分断される世界を繋ぐ微分音トランペット。鬼才イブラヒム・マアルーフ、ヒップホップに傾倒した新譜

Ibrahim Maalouf - Capacity to Love

イブラヒム・マアルーフ新譜『Capacity to Love』

レバノンにルーツを持つフランスのトランペッター、イブラヒム・マアルーフ(Ibrahim Maalouf)の新譜『Capacity to Love』は、出自による差別や考え方の違いによる分断が顕在化する社会において、包容力や愛、アイデンティティを持つことの大切さと誇りを説くメッセージ性の強い作品となった。

独裁者への批判や労働者の苦境を喜劇に変えたチャーリー・チャップリンの引用に始まり、アルバムのゲストに迎えたのはグレゴリー・ポーターやデ・ラ・ソウル、JPクーパーといった音楽界の鬼才たち、さらにはハリウッドで一時代を築いた俳優シャロン・ストーンまで──。40歳を機に一時は楽器を置くことまで考えていたというイブラヒム・マアルーフが多くの仲間を迎え、本当にやりたかった音楽を見つけたかのように自由に解き放たれた表現を連ねてゆく。音楽的にはヒップホップへの傾倒も窺える内容だ。

デ・ラ・ソウル(De La Soul)を迎えた(6)「Quiet Culture」は強力なビートにアコースティック・ピアノとラップ、そしてイブラヒムの中東音楽の流れを汲みながら静かに・そして独創的に主張するトランペットが印象的な1曲。「文化に囲まれた静かな時間が必要だ…それをスライスして、次のステップに進む/どこへ行くのかと聞かれたら、道をたどると答える。それが人生だから…」という詞も示唆的だ。

続く(7)「Todo Colores」はグラミー賞ノミネートで話題となったニューオーリンズのライヴバンド、タンク&ザ・バンガス(Tank and the Bangas)とのコラボレーション。

米国ブルックリンのラッパー、エリック・ザ・アーキテクト(Erick the Architect)とは(8)「Money」と(11)「Right Time」の2曲で共演。

(9)「Money」。人々を意のままに操ろうとする人物は、やがて報いを受けるというMVも面白い。

(14)「Our Flag」では米国の女優シャロン・ストーン(Sharon Stone)が参加し、自身の言葉によるポエトリー・リーディングを披露。家族の2人を新型コロナウイルス感染症によって亡くした彼女は「この国をおもちゃにしないで」と、陰謀論やフェイクにまみれ、ポピュリストに迎合した政治を嘆く。

米国の俳優シャロン・ストーンを迎えた(14)「Our Flag」

近年はキューバのミュージシャンたちとの『S3NS』や、アフリカ・ベナンのスター、アンジェリーク・キジョー(Angelique Kidjo)との『Queen of Sheba』など世界中の音楽家たちとの共演が増えてきたイブラヒム・マアルーフだが、今回はそうしたコラボレーション主体の作品の中でも最も強烈なターニング・ポイントとなりそうな作品だ。4つのピストンバルブを備えた彼だけの楽器を手に、世界共通の言語といわれる音楽を通じて、平和的な新しい文化の傾向を生み出しつつあるのかもしれない。

Ibrahim Maalouf プロフィール

イブラヒム・マアルーフ(別表記:イブラヒム・マーロフ、アラビア語表記:ابراهيم معلوف)は1980年11月5日レバノン首都ベイルート生まれ。
叔父は『アイデンティティが人を殺す』などで知られる作家のアミン・マアルーフ(Amin Maalouf)。
父親がトランペッター、母親がピアニストという家庭に育った彼はレバノン内戦中に家族とともにパリに移住し、7歳の頃からトランペットでクラシック音楽やアラブ音楽を学んだ。10代の頃は父親とデュオを組み、ヨーロッパや中東を演奏して回っている。

1999年から2003年の間に主要な国際コンクールで15の賞を獲得。その中には2002年のハンガリー国際トランペット・コンクールでの優勝、2001年のワシントンD.C.でのナショナル・トランペット・コンクールでの優勝も含まれている。

イブラヒムが用いるトランペットは父ナシム・マアルーフ(Nassim Maalouf)が開発した4本のピストンバルブを持つ特殊な楽器で、アラブ音楽で使われる微分音を表現することができる。イブラヒムの音楽は常に西洋的なポップ感覚、高度なジャズの即興、そしてトランペットには一見似つかわしくないアラブ音楽を武器に、瞬く間にフランス、そして世界的なスタープレイヤーとなった。

2007年にアルバム『Diasporas』でデビューを果たし、これまでに15枚以上のスタジオアルバムを発表している。

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