驚異的なジャズ・スティールパンに胸踊る大傑作。巨匠E.パスコアールも参加するCaneFire大傑作

CaneFire - Pandemonium

カナダのラテンジャズバンド、CaneFire 傑作『Pandemonium』

カナダ生まれの鍵盤奏者/作曲家のジェレミー・レッドベター(Jeremy Ledbetter)が、トリニダード・トバゴや中南米諸国での長期滞在を経てカナダに戻り結成した超絶ラテンジャズバンド、ケインファイア(CaneFire)が最高に面白い。2005年にデビュー作『Kaiso Blue』、2010年に2nd『Pandemonium』をリリースしており、いずれもクリエイティヴなエネルギーに満ちた素晴らしい音楽なのだが、今回はより高度に洗練された2ndアルバムに焦点を当てて紹介したい。

ケインファイアという7人編成のバンドの最もたる特徴はトリニダード・ドバゴにルーツを持つトロント生まれのマーク・モスカ(Mark Mosca)が奏でるスティールパン1だ。アルバムの各曲で縦横無尽のソロを披露する彼の超絶技巧的な演奏が、ジェレミー・レッドベターが書く熱狂的で祝祭的な楽曲と相まって終始異常なほどの高揚感を与えてくれる。ジャズ・スティールパン奏者としてはルディ・スミス(Rudy Smith)やアンディ・ナレル(Andy Narell)が比較的知られているが、マーク・モスカの技量は彼らをも凌駕する。

アルバムの収録曲は、どれもリスナーの耳と心を激しく揺さぶるだろう。
テクニカルな変拍子のラテン・ジャズフュージョン(1)「The Madman’s Jig」、燦々と降り注ぐ太陽と、海の幸そのもののような(2)「Cocoa Payol」、マロヤ・ジャズあるいはカリビアン・ジャズと、レゲエのパートを相互に切り替える(3)「Two Cousins」、超高速のフォービートに、トランペットやサックスが酔狂的な(4)「Baptism by Fire」と、否応なしにリスナーを南国という天国に連れていく。

(2)「Cocoa Payol」のライヴ演奏動画

この音楽で元気づけられない人はいるのだろうか?
この音楽で踊れない人はいるのだろうか?
とにかくクオリティの高い、素晴らしいバンドだ。

バンドメンバーは他に、キューバ系カナダ人トランペット奏者で2019年にジュノー賞にもノミネートされたアレクシス・バロ(Alexis Baró)、同じくキューバ出身のベース奏者ヨセル・ロドリゲス(Yoser Rodríguez)にドラマーのロセンド・レオン(Rosendo “Chendy” León)、サックス奏者のブラクストン・ヒックス(Braxton Hicks)、パーカッションのアルベルト・スアレス(Alberto Suárez)と手練れが揃う。楽曲もかなり複雑で変拍子も多いが、アンサンブルは完璧だ。

巨匠のゲスト参加や、あのジャズ名曲カヴァーも

ジェレミー・レッドベターの妻でベネズエラ生まれの歌手エリアナ・クエバス(Eliana Cuevas)がヴォーカルで参加する10分を超える大作(5)「The Fountain of Youth」には、ブラジルの巨匠エルメート・パスコアール(Hermeto Pascoal)がゲスト参加し、鍵盤ハーモニカと”コップ1杯の水によるうがい”を演奏している(!!!)。楽曲自体も賑やかで天才的な作曲センスが随所に光り、最高に愉快だ。

エルメート・パスコアールがゲスト参加した(5)「The Fountain of Youth」

カリプソのレジェンド、デヴィッド・ラダー(David Rudder)がヴォーカルで参加したSSWイアン・ウィルトシャー(Ian Wiltshire)作の(6)「Trini to the Bone」や、チャーリー・パーカー(Charlie Parker)作曲のジャズ・スタンダード(11)「Donna Lee」のカヴァーも最高の出来栄え。

こちらはCaneFireの1stアルバム『Kaiso Blue』に収録の「The Pepper Drinker」のライヴ演奏

あなたがもし、ミュージシャンの親しみやすさやユーモアを重視するなら、アルバムのラスト(12)「If I Could Sing」にも注目してほしい。ここではジェレミーの当時生後数ヶ月の愛娘のレイラ・レッドベター(Leila Ledbetter)が“リード・ヴォーカル”で参加。愛らしい歌手デビューを果たしている。

Jeremy Ledbetter 略歴

CaneFire を率いる作曲家/ピアニストのジェレミー・レッドベターはカナダ・オンタリオ州キッチナーで生まれ育った。最初の音楽的な啓示は3歳の時に家族と観たディズニーのアニメ映画『ファンタジア』だったという。オーケストラによるクラシック音楽に衝撃を受け、ベートーベン、モーツァルト、ラフマニノフ、ショパンなどを聴き、クラシックのピアノを習った。10代の頃にブルースに夢中になり、ある日カセットテープを買うために訪れた小さな音楽店で、間違ってブルースのコーナーに置かれていたオスカー・ピーターソンのアルバム『Night Train』を聴き、“ブルースを100万倍にしたような感じ”と衝撃を受け今度はジャズに夢中となり、その後トロントでジャズを学んだ。1999年にカナダの厳しい寒さから逃れるために南米の島国トリニダード・トバゴに移住。数年間カリブ音楽を学び演奏し、最終的にはカリプソの伝説的人物であるデヴィッド・ラダー(David Rudder)の作品のプロデューサー/ディレクターを務めるまでになった。

ジェレミー・レッドベターはその後キューバ、ニカラグア、ベネズエラ、ブラジルでの長期滞在を経て再びカナダに戻り、これらの遍歴が2005年にオリジナル曲を演奏するために結成したバンド、ケインファイアのインスピレーションの源となった。ケインファイアでは『Kaiso Blue』(2005年)、『Pandemonium』(2010年)の2枚のアルバムをリリースし、その独創性と音楽性が高く評価された。

2018年にはスナーキー・パピー(Snarky Puppy)のドラマーとして知られるラーネル・ルイス(Larnell Lewis)と、スティーヴ・コールマン(Steve Coleman)との活動で知られるベーシストのリッチ・ブラウン(Rich Brown)とのトリオを結成。『Got a Light?』(2018年)、『Gravity』(2024年)と2枚のアルバムを発表している。

「Mais Um」。CaneFireのアルバムには未収録だが、ジェレミー・レッドベター・トリオのデビュー作『Got a Light?』に収録されていた曲。

CaneFire :
Jeremy Ledbetter – piano, melodica, steel pan, percussion, vocals
Mark Mosca – steel pan, percussion, vocals
Alexis Baró – trumpet, flugelhorn
Braxton Hicks – saxophones, vocals
Yoser Rodríguez – bass, vocals
Rosendo “Chendy” León – drums (2, 3, 6-12)
Alberto Suárez – percussion, vocals

Guests :
Mark Kelso – drums (1, 4, 5)
Hermeto Pascoal – melodica, cup of water (5)
David Rudder – lead vocal (6)
Eliana Cuevas – vocals (5, 6)
Gabi Guedes – atabaque (8)
Ramón Chipiaje – canto del namo (5)
Andy Phillips – percussion (6, 9)
Riley Moore – vocals (6)
Leila Ledbetter – heartbeat (3), lead vocal (12)

  1. スティールパン(steelpan)…ドラム缶の底面をハンマーで規則的に凹ませ、音階を奏でられるようにした打楽器。カリブ海最南端の島国トリニダード・トバゴ共和国で発明された。独特の倍音を持つ明るい音色が特徴的。スティール・ドラム(steel drum)、あるいは単にパン(pan)とも。 ↩︎

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