- 2026-09-05
- 2026-09-03
ジュリア・ゲヂス──街角クラブの血と、自身の芸術表現をバランスよく発揮したデビュー作『Álbum Vermelho』
ブラジル・ミナスジェライス州の新星シンガーソングライター、ジュリア・ゲヂス(Julia Guedes)のデビュー・アルバム『Álbum Vermelho』がリリースされた。感の良い人なら、その姓ですぐにピンとくるかもしれない。彼女の祖父はベト・ゲヂス(Beto Guedes)、あの伝説的な“街角クラブ”の重要人物だ。
MPB(ムジカ・ポプラール・ブラジレイラ)
ブラジル・ミナスジェライス州の新星シンガーソングライター、ジュリア・ゲヂス(Julia Guedes)のデビュー・アルバム『Álbum Vermelho』がリリースされた。感の良い人なら、その姓ですぐにピンとくるかもしれない。彼女の祖父はベト・ゲヂス(Beto Guedes)、あの伝説的な“街角クラブ”の重要人物だ。
ブラジル・サンパウロを拠点に活動する4人の女性音楽家──フルート奏者/ピアニスト/作曲家レア・フレイリ(Léa Freire)、歌手/ピアニスト/作曲家のタチアナ・パーハ(Tatiana Parra)、ピアニスト/作曲家のタイス・ニコデモ(Thais Nicodemo)、歌手/ギタリスト/作曲家のタリータ・ヂ・ソウザ(Tarita de Souza)が、新グループ・クアルチーナス(Quartinas)を結成。スタジオ録音のデビュー・アルバム『Autumn wind』をリリースした。
つい先日(2026年7月24日)、彼自身の悲願であったというサンバ・アルバムをリリースしたイヴァン・リンス(Ivan Lins)だが、そのわずか1ヶ月後に彼関連の新たなアルバムが届いた。ファンにとっては夢のような話だ。なぜなら、今作『Banda Mandacarinho convida Ivan Lins』はイヴァン・リンスの往年の名曲たちに焦点が当てられ、新たなアレンジで彼の歌が聴けるのだから…。
ブラジルの新世代シンガーソングライター、アマンダ・マガリャンイス(Amanda Magalhães)の2026年新作『Era Uma Vez o Amanhã』は、MPB/ソウル路線をゆく彼女の従来作の主要なテーマであった個人的感情や恋愛から一転、社会や政治の問題について先鋭的にラップする革新的な作品だ。アルバムタイトルは、おとぎ話の定型句「Era uma vez(昔々)」と「Amanhã(明日)」を結びつけた「昔々、明日というものがあった」という逆説的表現で、未来そのものがすでに失われつつあるのではないかという感覚を示唆。歌詞では現代社会のテクノロジー、労働、資本主義、SNSと承認欲求、環境問題、そして未来の社会像について歌っている。
ブラジルの音楽についてある程度の知見をお持ちの方なら、シコ・ブアルキ(Chico Buarque, 1944 - )が同国史上最高のシンガーソングライターの一人であるという意見に疑問の余地はないだろう。1960年代から優れた作曲と詩と歌によって音楽の第一線で活躍し、さらに小説家や劇作家としても成功。とりわけ1964年から1985年まで続いたブラジル軍事独裁政権への抵抗の象徴として、近年のブラジルの文化の形成に大きな影響を与えた人物だ。本稿で紹介するグループ、エスカファンドリスタス(Escafandristas)の4人も、それぞれが幼少期からごく自然にシコ・ブアルキの音楽に触れながら育ってきたという。
ブラジルを代表するシンガーソングライターのイヴァン・リンス(Ivan Lins)の新作『Sambadouro』が2026年7月24日にリリースされた。イヴァン・リンスといえば、自身で鍵盤を弾きながら歌う、めちゃめちゃ個性的かつお洒落なAORあるいはジャズ寄りのMPBという印象が強いが、今作では彼自身の長年の念願であったという「サンバ」に全振りしたサウンドで、リラックスしながらも情熱的な演奏を届けてくれた。
2020年代ブラジル・インディーを代表する二人の気鋭シンガーソングライター、ソフィア・シャブラウ(Sophia Chablau)とフェリピ・ヴァケイロ(Felipe Vaqueiro)が出会い意気投合、2025年10月にリリースしたアルバム『Handycam』。MPBやトロピカリアに通ずるサイケロックを基調に、親密で文学的なソングライティングによって恋愛や友情といった身近な感情から、戦争やメディアのあり方までを描いた、要注目の作品となっている。
