Tarun Balani 『ڪڏهن ملنداسين Kadahin Milandaasin』
インド出身のドラマー/作曲家、タルン・バラーニ(Tarun Balani)の2025年新譜『ڪڏهن ملنداسين Kadahin Milandaasin』は、彼の祖父がシンド1からニューデリーへ移住した旅を辿りながら、シンド人としてのルーツとアイデンティティを探究している。カルテットのメンバーにはキューバにルーツを持つトランペット奏者アダム・オファーリル(Adam O’Farrill)、フィンランド出身のギタリストのオーリ・ヒルヴォネン(Olli Hirvonen)、そしてピアノにはインド出身のシャーリク・ハサン(Sharik Hasan)を擁し、多文化が混交した思索的な演奏を聴かせてくれる。
彼の音楽を言語化するなら、ホリスティック(Holistic)という語がぴったりだ。ギリシャ語の「holos(全体)」を語源とするこの言葉は、人間や物事を部分ではなく、心・身体・精神・環境などを含めた「全体」として捉え、バランスの取れた視点から総合的にアプローチする考え方だ。
タルン・バラーニはインダス文明の地であるシンドの歴史ある大地の根源的なリズムを吸収し、ジャズの自由な風とエレクトロニックの幻影を織り交ぜ、ひとつの壮大なタペストリーを紡ぎ出す。幼き日の記憶、家族の移住の物語、気候変動の影、そして内なる沈黙の探究──これらすべてが彼の芸術観の根幹を成し、今作も単なる音の連なりではなく、心を打つ物語として機能する。
タイトルはシンド語の表記で、「私たちはいつ会える?」という意味。
このプロジェクトはタルン・バラーニのシンド人としてのアイデンティティ、祖先のインド分断期における移住の物語、長年積み重なった想い、シンド文化の保存といったテーマを深く掘り下げている。収録曲の随所で見られるような、大胆だがアコースティックなジャズの即興アンサンブルとも違和感なく絡むエレクトロニックの効果的な使用も彼らの個性と発想を際立たせている。
Tarun Balani 略歴
タルン・バラーニは、インド・ニューデリー生まれのドラマー/作曲家/プロデューサー/教育者。幼少期に両親の影響でサイモン&ガーファンクル(Simon & Garfunkel)、アバ(ABBA)、ビージーズ(Bee Gees)、インド古典音楽などの多様なジャンルを聴き、音楽への関心を育んだ。13頃からキーボードを始め、兄のギター教師の影響を受け、スクール・バンドでポップやロックを演奏するようになる。パフォーマンス中のアクシデントを機にドラムスへ転向し、18歳のとき、ニューヨークのヴィレッジ・ヴァンガード(Village Vanguard)でロイ・ヘインズ(Roy Haynes)のライヴを観たことで、彼はジャズに激しく魅了された──ニューヨークに来てわずか1週間で、ロック・フュージョン・ドラマーを夢見る若者の将来の道は激変したのだ。
彼はその後バークリー音楽大学でラルフ・ピーターソン・ジュニア(Ralph Peterson Jr.)、テリ・リン・キャリントン(Terri Lyne Carrington)らに師事し、ジャズ・ドラマーとしての基礎を固め、2012年、27歳でデビューアルバム『Sacred World』をリリース。インドのジャズシーンの未来を示唆する存在として注目され、『The Wild City』は「インドから生まれた最高のジャズドラマーと作曲家」と評した。
彼の音楽哲学は「Imitate. Assimilate. Innovate.」(模倣、吸収、革新)で、伝統を吸収しつつ独自の声を追求。ニューデリーを拠点にグローバルな活動を続け、芸術を通じた自己発見を目指す。「ジャズは特権階級の音楽ではなく、抑圧された人々の音楽であり、反抗の音楽だと思う」と語り、よりジャズを文化的で開かれた音楽にするためにも情熱を燃やしている。
Adam O’Farrill – trumpet
Olli Hirvonen – guitar
Sharik Hasan – piano, synthesiser
Tarun Balani – drums, vocals, synthesiser
- シンド(Sindh)…パキスタン南部に位置する土地。主な民族はシンド人。1947年のインド・パキスタン分離独立時にヒンドゥー教徒のシンド人はインドへ、イスラム教徒のシンド人はパキスタンへ移動した。 ↩︎