音楽家とは本来孤独なもの
音楽家とは、本来孤独なものだと思う。
どんな器楽奏者も、バンドで華やかに演奏する時間よりも、ただひとり家で黙々と同じフレーズを繰り返し練習する時間の方が遥かに多いはずだ。
そして往々にして、アルバムやシングルという形で──現在でいえばSNSを通じて、という場合もあるかもしれない──公に発表されるときには、個人の孤独な練習というプロセスはほとんどの場合感じ取ることはできないし、聴衆はその努力を感じようともしない。
音楽家とはとても孤独なものだと思う。
だからこそ、バンドという形ではない極めてパーソナルな録音に触れると、音楽家という孤独な生き物の本質的な何かに触れられた感じがしてとても嬉しい気持ちになる。
ドラマー、ベーシストなど、普段はバンドサウンドの中でどちらかというと脇役に回りがちな楽器奏者が完全にソロで収録したアルバムなど、言いようのないエモさというか尊さを感じてしまうのは私だけだろうか。
作品として公に公開されたそれらは、勿論練習途上の未完成なものではなく、音楽家が「これなら世に出せるだろう」と判断して堂々と発表されたものであることは当然ではあるのだが、バンド形態ではなく敢えての“ソロ”であることに、道を極めるというか職人の誇りというか、そういった素晴らしさを感じてしまう。
サックス奏者の完全ソロ作品
今回出会ったアルバムは、イスラエル出身のテナーサックス奏者、ダニエル・ロテム(Daniel Rotem)の2020年作『Solo』。
その名の通り、完全なるサックスのソロ作品だ。
サックスはジャズの世界では花形の楽器だが、やはり一人で演奏となると単音しか出すことができないため、物足りなさを感じてしまうのが多くの方の印象だと思う。
だが、そんな方にこそこの作品を聴いてもらいたい…
収録の8曲は全てダニエル・ロテムの作曲。
(8)「Heal」で本人によるサックスの多重録音はあるものの、基本的に全編がたったひとりでの演奏で、これほど音楽家の孤独の尊さを感じられる作品はなかなかないように思う。
彼のサックスの音色は思慮深く、一音一音を探るように完璧なまでに当てていく。まるで夏目漱石『夢十夜』の第六夜に登場する仏像彫刻の名工・運慶のように。芸術が生まれる瞬間という意味では仏像彫刻師もサックス奏者も同じで、凡人には分からない孤独な鍛錬の末を目(耳)にしているのだろうと思う。
来るべき音楽の再会への憧れを表現した作品
ダニエル・ロテムはイスラエルの地中海沿いで生まれ育った。テルマ・イェリン芸術高校とリモン音楽学校で学び、奨学金を得て米国バークリー音楽大学に留学という王道コースを歩み、セロニアス・モンク・ ジャズ協会の一員となり米国国務省主催のツアーにも参加するなど素晴らしい経歴を誇っている。
2018年には米国の気鋭アルトサックス奏者ジョシュ・ジョンソン(Josh Johnson)との双頭名義のアルバム『Sweet Stuff』も話題となった。
ダニエル・ロテム曰く、このサックスのみのアルバムは、新型コロナ禍で叶わなかったフルバンドの代替ではなく、“来るべき音楽の再会への憧れ”を表現しているとのことだ。