ビョーク(Björk)がポルトガル語で歌い上げた、ミルトン・ナシメントの大名曲「Travessia(トラヴェシーア)」。録音には、オリジナルの「Travessia」のアレンジにも関わったエウミール・デオダートも参加している。 エイズ撲滅支援の世界的プロジェクト『Red Hot + Rio』のために録音されながらも、結果的に公式リリースを見送られ、「幻の音源」となってしまった。当時の報道では、ビョークがこの仕上がりを気に入り、自身の新作のために取っておきたいと考えたためだと伝えられている。だが、その後の公式アルバムにも収録されず、現在知られている音源は、のちに一部の非公式コンピレーション(『Icelandic Mysteries』など)に収録された音源だ。現在のところ、正規のディスコグラフィーには残らない「アウトテイク」となってしまっている。
で、結局、ブラジルで最も愛されているミルトンの名曲は? その回答になる1つのランキングがあります。 ブラジルの著作権管理団体(ブラジル中央著作権徴収機関|ECAD)が、ミルトン・ナシメントが80歳の傘寿を迎えた際に発表した過去10年間における「最も再生・演奏されたミルトン・ナシメントの楽曲」ランキングです。 ECADによるこのランキングは、SpotifyやYouTubeなどの再生回数ランキングではありません。対象となっているのは、ラジオ、店舗や施設でのBGM、パーティーや娯楽施設、カーニバル、フェスタ・ジュニーナ、ショー、ライブ演奏など、公共の場で音楽が使われた回数がカウントされいます。ひとりの聴き手がイヤホンで何度再生したかではなく、ブラジル社会の中で、ミルトンの歌がどれだけ公共空間に鳴っていたかのランキングです。
ミルトン・ナシメントの音楽には、何度も列車が現れる。 それは単なる乗り物ではない。ミナスジェライスの山あいを走る鉄道であり、故郷と外の世界を結ぶ線であり、誰かを連れてくる音であり、誰かを連れ去る音でもある。駅のベンチ、遠い汽笛、煙を吐く機関車、空っぽになった広場、見送る人、帰ってくる人。ミルトンの歌において「trem」は、いつも風景以上のものを運んでいる。 ・鉄道は、出会いと別れの場所である。 ・鉄道は、郷愁の器である。 ・鉄道は、失われた共同体の記憶である。 ・そしてときに、人生そのものの比喩になる。
ミルトン・ナシメント、そしてクルービ・ダ・エスキーナ周辺の音楽の魅力は、5/4や9/4といった複雑な拍子を、技巧の誇示としてではなく、ひとつの自然な呼吸として聴かせてしまうところにもあります。 変拍子というと、どこか難解で、数えながら聴く音楽のように思われがちです。けれどミルトンの音楽では、拍子の複雑さが前に出ることはほとんどありません。ミナスの山並み、言葉の抑揚、記憶の揺れ、歩く速度、歌う人の息づかい。そうしたものがそのまま旋律になった結果、音楽が四角い小節の枠から少しだけはみ出していく。そこに、彼のリズムの不思議があります。
2023年、ロー・ボルジェスと兄のマルシオ・ボルジェスは、アルバム『A estrada(道)』を構想した。それは、「Tudo que você podia ser(なれたかもしれないすべて)」(1972年)や「Um girassol da cor de seu cabelo(君の髪の色のひまわり)」(1972年)といったスタンダード・ナンバーを生み出した、1970年代から続く二人のパートナーシップの「終着点」として計画されたものであった。しかし、ミナスジェライス州出身のこの兄弟は、まさかこのアルバムが文字通り「あらゆる意味での本当の終わり」を意味することになろうとは、夢にも思っていなかったことであろう。
ハファエル・ジメネス(Raphael Gimenes)の4作目となる『Caçador De Horizontes』(2026年)は、最大限の賛辞を贈るに値する最高のアルバムだ。アレシャンドリ・アンドレスを共同プロデューサー/フルート奏者として迎え、ミナスの伝統を受け継ぐ声とガットギターを基調に、“アルゼンチン・ネオフォルクローレ”のシーンにも繋がる室内楽的な管弦楽やジャズのエッセンスを加え、南米音楽と北欧音楽の見事な調和ともいうべき壮大なスケールの作品を創り上げた。
ブラジル音楽には、しばしば「ジャンル」という言葉だけでは捉えきれない作品が現れる。 2026年5月にリリースされた『Utupê Oficina Sonora Recebe Mônica Salmaso, Teco Cardoso e Davi Fonseca』も、まさにそのような一作だ。同国を代表する歌手モニカ・サウマーゾ(Mônica Salmaso)がヴォーカルと芸術監督を務め、彼女の長年のコラボレーターとしても知られるベテランのフルート奏者テコ・カルドーゾ(Teco Cardoso)が参加し、そして2019年にあまりに完成度の高いデビュー作『Piramba』で世界を驚かせたダヴィ・フォンセカ(Davi Fonseca)がプロデュースするこの作品は、ミナス・ジェライスの近年の音楽文化の中でもとりわけ重要なひとつの源流を辿り、枯れゆこうとするその流れの“遺産”に再び優しく光を浴びせる。