フランスのバンドネオン奏者ルイーズ・ジャリュ新作『Jeu』
フランスの天才バンドネオン奏者ルイーズ・ジャリュ(Louise Jallu)の2024年作『Jeu』。ピアソラの生誕100周年を記念し絶賛された前作『Piazzolla 2021』(2021年)を経て、今作では自身の作曲を中心にシューマンやラヴェル、ブラッサンスといった影響を織り交ぜた多彩なアプローチを見せている。
フランス語で“遊び”や“ゲーム”を意味するアルバム名のとおり、知性的な音楽遊びが今作のテーマだ。彼女は音楽の過去と現在、そして未来に焦点を当てている。作品冒頭のロベルト・シューマン(Robert Schumann, 1810 – 1856)とアルバン・ベルク(Alban Berg, 1885 – 1935)を融合しジャズの感性で仕立て上げた(1)「Schumann et wozzeck」から、今作が揺るぎない傑作であることを示している。演奏は劇的な緊張感を孕んでおり、ルイーズ・ジャリュによるバンドネオンと、マティアス・レヴィ(Mathias Lévy)によるヴァイオリンの即興パートの熱気も素晴らしい。
(3)「Pugnani-jallu」ではイタリアのヴァイオリニスト、ガエターノ・プニャーニ(Gaetano Pugnani, 1731 – 1798)にインスパイアされた美しく情熱的なジャズ・タンゴを披露。
今作中もっともポピュラーな(4)「Mon boléro」は、モーリス・ラヴェル(Maurice Ravel, 1875 – 1937)が1928年に作曲した名曲「ボレロ」の独創的な再解釈だ。繰り返すリズムの上で、ルイーズ・ジャリュはボレロの旋律を提示しつつも随所に即興のフレーズを組み込み、その卓越した創造性を発揮している。
J.S.バッハ(Johann Sebastian Bach, 1685 – 1750)の「ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ 第3番 ホ長調」をベースとした厳粛な(6)「B.W.V 1016, sous turbulences」、フランスの国民的吟遊詩人ジョルジュ・ブラッセンス(Georges Brassens, 1921 – 1981)作で今作唯一のヴォーカル入り(7)「Toi qui a besoin d’eau」など、アルバム後半もルイーズ・ジャリュの探究心と創造力の結晶のような素晴らしい作品がつづく。
タンゴの楽器としての印象の強いバンドネオン1を、その深い表現力と演奏力で新たな次元へと引き上げるエネルギーを持った重要な作品だ。
Louise Jallu 略歴
ルイーズ・ジャリュ(“ルイス・ジャル”の表記もみられる)は1994年フランス生まれのバンドネオン奏者/作曲家。5歳からバンドネオンを始め、ジェンヌヴィリエ音楽院で学び、現在はアーティストとしての活動のほか、同音楽院でバンドネオンとタンゴ室内楽の教授を務めている。
伝統的なタンゴを軸に、ジャズ、クラシックの要素を融合させた独自の革新的な音楽スタイルで知られている。2017年に日本人タンゴ・ギタリストの福井浩気(Hiroki Fukui)とデュオ作『Ars Moderna』をリリースし、その後ソロ作『Franesita』(2018年)、『Piazzolla 2021』(2021年)、『Jeu』(2023年)というアルバムをリリースした。特に『Piazzolla 2021』は、アルゼンチン・タンゴの巨匠アストル・ピアソラ(Ástor Piazzolla, 1921 – 1992)の生誕100周年を記念した作品として高い評価を受けた。
受賞歴も豊富であり、2011年のクリンゲンタール国際コンクールで2位、2019年にラガルデール財団賞を受賞し、2021年にはヴィクトワール・ドゥ・ジャズの最終候補に選ばれた。
ルイーズ・ジャリュの音楽は、バンドネオンという楽器の伝統的な響きを現代的な感性で再解釈し、新しい聴衆にも訴えかける力を持っている。タンゴ愛好家だけでなく、ジャズやクラシックのファンにもおすすめのアーティストである。
Louise Jallu – bandonéon
Mathias Lévy – violin
Karsten Hochapfel – electric guitar
Grégoire Letouvet – piano, synthesizer
Alexandre Perrot – bass
Ariel Tessier – drums
Gino Favotti – additional sounds
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