微分音トランペット先駆者イブラヒム・マーロフ、キャリアを総括する2枚組新譜

Ibrahim Maalouf - 40 Melodies

イブラヒム・マーロフ、40歳のキャリアを総括した新譜

2020年8月4日、レバノンの首都ベイルートであの大爆発事故が発生してしばらくしてから、同国にゆかりを持つトランペット奏者イブラヒム・マーロフ(Ibrahim Maalouf)が自身の過去の代表曲「Beirut(ベイルート)」をギターとのデュオで演奏する動画をアップした。

子供の頃にレバノンからフランスに移住した彼にとって、生まれ故郷の都市の名はノスタルジアを呼び覚ます。西洋音楽の表現力を何倍にも拡張する彼独自の微分音の表現は、繊細な心の痛みを直接的にリスナーに届ける。微分音の表現力が、これほどまでに心を揺さぶるものだったとは…。感情はロジックに勝る、このアルバムを聴くとそんな感覚に陥る。

 故郷を想う(1-3)「Beirut」
フランスのニーム円形闘技場で撮影された美しいMVだ。

「トランペットが大好きだけど、それを好きではない」

現代ジャズの歴史に確実に足跡を残してきたレバノン系フランス人トランペッター、イブラヒム・マーロフの12枚目のスタジオアルバムとなる『40 Melodies』は、彼の40歳の誕生日の翌日である2020年11月6日にリリースされた。前述の「Beirut」を含む、彼の過去作品から選ばれた40曲が、主に10年来の友人でありコラボレーターであるギタリストのフランソワ・デルポルテ(François Delporte)とのデュオで演奏されている。新型コロナ禍によるロックダウンの中、1ヶ月弱で録音されたものだ。

イブラヒムは幼少時より、トランペットに関しては厳格な教育を受けてきた。パリ音楽院に入学すること、国際大会で優勝することが求められてきた。父ナシム・マーロフ(Nassim Maalouf)が開発した微分音トランペットを手に、彼は実際ミュージシャンとして国際的な成功を収めたが、あと数年…40代の終わりでトランペッターとして“引退”を考えていたという。あと何枚かやりたい音楽を録音して、楽器を置こうと。しかし、新型コロナはその“計画”を狂わせた。コンサートはすべてキャンセル、新しいアルバムのアイディアも思い通りに実行できなくなった。

イブラヒムはトランペットが好きではないと長年言い続けてきた。ステージで演奏するとき、彼は時々キーボードに持ち替えてそれを嬉々として弾くが、それはキーボードが強制されたものではなく、自ら好んで独学で覚えたものだったからだ。
新型コロナによる足止めは、彼に立ち止まって考える機会を与えた。──もしすべてを辞めなければならなくなったとき、あなたは最後に何をしますか?──彼の答えは、父から受け継いだ「トランペット」だった。

今、彼はこう言っている。「トランペットは大好きだけど、好きではない」
このようにして彼はトランペットと和解した。

ニーム円形闘技場の広場でピアノやトランペットを演奏するイブラヒム・マーロフ。

記念すべきアルバムには多くの著名音楽家が参加

本作の楽曲は多くがギタリストのフランソワ・デルポルテとのデュオだが、驚くような音楽家が世界中から参加し、イブラヒムの40歳を祝っている。

(1-2)「Free Spirit」は米国のピアニスト/エンターテイナーのジョン・バティース(Jon Batiste)がピアノを演奏。
(1-7)「harlem」にはスラップ・ベースの第一人者、マーカス・ミラー(Marcus Miller)。
(1-14)「Diaspora」はインドの巨匠タブラ奏者トリロク・グルトゥ(Trilok Gurtu)。
(1-15)「Les Quais」は米国の弦楽四重奏団クロノス・カルテット(Kronos Quartet)。
(1-19)「Maeva in Wonderland」には西アフリカ・カメルーン出身のベーシスト/SSW、リチャード・ボナ(Richard Bona)。

(2-2)「Levantine Symphony No. 1」にはシンガーのリリィ(Lily)。
(2-3)「Una Rosa Blanca」はキューバのピアニスト、アルフレッド・ロドリゲス(Alfredo Rodríguez)。
(2-5)「Le Grand Voyage」にはトルコのクラリネットの巨匠ヒュスヌ・ジェンレンディリチ(Hüsnü Şenlendirici)。
(2-8)「All I Can’t Say」にはUKロックの大御所スティング(Sting)。
(2-9)「Gebrayel」はキューバのトランペット奏者アルトゥーロ・サンドヴァル(Arturo Sandoval)。
(2-10)「Marseille」にはギリシャのクラリネット奏者ヴァシリス・サレアス(Vassilis Saleas)。
(2-12)「Shadows」にはフランスを代表するSSWの-M-をフィーチュア。
(2-13)「Goodnight Kiss」にはブラジルのベーシスト、ムニール・オッスン(Munir Hossn)
(2-14)「Sensuality」にはカナダのスピリチュアルなサックス奏者ジョーイ・オミシル(Jowee “BasH!” Omicil)。
(2-17)「Election Night」にはフランスのハーモニカ奏者フレデリック・ヨネット(Frederic Yonnet)
(2-22)「Layla’s Wedding」はタップダンサーのサラ・ライヒ(Sarah Reich)を迎えている。

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