとともに書き、シチリアの映画館の記憶を甘い旋律で描いた。
- 1995 — Almamegretta『Sanacore』: ナポリのアルマメグレッタ。ナポリ語の歌と地中海の旋律を、ダブとトリップホップで鳴らした。
- 2006 — Vinicio Capossela『Ovunque proteggi』: ドイツ生まれ、イタリアのシンガー・ソングライター、ヴィニチオ・カポッセラ。神話や地中海の古い響きを、劇的な歌にした。
- 2021 — Måneskin『Teatro d’ira – Vol. I』: ローマのバンド、マネスキン。サンレモ音楽祭とユーロビジョンを制し、イタリア語のロックを世界に届けた。
ドイツ語圏
1920年代ベルリンのキャバレーとヴォーカル・グループ。戦後には、英米のロックとは違う道を探した「クラウトロック」と、電子音楽のクラフトワークが生まれ、壁の崩壊後のベルリンはテクノの都になった。
- 1930 — Comedian Harmonists『Comedian Harmonists』: ベルリンの6人組の男性ヴォーカル・グループ。巧みなハーモニーで大人気となったが、ユダヤ系のメンバーがいたためナチス政権下で活動を禁じられた。
- 1935 — Marlene Dietrich『Marlene Dietrich - Naughty Lola (1928-1941)』: ベルリン生まれの歌手・俳優。映画『嘆きの天使』の歌で知られ、ナチス政権を拒んでアメリカに渡った。
- 1971 — Can『Tago Mago』: ケルンのバンド。現代音楽を学んだメンバーと日本人歌手ダモ鈴木が、長い即興と反復のリズムを編集して作った。
- 1972 — Neu!『Neu!』: デュッセルドルフの2人組。まっすぐ進み続ける8ビート「モトリック」は、のちのポストパンクや電子音楽に影響を与えた。
- 1977 — Kraftwerk『Trans-Europe Express』: デュッセルドルフのグループ。ヨーロッパを走る列車を機械のリズムで描いたこの作品は、ニューヨークのヒップホップやデトロイト・テクノにも大きな影響を与えた。
- 1978 — Nina Hagen Band『Nina Hagen Band』: 東ベルリン育ちの歌手が西側に移ってから作ったデビュー作。オペラ的な発声からがなり声まで使い分けた。
- 1984 — Nena『99 Luftballons』: ドイツ語のニュー・ウェイヴ「ノイエ・ドイチェ・ヴェレ」から。冷戦下の核戦争への不安を歌った「ロックバルーンは99」は、ドイツ語のまま世界でヒットした。
- 1985 — Einstürzende Neubauten『Halber Mensch』: 西ベルリンのグループ。金属片や工具を楽器として叩き、壁に囲まれた都市の音を作った。
- 1985 — Falco『Falco 3』: ウィーン出身。ドイツ語のラップを取り入れたポップで、モーツァルトを題材にした「ロック・ミー・アマデウス」が全米1位になった。
- 1995 — Basic Channel『BCD』: ベルリンの2人組。ダブの残響とミニマルなテクノを結び、壁崩壊後のベルリンの電子音楽に大きな影響を与えた。
- 1997 — Rammstein『Sehnsucht』: 旧東ドイツ出身のメンバーによるバンド。重いギターと電子音、ドイツ語の巻き舌の歌で、世界的な人気を得た。
- 2002 — Herbert Grönemeyer『Mensch』: ドイツの歌手ヘルベルト・グレーネマイヤー。妻と兄を相次いで失った後の作品で、ドイツで最も売れたアルバムの一つになった。
- 2008 — Peter Fox『Stadtaffe』: ベルリンのバンド、ゼード(Seeed)のピーター・フォックスのソロ作。「Haus am See」は、ベルリンの日常を歌う国民的な歌になった。
- 2013 — Nils Frahm『Spaces』: ベルリンを拠点にする作曲家ニルス・フラーム。ピアノとシンセを即興で重ねるライブ録音を編んだ作品。
中東欧
社会主義時代、ジャズやロックは検閲と向き合いながら独自に育った。ハンガリーの民俗音楽運動「ターンツハーズ」、クラクフのクレズマー、自由を求めたプラハの歌と地下バンド。
- 1969 — Omega『10000 lépés』: ブダペストのバンド。「真珠の髪の少女(Gyöngyhajú lány)」は東欧ロックを代表する曲で、のちに西側でもカバーされた。
- 1969 — Marta Kubišová『Songy a balady』: チェコの歌手。1968年の「プラハの春」に寄せた「マルタへの祈り」は抵抗の歌となり、彼女は約20年間、公の場で歌うことを禁じられた。
- 1970 — Czesław Niemen『Enigmatic』: ポーランドの歌手。ハモンド・オルガンと合唱で、ポーランドの詩人ノルヴィトの詩を歌った大曲「Bema pamięci żałobny – rapsod」を収める。
- 1978 — The Plastic People of the Universe『Egon Bondy’s Happy Hearts Club Banned』: プラハのバンド。体制に認められず非公式に活動し、メンバーの逮捕をきっかけに人権運動「憲章77」が生まれた。この作品は西側で発売された。
- 1993 — Muzsikás with Márta Sebestyén『Dúdoltam én』: 村々で受け継がれた踊りの音楽を都会で学ぶ「ターンツハーズ」運動から生まれたグループと、その代表的な歌い手。
- 1997 — Tomasz Stańko『Litania: Music of Krzysztof Komeda』: かつてコメダのバンドで吹いたトランペット奏者が、その曲を演奏した作品。ポーランド・ジャズの系譜を伝える。
