ジョアン・カルロス・アシス・ブラジル 『Nazareth Revisitado』
ブラジルを代表するピアニスト、ジョアン・カルロス・アシス・ブラジル(João Carlos Assis Brasil)が、ショーロの生みの親のひとりである独学のピアニスト/作曲家エルネスト・ナザレー(Ernesto Nazareth, 1863 – 1934)が遺した数々の名曲を卓越したピアノ演奏でカヴァーした作品集『Nazareth Revisitado』。適度な即興を交えた思慮深さを感じさせるピアノがどこまでも美しく、まさにブラジル音楽やショーロ・ピアノの名盤と呼べる作品だ。
バロック時代の音楽に影響された即興のフレージング、感情の赴くままに自在に揺れ動くテンポと強弱、それでいてブラジルの土着音楽からの強い作用を感じさせるリズムの鼓動も同居した円熟のピアノが特徴的で、とにかく品があり上質だ。
(1)「Batuque」からナザレーの美しくも郷愁を誘うメロディーが次々と繰り出される。アルバムにはメドレー形式でアレンジされた組曲(2)「Suite 1: Brejeiro / Faceira / Apanhei-te Cavaquinho」、(6)「Suite 2: Quebradinha / Ouro s. Azul / Escovado / Até Que Enfim / Atlântico」も含み、アルバムのタイトル“ナザレー再訪”という短い言葉に込められた深い愛情を感じさせてくれる。
そしてさらに素晴らしいことに、この作品にはさらに二人の国宝級の歌手が参加している。
(3)「Bambino」と(7)「Odeon」には慈悲深く深みのある声が特長の男性歌手カルロス・ナヴァス(Carlos Navas)が、(5)「Sertaneja」には古くはボサノヴァの時代から第一線で活躍する女性歌手アライヂ・コスタ(Alaíde Costa)が美しい歌声を披露しアルバムにアクセントと彩りを加える。
特に(7)「Odeon」でのカルロス・ナヴァスの広い音域を自在に操る歌唱──まるで二人の歌手が代わる代わる歌っているように聴こえる…!──と、単に“伴奏”に留まらない素晴らしい演奏で寄り添うジョアン・カルロスのピアノのデュオ演奏は、今作のハイライトであり、長いブラジル音楽史でも屈指の名演のひとつと言えるだろう。
João Carlos Assis Brasil 略歴
ジョアン・カルロス・アシス・ブラジル(1945 – 2021)はブラジル・リオデジャネイロ生まれのピアニスト。双子の兄弟に、ブラジルや米国で活躍しながらも病気のため35歳の若さで他界したサックス奏者のヴィクトル・アシス・ブラジル(Victor Assis Brasil, 1945 – 1981)がいる。
リオのブラジル音楽院でピアノを習い始め、10歳で教育機関で一等賞を受賞するなど早くからその才能を示した。15歳の頃からクラシックのソリストとして演奏活動を始め、16歳でバイーア国立ピアノコンクールで優勝。その後ロンドン、パリ、ウィーンでも学び、国際ベートーヴェン・フェスティバルでは3位入賞を果たした。
亡き兄ヴィクトルの楽曲集『Self Portrait – Assis Brasil por Assis Brasil』(1989年)やアントニオ・カルロス・ジョビンが遺した楽曲の再解釈を含むアルバム『Jazz Brasil』(2004年)など、クラシックを軸にブラジルの伝統的な音楽からジャズまで幅広く演奏する傍ら、リオデジャネイロのヴィラ=ロボス音楽学校などで長年教鞭を執るなど後進の育成にも貢献した。
João Carlos Assis Brasil – piano
Carlos Navas – vocal (3, 7)
Alaíde Costa – vocal (5)