イタリア出身音楽家アイク(IKE)がエジプトで発見した“音楽”
イタリア出身の作曲家/ギタリスト/教育者のアイク(IKE)のデビューアルバム『On Higher Dreams』。パンデミック中にエジプトで過ごした彼は、そこで現地の音楽文化から強いインスピレーションを受け、アナログ機材を用いてジャズとエレクトロニックを融合した独自の洗練されたサウンドを生み出した。
今作はエジプトのナイル川やその文化的コントラストをテーマに、自然の流れと人生の解放を音楽で表現している。アルバムの背景には、アイクことアイザック・デ・マーティン(Isaac de Martin)が2020年のパンデミック中にかねてより強い関心を抱いていたエジプトに赴き、カイロで過ごしたときの経験が色濃く反映されている。ヘリオポリス大学での教育活動や、エコロジカルなコミュニティでの生活を通じて、彼はエジプトにおいて音楽が単なる人々の娯楽を超え、人間の経験を支える力を持つことを再発見した。特にナイル川は、生命力と流動性の象徴としてアルバムの中心的なモチーフとなり、収録曲の多くは水の流れやそのダイナミズムを音で描き出す。
例えば、青ナイルの源流であるエチオピアのタナ湖をテーマにした(1)「SIDDA」は、エチオピアの伝統音楽にオマージュを捧げつつ、実験的なジャズの要素を取り入れ、壮大な旅を想起させる。また、(2)「Nilo」はナイル川の生命力を温かみのあるサウンドで表現し、リスナーをエジプトの風景へと誘う。
全9曲、約39分にわたる今作は、ベルリンで2022年に録音された。アイクは全曲でアナログ機材を用い、ライブ感と生の感情を重視したレコーディングを実施。これにより1960年代や70年代のヴィンテージなジャズや映画音楽の雰囲気と、現代的なシンセサイザーのテクスチャーが融合。その結果として、温かくも鮮やかな音像が生まれ、ジャズ愛好家だけでなくエレクトロニカやアンビエントのリスナーにも訴求する作品となっている。とりわけ顕著な(4)「Risorgini」は、イタリアの映画音楽作曲家ジュリアーノ・ソルジーニ(Giuliano Sorgini)への敬意を込めた楽曲で、アフロビートとエレクトロニカが交錯する実験的なアプローチが際立つ。一方で(7)「Rapids」は、ゲストのアムステルダム生まれ・テルアビブ育ちの歌手ダニー・カットナー(Danny Kuttner)の情感豊かな歌声が加わり、アルバムに人間的な温もりを添えている。
アイクの音楽的ルーツもアルバムの魅力の一端を担う。イタリアでイギリス系の音楽一家に生まれ幼少期からクラシックギターを学び、ジャズを専攻した彼は、様々なアーティストとのコラボレーションやライブツアーを通じて独自のスタイルを磨いてきた。エジプトでの経験は、彼の西洋的な音楽観に新たな視点をもたらし、音楽を社会や自然と結びつけるアプローチを強化。
今作はこのような多様な背景が融合した作品であり、ジャズの自由な即興性とエジプトの伝統音楽の精神性が共存した興味深い仕上がりとなっている。