- 2005 — Lao Che『Powstanie Warszawskie』: ポーランドのバンド、ラオ・チェが、1944年のワルシャワ蜂起を一日ずつ追って描いたコンセプト作品。
- 2015 — Warsaw Village Band『Sun Celebration』: ワルシャワの若い音楽家たちが、村々の古い歌い方や弦楽器を学び、力強い声で鳴らすグループ。
- 2019 — Kroke『Rejwach』: クラクフのユダヤ人街カジミェシュから生まれたトリオ。東欧ユダヤの音楽クレズマーに、即興や他地域の音楽を加えた。
- 2019 — Hania Rani『Esja』: グダンスク出身のピアニスト・作曲家ハニャ・ラニのソロ・ピアノ作品。アイスランドの山の名を題にした。
ロシア
ヴォルガの船曳き歌や村の多声合唱などのロシア民謡、ソ連時代の合唱団と流行歌、ギター1本で語った「吟遊詩人(バルド)」たち。1980年代のレニングラードではロック・クラブから新しい世代が現れた。
- 1925 — Feodor Chaliapin『Russian Folk Songs』: ロシアの伝説的なバス歌手。「ヴォルガの舟歌」などを録音し、ロシア民謡のイメージを世界に広めた。
- 1942 — Lidia Ruslanova『Колхозная полька (1938–1947)』: ヴォルガ地方出身の歌手。農村の歌を力強く歌い、第二次世界大戦中は前線で兵士たちのために歌った。
- 1965 — Alexandrov Ensemble『The Definitive Anthology』: ソ連軍の歌と踊りのアンサンブル。男声合唱による「カリンカ」や軍歌、民謡は、ソ連の音楽の顔として世界中で演奏された。
- 1977 — Vladimir Vysotsky『Высоцкий в Париже』: 俳優でもあった歌手。かすれた声で戦争や庶民の暮らし、収容所を歌い、公式な発売が少なくても国中にテープで知られた。
- 1983 — Аквариум『Радио Африка』: ボリス・グレベンシコフのバンド。公式な発売の道がない時代に、非公式に録音されたテープが手から手へ複製されて広まった。
- 1983 — Алла Пугачёва『Миллион роз』: ソ連時代の国民的歌手。表題曲「百万本のバラ」はラトビアの歌が原曲で、のちに日本でも歌われた。
- 1985 — Bulat Okudzhava『Военные песни』: モスクワ育ちの詩人。ギター1本で歌う私的な歌はテープで複製されて広まり、ソ連の「バルド」の草分けとなった。
- 1988 — Kino『Группа крови』: レニングラード・ロック・クラブ出身のヴィクトル・ツォイのバンド。ペレストロイカの若者たちの心をつかみ、1990年のツォイの事故死の後も歌い継がれている。
- 1991 — The Dmitri Pokrovsky Ensemble『The Wild Field』: モスクワのアンサンブル。ソ連時代に整えられた民謡合唱とは違う、村々に残る荒々しい多声の歌い方を学び、舞台で再現した。
- 1994 — ДДТ『Это всё』: ユーリー・シェフチュークのバンド、DDT。表題曲は、ソ連崩壊後のロシアのロックを象徴する一曲になった。
- 1997 — Мумий Тролль『Морская』: ウラジオストク出身のバンドの出世作。英語の響きも混ぜた軽やかな歌で、ソ連崩壊後のロックに新しい風を吹き込んだ。
- 1999 — Zemfira『Земфира』: ウファ出身のシンガー・ソングライター。デビュー作で、ソ連崩壊後の新しい世代のロックを象徴した。
- 2002 — t.A.T.u.『200 km/h in the Wrong Lane』: モスクワのデュオ、t.A.T.u.(タトゥー)が、ロシア語のデビュー作を英語で録り直した作品。「All the Things She Said」が英国チャートで1位になり、ロシアのポップとして異例の世界的ヒットになった。
- 2018 — Монеточка『Раскраски для взрослых』: エカテリンブルク出身のモネトチカ。皮肉と哀しみをこめたポップで、若い世代の声になった。
- 2020 — IC3PEAK『До Свидания』: モスクワのデュオ、IC3PEAK。暗い電子音と叫びで、国家や暴力への違和を歌い、公演を妨害されたこともある。
ウクライナ
バンドゥーラ弾きの叙事詩、カルパチア山地の歌、村の女性たちの力強い多声合唱。ソ連時代にもウクライナ語の歌は広く愛され、独立後は伝統と現代の音を重ねるグループが次々と現れた。
- 1972 — Sofia Rotaru『Червона рута』: チェルニウツィー州出身の歌手。ヴォロディームィル・イヴァスュク作の「チェルヴォナ・ルータ」は、ウクライナ語の歌として旧ソ連全体で愛された。
- 1980 — Kvitka Cisyk『Kvitka』: ニューヨークのウクライナ系移民の家庭に育った歌手。ウクライナの歌を美しい声で録音し、ディアスポラと本国の両方で愛された。
- 1997 — Воплі Відоплясова『Музіка』: キーウのバンド、ヴォプリ・ヴィドプリャソヴァ(VV)。ウクライナ語ロックの草分けで、民謡やパンクを陽気に混ぜた。
- 2001 — Okean Elzy『Модель』: リヴィウで結成されたバンド。スヴャトスラウ・ヴァカルチュクの歌で、独立後のウクライナ語ロックを代表する存在になった。
- 2003 — Ruslana『Дикі танці』: リヴィウ出身の歌手。カルパチア山地のフツル人の音楽を取り入れたダンス・ポップで、2004年のユーロビジョンで優勝した。
- 2016 — DakhaBrakha『The Road』: キーウの劇場から生まれた4人組。ウクライナの村の歌を、チェロやアフリカ、アジアの打楽器と組み合わせた。
