音楽で紡ぐ悲劇の歴史。アンドレ・マヌーキアン、“死の行進”を生き延びた祖母に捧げる新作

André Manoukian - Anouch

アルメニア人の記憶に深く刻まれた負の歴史と向き合った新作

アルメニア系フランス人ピアニスト/作曲家アンドレ・マヌーキアン(André Manoukian)の新作『Anouch』は、これまででもっとも彼自身のルーツを強く意識した作品に仕上がっている。

19世紀末から20世紀初頭においてオスマン帝国内で起きたアルメニア人虐殺事件は100万人以上が犠牲となった人類史上最悪のジェノサイドのひとつとして歴史に刻まれており、現代においてもトルコ─アルメニア間において暗い禍根を残しているが、アンドレ・マヌーキアンの父方の祖母アヌッシュ(Anouch)も1915年4月にオスマン帝国による国内のアルメニア人をシリア砂漠の町デリゾールの収容所へと強制移住させる“死の行進”を体験した人物だった。黒海近くのアマスィヤからデリゾールまで、徒歩で1000kmを歩かされた祖母はその過程で両親と子どもの一人を亡くしている。

アンドレ・マヌーキアンは“死の行進”を耐え生き延びた祖母に敬意を払い、父親から祖母の話を聞き、彼女の旅を追体験するように本作の曲を書いていった。ここでは多くの曲がアルメニアやトルコの伝統的な旋律やリズムによって支えられており、表現手段としてジャズやクラシック、フラメンコなどあらゆる音楽的なスタイルが試みられている。

(1)「Soufi Dance」はスーフィー(イスラム神秘主義)の踊りに着想を得た曲。悲しげなピアノとチェロのイントロに導かれ、カホンやパーカッションのリズムに乗せて悲しみに咽ぶようなドゥドゥクの旋律と、ブルガリアの女声コーラスグループ、バルカンス(Les Balkanes)の声が100年前の悲劇の記憶への旅に誘う。

(1)「Soufi Dance」

抗えない運命に翻弄された祖母を“東窓の天使”に喩えたワルツ(2)「L’Ange à la fenêtre d’Orient」も印象的だ。この曲には可憐で希望を抱いた少女性と、それを打ち砕かんとする強大な暴力が当たり前のように同居しており、実体を伴わない恐怖を感じさせる。

フラメンコの要素を取り入れた(3)「Flamenca」では、ディアスポラとなった彼の肉親たちを迫害され放浪するジプシーに重ねる。ここでは後半のギルス・コカール(Gilles Coquard)の激情のベースソロも聴きどころだ。

ラストの(12)「The Walk」は象徴的だ。モーツァルトによる「トルコ行進曲」も一瞬顔を覗かせるが、次の瞬間軍楽隊の華々しい行進は消え去り、その行進は収容所へと続く長く重々しい“死の行進”へと変貌する。

(12)「The Walk」

本作ではアルメニアの舞曲を意識した(4)「Rondo Arménien」などルーツに深く根ざしたものから、(5)「Before Beethov」や(7)「Schubert in Duende」といった西洋古典音楽との繋がりを垣間見せるものなどアンドレ・マヌーキアンの天才的な創造力が最大限に発揮されている。アルバムのテーマはとてつもなく重いが、作曲や編曲、インドのタブラからアルメニアのドゥドゥク、そして西洋のピアノやチェロを用いたボーダーレスな音楽性など、音楽的にも非常に優れた価値を持つ。

アンドレ・マヌーキアンは「人々を繋ぐのが音楽の仕事です。私は祖父母が自分に残してくれたもので演奏する以外、何も主張するつもりはありません」と語っているが、この作品は必然的に民族的な対立によって争いの絶えないこの世界の中における団結の尊さを訴え、苦境に立たされる人々の心に勇気を与える。

André Manoukian 略歴

ピアニスト/作編曲家/プロデューサーのアンドレ・マヌーキアンは1957年フランス・リヨン生まれ。2002年から2017年の間にフランスのポップアイドル・オーディション番組『Nouvelle Star』の審査員として出演し人気を博した。

7歳のときにピアノを始め、米国バークリー音楽大学でジャズや作曲を学び、帰国後は作編曲家/ピアニスト/プロデューサーとして様々なアーティストと活動をし、ミシェル・ペトルチアーニ、リシャール・ガリアーノ、シャルル・アズナヴールといった著名な音楽家とも仕事を共にしている。

André Manoukian – piano
Pierre-Alain Tocanier - drums, cajon
Gilles Coquard – contrabass
Guillaume Latil  – cello
Hervé Gourdikian – soprano saxophone
Rostom – duduk
Mosin Kawa – tabla
La Chica – vocal

Les Balkanes :
Milena Jeliazkova – voice
Milena Roudeva – voice
Martine Sarazin – voice
Anne Maugard – voice

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