Bonbon Vodou 待望の3rdアルバム『Épopée Métèque』
レユニオンにルーツを持つシンガー/打楽器奏者/作曲家オリアーヌ・ラカイユ(Oriane Lacaille)と、チュニジア系ユダヤ人家庭出身の作曲家/弦楽器奏者ジェレミー・ボクリ(Jérémie Boucris)によるデュオ、ボンボン・ヴォドゥ(Bonbon Vodou)による3rdアルバム『Épopée Métèque』がリリースされた。
アルバムのタイトルはジョルジュ・ムスタキ1(Georges Moustaki)の大ヒット曲「Le Métèque」(異国の人)にインスパイアされている。かつては蔑称であり差別的なニュアンスを含んでいた「Métèque」という言葉に詩的な高貴さを与えたムスタキに敬意を表しつつ、「叙事詩」や「英雄的な歴史的出来事」を表す「Épopée」を冠して移民としてのアイデンティティを誇示。旅と音楽が一体となった人生を端的に象徴する作品となっている。
アルバムの幕開けは2024年のEP『Afrodiziak』に収録されていた、パンデイロが強烈にグルーヴするブラジル音楽からの影響の色濃い(1)「Cérémonie du piment piment」。EP収録版からはミックスのバランスに修正が加えられており、より迫力あるサウンドで聴けるようになった。
(2)「Les mains d’or」はパスカル・アローヨ(Pascal Arroyo, 1946 – )が作曲し、ベルナール・ラヴィリエ(Bernard Lavilliers, 1946 – )が2001年に発表した曲のカヴァーだ。原曲は鉄鋼労働者を讃える頌歌であり、発表当時フランスの多くの鉄鋼工場が閉鎖の危機に陥っていた社会情勢を反映していたもの。
ここではレユニオンのマロヤを基調にしたリズムにアレンジされ、ベルナール・ラヴィリエ本人もヴォーカリストとしてゲスト参加し、再びフランスの労働者階級の苦難に想いを寄せている。歌詞も一部がレユニオンのクレオール語で書き直され、鉄鋼業からサトウキビ産業の困難に置き換えられている。これにより移民や亡命のテーマが強調され、アルバム全体のテーマである”エポペー(叙事詩)とメテク(移民の蔑称)のパラドックス”というコンセプトに沿うものとなり、デュオの家族の来歴や、貧困・迫害・戦争などによる普遍的な亡命や社会的闘争の象徴としても機能している。
アルバム全体を通じて、マロヤに留まらずシャンソン、ジャズ、エレクトロニック、ポップなどを豊かに融合した彼らの洗練された音楽性が際立っている。ジャンルの垣根を超えた優れた音楽を携え、普遍的な社会的メッセージも込められた今作は、このデュオがよりグローバルに評価される重要な作品となるだろう。
(7)「Fais bouger ton boule」にはオリアーヌの実父であり、レユニオンの著名なミュージシャンであるルネ・ラカイユ(René Lacaille)がアコーディオン奏者として参加。ユニークな曲調とも相まって、軽やかな演奏が耳に残る。
Bonbon Vodou :
Jérémie Boucris – vocal, guitar, cigar box, ukulele
Oriane Lacaille – vocal, drums, kayamb, roulèr, percussion, pygmy flutes
Juliette Minvielle – vocal, tuntun, jaw harp, pandeiro, bendir
Yann-Lou Bertrand – vocal, bass, flute, trumpet, kass kass
Roland Seilhes – vocal, saxophone, clarinet, flute
Guests :
Bernard Lavilliers – vocal (2)
Maya Kamaty – vocal (3)
Olivier Caron – trombone (3)
Arno De Casanove – trumpet (3)
Julien Tekeyan – drums, tama (3)
Rosemary Standley – vocal (5, 8)
Mouss et Hakim Amokrane – vocals (7)
René Lacaille – accordion (7)
Camille Heim – harp (8, 9)
Héloïse Divilly – drums (7, 8, 11)
Fixi – piano, keyboards (6, 9, 11)
Djé Baleti – Espina (11)
Nellyla – vocal, senza, keyboards (12)
- ジョルジュ・ムスタキ(Georges Moustaki, 1934 – 2013)…フランスのシンガーソングライター。ケルキラ島出身のギリシャ系ユダヤ人の両親がエジプトに亡命中に生まれ、17歳のときにフランス・パリに渡った。1957年にエディット・ピアフ(Édith Piaf, 1915 – 1963)と知り合い、彼女の恋人として生活した約1年間のなかで彼女のために多くの曲を書いたことで徐々にその名が知られるようになった。
1968年に当初ピア・コロンボ(Pia Colombo, 1934 – 1986)のために作り、1969年に自身も吹き込み大ヒットした「Le Métèque」(邦題「異国の人」)において、当時のフランス社会でタブーともいえた「Juif(ユダヤ人)」という単語をロマンチックに謳い上げ、自由を求める時代の気風とも相まってムスタキは初めて歌手として広く認知された。 ↩︎