- 2016 — ONUKA『Vidlik』: キーウのオヌカ。ウクライナの民俗楽器(ソピルカやバンドゥーラ)と電子音を結んだ。題名は「カウントダウン」。
- 2021 — Go_A『Шум』: キーウのグループ。春を呼ぶ古い歌「ヴェスニャンカ」の歌い方を電子音楽と組み合わせた。
- 2022 — Kalush Orchestra『Stefania』: カルーシュ出身のラッパーと民俗楽器奏者たち。母に捧げた歌で、2022年のユーロビジョンで優勝した。
中国
1930〜40年代の上海は、ジャズと映画音楽が交わる流行歌の都だった。二胡や琵琶の名手たち、そして1980年代の改革開放のなかで北京からロックが生まれ、今も新しい声が続く。
- 1940 — Zhou Xuan『Ladies of Chinese Song – Zhou Xuan, Volume 1』: 1930〜40年代の上海を代表する歌手・女優。ジャズと中国の旋律を合わせた流行歌「時代曲」の顔で、「金の喉」と呼ばれた。
- 1950 — 華彦鈞(阿炳)『阿炳全集(1)』: 無錫の盲目の街頭音楽家。亡くなる数か月前の1950年に録音された二胡の独奏「二泉映月」は、中国でもっとも知られた器楽曲のひとつになった。
- 1989 — 崔健『新长征路上的摇滚』: 北京の朝鮮族のトランペット奏者が中国語ロックを切り開いた。1986年の「一無所有(何も持っていない)」は、若者たちの歌になった。
- 1991 — 黑豹『黑豹』: 北京のハードロック・バンドのデビュー作。窦唯(ドウ・ウェイ)が歌った「Don’t Break My Heart」などで中国語ロックの大ヒットとなった。
- 1994 — 窦唯『黑夢』: 黒豹を離れた窦唯(ドウ・ウェイ)のソロ作。暗く内省的なサウンドで、中国ロックの新しい側面を示した。
- 1994 — 张楚『孤獨的人是可恥的』: 西安出身の张楚(チャン・チュー)。崔健以後の北京ロックの中で、都市に生きる孤独を詩的に歌った。
- 2003 — 二手玫瑰『二手玫瑰』: 東北地方の大衆芸能「二人転」の節回しや衣装をロックと組み合わせた、ハルビン出身の梁龍(リャン・ロン)のバンド。
- 2010 — 万能青年旅店『万能青年旅店』: 河北省石家荘のバンドのデビュー作。地方都市の停滞と若者の焦燥を詩的に歌い、トランペットの響く長い曲で高く評価された。
- 2013 — Wu Man『琵琶蠻』: 杭州出身の琵琶奏者。伝統曲の名演から現代作品、他ジャンルとの共演まで、琵琶の世界を広く伝えてきた。
- 2013 — 宋冬野『安和桥北』: 北京のシンガー・ソングライター宋冬野。「安和桥」は、中国のインディー・フォークを広く知らせた一曲になった。
- 2017 — 龚琳娜 & Bang on a Can All-Stars『Cloud River Mountain』: 貴州出身の歌手が、ニューヨークの現代音楽アンサンブルと共演した作品。中国各地の民謡の発声を新しい歌に生かした。
香港・台湾
広東語ポップ「カントポップ」と台湾の国語歌謡は、中国語圏とアジア中の人々に愛された。台湾の先住民アミ族の歌声は、思いがけず世界的なヒット曲に使われたこともある。
- 1974 — 許冠傑『鬼馬雙星』: 香港の歌手・俳優。英語の歌が主流だった時代に、庶民の言葉である広東語でユーモラスに暮らしを歌い、カントポップの礎を築いた。
- 1982 — 羅大佑『之乎者也』: 台湾のシンガー・ソングライターのデビュー作。社会を見つめる鋭い詞で、台湾の歌に新しい時代を開いた。
- 1983 — 鄧麗君『淡淡幽情』: 台湾出身の歌手。宋代の詞に新しい曲をつけた作品で、中国語圏全体で歌われ、日本でも「テレサ・テン」として愛された。
- 1990 — Beyond『命運派對』: 香港のロック・バンド。平和や自由、アフリカへの思いを広東語で歌い、香港を代表するバンドになった。
- 1993 — 張學友『吻別』: 香港の歌手ジャッキー・チュン。北京語の表題曲は、中国語圏全体で大ヒットした。
- 1994 — 王菲『胡思亂想』: 北京生まれで香港で活躍した歌手。英国のコクトー・ツインズに通じる浮遊感で、中国語ポップの表現を広げた。
- 1996 — 蔡振南『南歌』: 「金包銀」などの作者としても知られる台湾語の歌い手・作家、蔡振南の作品。素朴な声で台湾語の歌の味わいを伝え、金曲奨の最優秀アルバムを受けた。
- 1998 — 郭英男 & 馬蘭吟唱隊『生命之環』: 台湾東部・台東のアミ族の歌い手たち。郭英男(ディファン)の歌声は、エニグマ「Return to Innocence」に無断で使われたことで世界に知られた。
- 1998 — 伍佰&China Blue『樹枝孤鳥』: 台湾のロック歌手、伍佰がバンドのChina Blueと作った、台湾語で歌うアルバム。ロックと電子音で台湾語の歌を新しくし、金曲奨の最優秀アルバムを受けた。
- 2001 — 周杰倫『范特西』: 台湾のシンガー・ソングライター。R&Bやヒップホップに中国的な旋律や楽器を混ぜた「中国風」で、21世紀の中国語ポップを代表する存在になった。
- 2005 — 陳奕迅『U87』: 香港の歌手イーソン・チャン。「浮誇」などを収め、2000年代の広東語ポップを代表する作品。
- 2013 — 生祥樂隊『我庄』: 台湾南部美濃の客家語の歌い手、林生祥のバンド。故郷の村の暮らしと農業の変化を、月琴とギターで歌う。
- 2016 — 桑布伊『椏幹』: 台東のプユマ(卑南)族の歌い手、サンプイ。プユマ語で、祖先から伝わる歌と自作を歌い、金曲奨の最優秀アルバムを受けた。
- 2019 — 阿爆『kinakaian 母親的舌頭』: 台湾南部のパイワン族の歌手、アバオ。すべてパイワン語で歌った電子的なポップスで、金曲奨の最優秀アルバムを受けた。
- 2023 — 草東沒有派對『瓦合』: 台北のロック・バンド、草東沒有派對(ノー・パーティ・フォー・カオドン)の2作目。若い世代の閉塞感を歌い、金曲奨の最優秀アルバムを受けた。
