フィンランドの鬼才イーロ・ランタラ、原点に立ち返った初のスタンダード曲集『Trinity』

Iiro Rantala - Trinity

「今がその時」イーロ・ランタラ、初のジャズ・スタンダード曲集

これまでに数々のユニークな作品をリリースし、そのユーモアと群を抜く抒情的かつ技巧的なピアニズムで世界中を魅了してきたフィンランドを代表するピアニスト、イーロ・ランタラ(Iiro Rantala)の新作 『Trinity』は、意外なことに彼自身初の“スタンダード曲集”だった。フランス南西部のマルゴーにある著名なワイナリーであるシャトー・パルメ(Château Palmer)のサロンで録音された、ACTの「Palmer Edition」の第3弾として位置づけられた今作は、これまで奇想のピアニスト/作曲家としてキャリアを築いてきた彼の原点を垣間見せる、ある意味重要な作品だろう。

ジャズの世界では、スタンダード曲をマスターすることは不可欠な要素だ。私だって90年代に名門マンハッタン音楽院で学んでいた時にこのことを実感した。それから30年、ついにこの時代を超越したレパートリーをステージで披露することを決意したんだ。心の声が「イーロ、今がその時だ!」と囁いたんだ。

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イーロ・ランタラは、ラーシュ・ダニエルソンがアルバム『Trio』を録音したのと同じ場所での演奏と録音に、初めて組むトリオの編成で挑んだ。ベースのカイサ・メーンシヴ(Kaisa Mäensivu)はフィンランド出身でニューヨーク在住で、新型コロナによるパンデミック中のジャムセッションで出会い、2024年12月のフィンランド大統領官邸での独立記念日イベントで共演した仲。彼女はレコーディングのときに妊娠中で、エディット・ピアフ(Édith Piaf, 1915- 1963)による不滅の名曲(1)「Hymne À L’amour」(愛の讃歌)はそうした事情や録音場所(フランス)にも絡んだ選曲だろう。

(1)「Hymne À L’amour」

ドラマーはデンマーク出身モーテン・ルンド(Morten Lund)。彼のプレイは繊細で、比較的主張の強いピアノとベースに常に寄り添い、良きメンターのように振る舞う。スタンダードの演奏としては、これが完璧な役割なのだろう。

“鬼才”イーロ・ランタラは、今作で伝統的なスウィングやモダンジャズを完璧に弾けることを証明してみせた。
だが、それと同時に気づいたのは、私が彼に期待していたのは所謂スウィング・ジャズではないということだった。

世界中の“歴史的に評価された”音楽家が自らの技術を大衆に分かりやすく誇示するために披露したり、アマチュアが一夜のセッションで互いの絆を確かめ合うための合言葉として演奏するスタンダードよりも、オリジナルの楽曲をどれだけ魅力的に聴衆に届けられるかがミュージシャンとしての価値なのだろう。
今作はジャズ・アルバムとしては間違いなく素晴らしいが、イーロ・ランタラという稀有な才能を印象付けるには、若干物足りないかもしれない。

(8)「Blue in Green」

Iiro Rantala 略歴

イーロ・ランタラは1970年フィンランド・ヘルシンキ生まれのピアニスト/作曲家。
ヘルシンキのシベリウス・アカデミーでジャズを、そしてマンハッタン音楽学校でクラシックを学んでいる。
1988年にピアノトリオ、トリオ・トウケアット(Trio Töykeät)を結成。2008年までの20年間で10枚ほどのアルバムをリリースし世界中で人気を博した。

その後はソロ活動や、ギタリストとヒューマンビートボクサーとの変則トリオなどユニークな活動を行なっており、現在は作品のほとんどをドイツの名門ACTレーベルからリリースしている。近年はドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン(DKPB)やベルリン・フィルハーモニーといったオーケストラとの共演も多い。

Iiro Rantala – piano
Kaisa Mäensivu – bass
Morten Lund – drums

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