中東の平和に想いを寄せる若きピアニスト
ご存知のように、イスラエル地域の情勢は長い間とても不安定だ。
異なる3つの宗教の聖地エルサレムがあるがゆえに、イスラエル国内では今も小競り合いが絶えない。複雑な歴史もあり、この地が今も世界でもっとも解決が難しい問題のひとつを抱えていることは明白だ。
イスラエルの音楽やIT分野での先進性は有名だが、やはり彼の地の音楽などを聴いていても時折前述のような難しい問題を意識してしまうこともある。
今回、イスラエル出身の若手ピアニストのとあるミュージックビデオでそのことを痛感した。
“Can You Tell the Difference?” ─ガイ・ミントゥスの問いかけ
イスラエル生まれの若きピアニスト、ガイ・ミントゥス(Guy Mintus)がチェコの監督兼アニメーターのヤクブ・セルマケ(Jakub Cermaque)と共にイスラエル国内の5箇所を訪れ、現地の子供たちとワークショップをしながら交流し撮影した映像が使用された「Our Journey Together」では、100人以上の子供たちの顔がクローズアップされ映し出される。ここにはイスラム教徒もユダヤ教徒も、キリスト教徒もいる。
だが、ここにいる子供たちの顔、彼らの描いた無垢な絵。
それらにどんな違いがある?
──ガイ・ミントゥスは美しくも激しく昂る壮大なスケールのピアノに乗せ、そう問いかける。
正直言って、このミュージックビデオは心にぐっと迫るものがある。
ガイ・ミントゥスはこうも言う。
“私たちは皆子どもだった。私たちは皆人間だ”
イスラエル生まれのガイ・ミントゥス。真の国際派ピアニスト
ガイ・ミントゥス(Guy Mintus)は1991年イスラエル生まれのピアニスト/作曲家。モロッコ、イスラエル、イラクに家系のルーツを持っているようだ。
現在はイスラエルとNYの二つの拠点を中心に活動しており、イスラエルのウード/打楽器奏者イノン・ムアレム(Yinon Muallem)との2015年作『Offlines Project』でアルバムデビュー。2017年に初リーダー作『A Home in Between』(冒頭に紹介したMVの「Our Journey Together」は本作に収録)、2019年に『Connecting the Dots』をリリースしている。
彼のピアノは強い好奇心が現れた独特のスタイルだ。
イスラエルの伝統音楽のほかにも、インド音楽、スペインのフラメンコ、トルコのマカーム、それにクラシック音楽やロックまでもが彼のジャズの即興美学の糧になっている。
ガイ・ミントゥスは9歳の頃に国立研究所のテストで上位1.5%の非常に才能のある子供として認められたという。13歳のときにセロニアス・モンクのアルバム『Thelonious Himself』でジャズに魅了され音楽家の道を決意。テルマ・イェリン国立芸術高校を卒業後、徴兵され兵役に就いている間もイスラエル音楽院のジャズ科で学び(イスラエルには男女ともに2〜3年間の徴兵制があるが、音楽の才能が認められた者は特別に徴兵中でも音楽を学べるコースが用意されているようだ)、奨学金を得てNYのマンハッタン音楽学校に渡った。
また、彼はスペインのマドリード音楽院からアメリカ各地の大学、ヨーロッパ各地の難民キャンプまで、さまざまな環境で音楽のワークショップを開催してきた情熱的な教育者でもある。そんな活動を行うなかで、冒頭に紹介した素晴らしいミュージックヴィデオ「Our Journey Together」も生まれた。
知的で繊細、ときに激情を爆発させる新しい才能
トリオで録音されたガイ・ミントゥス(Guy Mintus)の最新作『Connecting the Dots』は、叙情的な美しさや内に秘めた激しい感情がとめどなく溢れた力強い傑作。エキゾチックなフレーズもごく自然に現れるその演奏はとても魅力的だ。
中東やアラブの伝統音楽も、スウィングするフォービートのジャズも、さらには(6)「Dalb」のようにインド音楽を取り入れた斬新なピアノジャズも、すべてガイ・ミントゥスの音楽として何の違和感もなく受け入れられる。それは先人たちが築き上げてきたイスラエルの豊かなジャズの土壌があるからでもあり、そんな中で芽吹いてきたこの突出した新たな才能はイスラエルジャズの進化を加速させる存在になるだろう。
Guy Mintus – piano, vocals
Dan Pappalardo – bass
Philippe Lemm – drums
David Liebman – soprano saxophone (9)
Sivan Arbel – vocals (5)
【お詫びと訂正】
記事公開当初、アーティスト名を「ガイ・ミンタス」と表記しておりましたが、本人の発音を確認したところ「ガイ・ミントゥス」がより実際の発音に近かったため、訂正いたしました。
(2020.07.19)