- 2024 — 李竺芯『Suí 水』: 台湾語で歌うシンガー・ソングライター、李竺芯(シリ・リー)の作品。金曲奨の最優秀アルバムを受けた。
インドシナ
タイ東北部とラオスの笙「ケーン」で歌うモーラム、タイの演歌ともいわれるルークトゥン。1960年代のプノンペンとサイゴンでは、ロックやラテンを取り入れた大衆歌謡が花開いたが、戦争がそれを断ち切った。
- 1970 — Sinn Sisamouth『Sinn Sisamouth』: プノンペンの国民的歌手。ロックやラテン、バラードまで数百曲を録音したが、1970年代後半のクメール・ルージュ政権下で消息を絶った。
- 1970 — Various Artists『Cambodian Rocks』: クメール・ルージュ政権以前のプノンペンで録音されたロックやポップの編集盤。歌手名も記されないまま広まり、世界で再発見のきっかけになった。
- 1972 — Ros Sereysothea『Cambodian Psych-Out』: 高く澄んだ声で知られた歌手。サイケデリックなギターにのせた歌は、のちに「カンボジアン・ロック」として世界で再発見された。
- 1972 — Various Artists『Saigon Supersound, Vol. 1』: 戦時下のサイゴン(現ホーチミン市)で録音された、ソウルやロック、ボレロを取り入れた大衆歌謡の編集盤。
- 1974 — Khánh Ly『Sơn Ca 7 – Và Những Tình Khúc Trịnh Công Sơn』: 作曲家チン・コン・ソンの歌を歌い続けた歌手。戦争の悲しみと平和への願いを込めた歌は、南北を問わず歌い継がれた。
- 1984 — Carabao『Made in Thailand』: タイのバンド。社会の現実を歌う「生活のための歌」をロックで大衆化し、表題曲は大ヒットした。
- 1987 — Pumpuang Duangjan『ทุ่งนางคอย』: 「ルークトゥンの女王」と呼ばれたスパンブリー県出身の歌手。農村の歌謡ルークトゥンに電子楽器を取り入れ、絶大な人気を得た。
- 2014 — Khun Narin『Khun Narin’s Electric Phin Band』: タイ北部ペッチャブーンの楽団。イサーンの撥弦楽器ピンをエレキにし、村の祭りの行進でサイケデリックに鳴らす。
- 2014 — The Paradise Bangkok Molam International Band『21st Century Molam』: バンコクの楽団。東北タイ(イサーン)とラオスの歌謡モーラムを、ダブやファンクのうねりで鳴らす。
- 2017 — Phum Viphurit『Manchild』: バンコク出身、ニュージーランドで育ったプム・ヴィプリット。英語で歌う軽やかなポップで、アジアのインディーの顔の一人になった。
- 2019 — Hoàng Thùy Linh『Hoàng』: ハノイの歌手ホアン・トゥイ・リン。北部の民謡や少数民族の伝説を、電子音のポップで歌った。
フィリピン
スペイン統治時代から続く恋歌「クンディマン」、アメリカの影響を受けたポップスとロック。1970年代にはタガログ語で自分たちの暮らしを歌う「OPM(オリジナル・ピリピノ・ミュージック)」が花開いた。
- 1960 — Sylvia La Torre『Heritage Series – Kundiman』: 「クンディマンの女王」と呼ばれた歌手。19世紀以来の恋歌クンディマンや民謡を、ラジオや映画で親しまれた歌声で残した。
- 1973 — Juan de la Cruz Band『Himig Natin』: タガログ語で歌うロックの先駆け。表題曲「私たちの歌」は、フィリピン語のロックの出発点とされる。
- 1978 — Freddie Aguilar『Anak』: 表題曲「アナック(子ども)」は、親の愛と子の後悔を歌い、フィリピン国内だけでなく世界各国で歌い継がれた。日本でも「息子」の題で知られる。
- 1978 — Asin『18 Greatest Hits』: ルソン島のフォーク・グループ。民族楽器を取り入れ、環境や平和、少数民族への思いを歌った。
- 1980 — Apo Hiking Society『Ten Years Together』: マニラのアテネオ大学の仲間から生まれたグループ。タガログ語のポップ「OPM(オリジナル・ピリピノ・ミュージック)」を代表する存在になった。
- 1991 — Joey Ayala『Panganay ng Umaga』: ミンダナオ島ダバオ育ち。先住民の弦楽器クディヤピや打楽器を取り入れ、土地と人々をテーマに歌った。
- 1995 — Eraserheads『Cutterpillow』: フィリピン大学で結成されたバンド。タガログ語と英語を混ぜた歌で、1990年代のピノイ・ロックを代表した。
- 2008 — Up Dharma Down『Bipolar』: マニラのバンド、アップ・ダーマ・ダウン。アーミ・ミラーレの声と静かなロックで、フィリピンのインディーを代表する。
- 2019 — Ben&Ben『Limasawa Street』: マニラの大所帯バンド、ベン&ベン。タガログ語と英語の歌で、2010年代末のフィリピンで最も愛されたバンドの一つ。
- 2023 — SB19『PAGTATAG!』: フィリピンの5人組SB19。タガログ語で歌い踊るP-POPを、国外にも広げた。
イラク・アラビア半島
バグダードはアッバース朝の時代から音楽の都として知られ、20世紀にはウードの名手たちと古典歌謡「イラキ・マカーム」の中心だった。湾岸ではカリージと呼ばれる歌謡が、イエメンでは独自のウードと詩の伝統が受け継がれている。
- 1955 — Nazem Al-Ghazali『The Voice of Nazem El Ghazali: Recordings 1948–1960, Vol. 1』: バグダードの歌手。古典歌謡イラキ・マカームを身につけたうえで、親しみやすい歌でイラクの大衆歌謡の黄金時代を築いた。
- 1971 — Munir Bashir『Iraq: Ûd Classique Arabe』: モースル出身のウード奏者。即興演奏「タクシーム」を独奏の芸術として磨き、アラブのウードを世界の舞台に広めた。
- 1989 — Talal Maddah『Talal Madah』: メッカ出身で「大地の声」と呼ばれた歌手。ウードと弦楽の伴奏で、ヒジャーズ地方の歌謡を現代化した。
- 1999 — Ilham Al Madfai『قطرة المطر』: バグダード出身のギタリスト・歌手。イラクの古い民謡や歌を、ギターとジャズやラテンの感覚で歌い直した。
- 2002 — Ahmed Mukhtar『Music from Iraq: Rhythms of Baghdad』: バグダード出身でロンドンを拠点にするウード奏者アフマド・ムフタール。イラクのマカームとバグダードのリズムを、打楽器との二重奏で伝える。
- 2003 — Naseer Shamma『Maquamat Zíryáb』: イラク南部クート出身のウード奏者。バグダードの奏法を受け継ぎつつ、カイロに「アラブ・ウードの家」を開いて後進を育てた。
- 2004 — Hussain Al Jassmi『Hussain Al Jassmi』: アラブ首長国連邦の歌手フセイン・アル・ジャスミ。湾岸地域の歌謡ハリージを、アラブ世界全体で聴かれる大衆歌へと広げた一人。
- 2006 — Rahim AlHaj & Souhail Kaspar『When the Soul Is Settled: Music of Iraq』: バグダード出身で、政治的な迫害を逃れてアメリカに渡ったウード奏者ラヒーム・アルハージ。イラクのマカームを打楽器との対話で奏でた、スミソニアン・フォークウェイズの作品。
- 2009 — Ahmed Fathi『Akher El Akhbar』: イエメンの歌手・ウード奏者。イエメン独特のリズムと旋律を、ウードの名人芸で伝える。
マダガスカルとインド洋の島々
東南アジアから渡った人々とアフリカの人々が出会った島。竹の筒琴ヴァリハ、6/8で跳ねるサレギ、アコーディオンやギター。近くのレユニオンでは奴隷制の記憶を歌うマロヤが受け継がれる。
- 1993 — D’Gary『Malagasy Guitar: Music from Madagascar』: 南部出身のギタリスト。伝統的な弦楽器の奏法を変則チューニングのギターに移し、指で複雑なリズムを紡ぐ。
- 1994 — Tarika『Bibiango』: アンタナナリボのグループ。島の各地の伝統的なリズムや楽器を取り入れ、マダガスカルの多様な音楽を世界に伝えた。
- 1996 — Danyèl Waro『Batarsité』: レユニオン島の歌手。奴隷制の記憶を持ちながら長く公の場から締め出されてきた歌と太鼓「マロヤ」を、クレオール語で歌い続けた。
- 1997 — Justin Vali『The Genius of Valiha』: 竹の筒に弦を張った国民的楽器ヴァリハの名手。職人の家に生まれ、伝統と新しい響きを結んだ。
- 1997 — Mahaleo『Tadidiko』: 1970年代から活動するマダガスカルのフォーク・グループ。アコースティック・ギターと声で、村や社会を歌う歌は世代を超えて親しまれた。
- 1997 — Rossy『Madagascar』: アンタナナリボの歌手・バンドリーダー。島各地のリズムを大編成のバンドで演奏し、1990年代のマダガスカルを代表する人気者になった。
- 1998 — Jaojoby『E tiako』: マダガスカル北西部の速いダンス音楽サレギの王、ジャオジョビー。
- 2000 — Régis Gizavo『Samy olombelo』: マダガスカル南部トゥリアラ出身のアコーディオン奏者。南部のリズムを指先で刻み、島の外でも多くの音楽家と共演した。
- 2016 — Christine Salem『Larg pa lo kor』: レユニオン島の歌手クリスティーヌ・サレム。奴隷とされた人々の歌から生まれたマロヤを、力強い声とブルースの感覚で歌う。
- 2017 — Lindigo『Komsa Gayar』: レユニオンの楽団リンディゴ。マロヤの打楽器と合唱を、祝祭の熱で鳴らす。
ポルトガル語圏アフリカ
ポルトガルの植民地だった国々が、言葉と独立の歴史を共有しながら育てた音楽。アンゴラのセンバ、モザンビークのマラベンタ、カーボベルデの哀愁の歌モルナ。
- 1972 — Bonga『Angola 72』: アンゴラの陸上選手でもあった歌手。独立戦争のさなか、亡命先のオランダで録音した作品で、かすれた声で故郷と自由を歌った。
- 1973 — Various Artists『Angola Soundtrack: The Unique Sound of Luanda 1968–1976』: 独立前後の首都ルアンダで録音された曲の編集盤。ギターが絡み合うセンバや、ラテンやロックを取り込んだ音が聴ける。
- 1977 — Super Mama Djombo『Super Mama Djombo』: 独立直後のギニアビサウで国民的な人気を得たバンド。クリオウル語で歌い、新しい国の誇りを表した。
- 1992 — Cesária Évora『Miss Perfumado』: カーボベルデのミンデロの歌手。裸足で舞台に立ち、郷愁と別れの歌モルナを深い声で歌って、50歳を過ぎてから世界的なスターになった。
- 1992 — Waldemar Bastos『Pitanga Madura』: アンゴラ北部出身の歌手。内戦で引き裂かれた祖国への思いを、美しい旋律と声で歌った。
- 1993 — Ghorwane『Majurugenta』: モザンビークのバンド。首都マプトで生まれたダンス音楽マラベンタを、ブラスを加えた力強い演奏で現代に伝えた。
- 1997 — Ildo Lobo『Nós Morna』: カーボベルデのバンド、オス・トゥバロインスの歌手だった。郷愁の歌モルナを、深く伸びやかな声で歌った。
- 2003 — Cesária Évora『Voz d’Amor』: カーボベルデの「裸足の歌姫」セザリア・エヴォラの作品。島々の哀歌モルナを歌い、グラミー賞を受けた。
- 2005 — Lura『Di Korpu Ku Alma』: リスボン生まれ、カーボベルデにルーツを持つ歌手ルーラ。島の打楽器のリズム、バトゥクやフナナを歌った。
- 2005 — Sara Tavares『Balancê』: リスボン生まれ、カーボベルデ系の歌手サラ・タヴァレス。ポルトガル語とクレオール語で、軽やかなギターの歌を歌った。
- 2006 — Mayra Andrade『Navega』: カーボベルデの歌手のデビュー作。モルナやコラデイラなど島の歌を、ジャズやブラジル音楽の感覚で新しく響かせた。
- 2008 — Buraka Som Sistema『Black Diamond』: リスボン近郊のブラカ・ソム・システマ。アンゴラ生まれのダンス音楽クドゥロを、ヨーロッパのクラブへ広めた。
- 2014 — Yola Semedo『Filho Meu』: アンゴラのロビト出身の歌手ヨラ・セメド。キゾンバやR&Bのバラードを力強い声で歌い、アンゴラ・ミュージック・アワードの年間最優秀アルバムを受けた。
オーストラリア・アオテアロア
数万年の歴史をもつ先住民の文化に根ざした歌と、北部のディジュリドゥ、移民が持ち込んだブッシュ・バラッドとロック。1980年代以降、先住民の言葉で歌うバンドがチャートに上った。海の向こうのアオテアロア(ニュージーランド)ではマオリの歌が今も響く。
- 1957 — Slim Dusty『A Pub with No Beer』: ニューサウスウェールズ出身。内陸の暮らしを歌う「ブッシュ・バラッド」の第一人者で、表題曲は国内外でヒットした。
- 1979 — AC/DC『Highway to Hell』: シドニーで結成されたバンド。単純で強烈なギター・リフで、オーストラリアのロックを世界に広めた。
- 1987 — Midnight Oil『Diesel and Dust』: シドニーのバンド。アボリジナルの人々の土地の権利を訴えた「Beds Are Burning」が世界的にヒットした。
- 1990 — Archie Roach『Charcoal Lane』: 子ども時代に家族から引き離された「盗まれた世代」の一人。その体験を歌った「Took the Children Away」は、国の歴史を見直すきっかけのひとつになった。
- 1991 — Yothu Yindi『Tribal Voice』: アーネムランドのヨォルングの人々と非先住民のメンバーのバンド。ヨォルング語の歌とロックを結んだ「Treaty」がヒットした。
- 1994 — Hirini Melbourne & Richard Nunns『Te Kū Te Whē』: マオリの研究者・作曲家と音楽家が、ほとんど演奏されなくなっていたマオリの伝統楽器の音を復元した作品。
- 1995 — Christine Anu『Stylin’ Up』: トレス海峡諸島にルーツを持つクリスティン・アヌのデビュー作。「Island Home」はオーストラリアの先住民の歌として広く愛された。
- 2005 — Fat Freddy’s Drop『Based on a True Story』: ウェリントンのバンド。ダブ、ソウル、ジャズを長い演奏で混ぜ、自主制作のこの作品がニュージーランドで大ヒットした。
- 2008 — Geoffrey Gurrumul Yunupingu『Gurrumul』: エルコ島(ガリウィンク)出身の盲目の歌手。ヨォルングの言葉で静かに歌った初ソロ作は、オーストラリアで大きな反響を呼んだ。
- 2012 — Hiatus Kaiyote『Tawk Tomahawk』: メルボルンの4人組のデビュー作。ネオ・ソウルに複雑なリズムと和声を持ち込み、世界の音楽家から注目された。
- 2013 — Lorde『Pure Heroine』: オークランド郊外の16歳が作ったデビュー作。ミニマルな音で郊外の若者の日常を描き、「Royals」が世界的なヒットになった。
- 2015 — Tame Impala『Currents』: パース出身のケヴィン・パーカーがひとりで作り上げた作品。サイケデリック・ロックからシンセ主体のダンス・ポップへと踏み出した。
- 2015 — Hiatus Kaiyote『Choose Your Weapon』: メルボルンのハイエイタス・カイヨーテの2作目。ナイ・パームの歌と、変拍子や細かく移ろう和声で、ジャズとソウルの新しい形を示した。
- 2018 — Alien Weaponry『Tū』: アオテアロア(ニュージーランド)のメタル・バンド。マオリ語で、祖先の戦いや植民地の歴史を歌った。
- 2021 — Baker Boy『Gela』: アーネムランド出身のベイカー・ボーイ。英語と先住民の言葉ヨルングで、ラップと踊りを届ける。
- 2025 — Lorde『Virgin』: オークランド出身の歌手の4作目。削ぎ落とした電子音で、自分の身体と心を見つめ直した。
レコードが運んだソン
1930年代以降、HMVのGVシリーズなどのSP盤でキューバのソンがアフリカ各地に届いた。ベルギー領コンゴのレオポルドヴィル(現キンシャサ)の音楽家たちは、それをリンガラ語で歌い直し、ギターの新しい奏法と結びつけて「コンゴのルンバ」を生んだ。グラン・カレのアフリカン・ジャズは、トリオ・マタモロスの「El que siembra su maíz」も取り上げている。
海を渡ったスカ
1948年のウィンドラッシュ号以降、カリブ海から多くの人々がイギリスへ移り住み、スカやレゲエのレコードも海を越えた。1979年、コヴェントリーのザ・スペシャルズ(The Special AKA名義)はデビュー・シングル「Gangsters」で、プリンス・バスターの「Al Capone」(1964年)を下敷きにし、2トーン・スカの時代を開いた。
ボサノヴァ、北へ
ギタリストのチャーリー・バードは1961年の南米ツアーでボサノヴァに出会い、帰国後、スタン・ゲッツとともにワシントンD.C.で『Jazz Samba』を録音した(1962年2月)。アルバムは全米チャートの1位となり、ボサノヴァは世界的なブームとなった。ジョアン・ジルベルトの「Desafinado」(1959年)と聴き比べてほしい。
デルタからシカゴへ
20世紀前半、多くのアフリカ系アメリカ人が南部から北部の工業都市へ移り住んだ(グレート・マイグレーション)。1941年にミシシッピの農園で録音されたマディ・ウォーターズは、1943年にシカゴへ移り、エレキギターを手にした。同じ曲が、都会のエレクトリック・ブルースへと生まれ変わった。
「Llorando se fue」から「Lambada」へ
ボリビアのロス・カルカスが1981年に発表した「Llorando se fue」の旋律は、のちにポルトガル語の歌詞をつけられ、パリを拠点とするグループ、カオマの「Lambada」(1989年)として世界的なヒットになった。作者の兄弟は訴えを起こし、作者として認められた。
行ってしまう人よ —「Ya Rayah」
アルジェのシャアビの歌い手ダフマン・エル・ハラシは1973年、故郷を離れて働く移民たちを歌った「Ya Rayah(行ってしまう人よ)」を発表した。自らもフランスで暮らしたハラシの歌は、移民二世のラシッド・タハによって1990年代後半に歌い直され、フランスとアラブ世界で再び大ヒットした。
シタール、ロンドンへ
1966年、ビートルズのジョージ・ハリスンはボンベイ(現ムンバイ)でラヴィ・シャンカルにシタールを学んだ。翌1967年の『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』に収められた「Within You Without You」では、ロンドンのインド人音楽家たちとともに、ヒンドゥスターニー音楽の楽器と構成を取り入れた。
トースティングからラップへ
ジャマイカのサウンドシステムでは、DJがレコードにのせて語る「トースティング」が1970年前後に花開いた。ジャマイカ出身のDJクール・ハークは1973年、ニューヨークのブロンクスで自らのサウンドシステムを持ち込んだパーティーを開き、そこからヒップホップが生まれた。1979年の「Rapper’s Delight」は、ヒップホップ初の大ヒットとなった。
「Misirlou」の旅
東地中海で歌われていた「Misirlou」は、1927年にギリシャ系の歌手テトス・ディミトリアディスによってレコードになった。1962年、レバノン系アメリカ人のギタリスト、ディック・デイルが、この曲を速弾きのサーフ・ロックに仕立て、のちに映画『パルプ・フィクション』(1994年)で世界的に知られた。
「La Bamba」、ロックンロールになる
「La Bamba」は、ベラクルスのソン・ハローチョで婚礼の席などに歌われてきた伝統曲。ロサンゼルス近郊で育ったメキシコ系アメリカ人のリッチー・ヴァレンスは1958年、これをロックンロールとして録音し、スペイン語の歌として全米でヒットさせた。
「上を向いて歩こう」が「Sukiyaki」になる
坂本九の「上を向いて歩こう」(1961年)は、英語圏では「Sukiyaki」という題で発売され、1963年6月に米ビルボードのシングル・チャートで1位になった。日本語で歌われた曲としては初めてのことだった。1981年にはロサンゼルスのテイスト・オブ・ハニーが英語の歌詞をつけて歌い、再び全米のヒットになった。
アミ族の歌と「Return to Innocence」
台湾東部のアミ族の歌い手、郭英男(ディファン)と馬蘭吟唱隊は、1988年のヨーロッパ公演で「老人飲酒歌」を歌い、その録音はフランスでCDになった。1993年、エニグマはこの歌声を歌い手たちの許可なくヒット曲「Return to Innocence」に使った。のちに訴訟となり、1999年に和解が成立した。
デュッセルドルフからブロンクスへ
クラフトワークのレコードは、ニューヨークのDJたちにも愛された。1982年、ブロンクスのアフリカ・バンバータとソウルソニック・フォースは「Planet Rock」で、「Trans-Europe Express」(1977年)の旋律と「Numbers」(1981年)のリズムを、リズムマシンのTR-808で組み直した。電子音のヒップホップ「エレクトロ」の出発点となり、のちのテクノにもつながった。
「People Get Ready」が「One Love」に
シカゴのインプレッションズが1965年に出したカーティス・メイフィールド作の「People Get Ready」は、公民権運動の時代の歌として広く愛された。ジャマイカのウェイラーズはアメリカのソウルを熱心に聴いていた。1977年の『Exodus』で、ボブ・マーリーは自作の「One Love」にこの曲を取り込み、「One Love/People Get Ready」として録音した。メイフィールドは作者の一人としてクレジットされている。
「Mbube」が「The Lion Sleeps Tonight」になる
1939年、ズールーの歌い手ソロモン・リンダとイヴニング・バーズは、ヨハネスブルグのギャロ・レコードで「Mbube」を録音した。レコードは海を渡り、1951年にニューヨークのウィーヴァーズが「Wimoweh」として、1961年にトーケンズが英語の歌詞をつけた「The Lion Sleeps Tonight」として歌い、全米1位になった。リンダはほとんど報酬を得られず、遺族は2006年の和解で、ようやく原曲の作者として認められた。ここでは、南アフリカのミリアム・マケバが歌った「Mbube」(1960年)と聴き比べる。
「Firecracker」— ホノルルから東京へ
ホノルルのホテルのバーで演奏していたマーティン・デニーは、鳥の声や東洋風の旋律を取り入れた「エキゾチカ」で人気を得た。その「Firecracker」(1959年)は、細野晴臣がイエロー・マジック・オーケストラを始めるきっかけになった曲として知られる。YMOはデビュー作(1978年)でこの曲をシンセサイザーで演奏し、アメリカでもシングル・チャートに入った。
ベニー・モレーからサルサへ
キューバの歌手ベニー・モレーは、1940年代末にメキシコでペレス・プラードらと「Bonito y sabroso」を録音し、のちにハバナでバンダ・ヒガンテを率いた。ニューヨークのラテン音楽はキューバの楽団から多くを学んできた。1978年、ティンバレスのティト・プエンテは、モレーの歌を取り上げる『Homenaje a Beny』を出し、グラミー賞を受けた。
「Guantanamera」の旅
「Guantanamera」は、キューバの歌手ホセイート・フェルナンデスが1929年ごろからラジオで歌って広めた。のちにホセ・マルティの詩が歌詞にあてられ、1963年にピート・シーガーが平和の歌としてアメリカで歌った。1997年、ハイチ生まれのワイクリフ・ジョンは、セリア・クルース、ローリン・ヒルらとともに、この曲をヒップホップの中で歌い直した。
「Mas que nada」
ジョルジ・ベンは、1963年のデビュー作『Samba Esquema Novo』で、サンバと独特のギターのリズムで「Mas que nada」を歌った。1966年、ロサンゼルスを拠点にしたセルジオ・メンデス&ブラジル’66がこの曲を録音してアメリカでヒットさせ、ブラジルの歌として世界で最もよく知られる曲の一つになった。
バナナ積みの歌「Day-O」
「Day-O」は、ジャマイカの港で夜通しバナナを船に積んだ労働者たちの、呼びかけと応答の歌。1952年にエドリック・コナー、1954年にルイーズ・ベネットが「Day Dah Light」として録音した。ハリー・ベラフォンテはこれらをもとに歌詞を整え、1956年の『Calypso』で歌って世界的なヒットにした。
ハワイアン・ギター、インドへ
膝の上に寝かせ、金属の棒で弦を滑らせるハワイアン・スティール・ギターは、20世紀前半にレコードや楽団の巡業で世界に広まり、インドにも届いた。ブリジ・ブーシャン・カブラはカルカッタでこの楽器に出会い、共鳴弦などを加えてラーガを弾くための楽器に変えた。1967年の『Call of the Valley』で、ギターはインド古典音楽の楽器として広く知られるようになった。ここでは同じ曲ではなく、楽器の響きを聴き比べる。
ジェームス・ブラウンとフェラ・クティ
フェラ・クティは1969年のアメリカ滞在で黒人解放運動に触れ、帰国後、ハイライフとジャズにファンクを結んだ「アフロビート」を確立した。1970年にはジェームス・ブラウンの楽団がラゴスのフェラのクラブ「アフロ・スポット」を訪れ、ベースのブーツィー・コリンズらが強い刺激を受けた。影響は両方向に流れていた。ここでは同じ曲ではなく、二人のグルーヴを聴き比べる。
レゲエ、西アフリカへ
ボブ・マーリーとウェイラーズのレコードはアフリカ各地で聴かれ、レゲエは解放と抵抗の音楽として根づいた。コートジボワールのアルファ・ブロンディは、1986年の『Jerusalem』をキングストンのタフ・ゴング・スタジオでウェイラーズとともに録音し、アフリカのレゲエを代表する存在になった。ここでは同じ曲ではなく、レゲエの系譜を聴き比べる。
コンゴのルンバ、ナイロビへ
1970年代、ザイール(現コンゴ民主共和国)の多くの音楽家が東アフリカへ移り住んだ。1967年にザイールで結成されたスーパー・マゼンベは、1974年にナイロビへ拠点を移し、コンゴのルンバをスワヒリ語の歌とともにケニアの人気音楽にした。代表曲「Shauri Yako」も、ザイールの音楽家ンガシ・ンティンボの曲を取り上げたもの。ここでは同じ曲ではなく、ルンバのギターの響きを聴き比べる。
デトロイトからベルリンへ
ホアン・アトキンスらのサイボトロンに始まるデトロイト・テクノは、ベルリンの壁が崩れた1989年以降、ベルリンで新しい居場所を得た。レコード店ハード・ワックスがデトロイトのレコードを輸入し、1991年に開いたクラブ兼レーベルのトレゾアは、アンダーグラウンド・レジスタンスの作品を最初に出した。モーリッツ・フォン・オズワルトとマーク・エルネストゥスのベーシック・チャンネルは、デトロイトの音とジャマイカのダブを結んだ。ここでは同じ曲ではなく、二つの都市の音を聴き比べる。
ブルースはどこから来たか
ジョン・リー・フッカーは1948年、デトロイトで「Boogie Chillen’」を録音した。一つの和音でうねり続けるそのギターを初めて聴いたマリのアリ・ファルカ・トゥーレは、「これは私たちのものだ」と感じたという。トゥーレは「アフリカのジョン・リー・フッカー」と呼ばれたが、自分の音楽はブルースより古いとも語っている。ここでは同じ曲ではなく、二人のギターを聴き比べる。
クンビア、アマゾンへ
コロンビアのカリブ海岸で生まれたクンビアは、レコードを通じてラテンアメリカ各地に広まった。1960年代末、ペルーのアマゾンの若い音楽家たちは、クンビアにペルーの民謡やエレキ・ギター、オルガンの響きを重ね、のちに「チーチャ」と呼ばれる音楽を生んだ。1972年にモヨバンバからリマに出たロス・ミルロスは、その代表的な楽団。ここでは同じ曲ではなく、二つのクンビアを聴き比べる。