ブラジルを代表する女性歌手の夢の結晶
ブラジルのベテラン女性歌手ジャニ・ドゥボッキ(Jane Duboc, 英語読みでジェーン・ドゥボックとも)が2008年にリリースした19作目となるアルバム『Canção da Espera』は、彼女がそれまでも度々歌ってきたエグベルト・ジスモンチの楽曲集だ。
ジャニ・ドゥボッキは1950年生まれ。1967年に歌手としてデビューし、今日まで活動を続けている大ベテラン。そんな彼女がずっと(本人によると1971年以来)夢見てきたのが、ジスモンチ曲集を制作することだったという。
アルバムで取り上げられた曲は、(7)「Água e Vinho(水とワイン)」、(3)「Memória e Fado(想い出とファド)」、(5)「Ano Zero」や(10)「Janela De Ouro」などなどジスモンチ初期の名曲ばかり。イヴァン・リンス(Ivan Lins)らとの活動でも知られる編曲家/鍵盤奏者ジルソン・ペランゼッタ(Gilson Peranzzetta)によるジャジーなピアノと室内楽的で上質な編曲にのせて、ジスモンチ珠玉の名曲が生き生きと歌われている。
ジャニ・ドゥボッキとジスモンチの深い関係
エグベルト・ジスモンチ(Egberto Gismonti, 1947 – )はブラジルを代表する音楽家だ。偉大な作曲家であり、ピアニストが憧れるピアニストであり、ギタリストが憧れるギタリストだ。これまでに彼が創作してきた数多の名曲は、ブラジル音楽、ジャズ、クラシック、プログレなど様々なジャンルに影響を与え、今もなお多くのミュージシャンによって演奏されている。
ジャニ・ドゥボッキとジスモンチの関係は深い。
出会いはまだ彼女がデビューして間もない1972年、映画『Janaína – A Virgem Proibida』のサントラとしてジスモンチの楽曲「Encontro no Bar」をレコーディングした頃に遡る。その年に彼女はジスモンチのツアーにヴォーカリスト&パーカッショニストとして同行し、そのまま1973年のジスモンチのアルバム『Árvore』の録音にも参加している。
ジャニ・ドゥボッキはその後1980年代にトニーニョ・オルタやジャヴァン、シヴーカといった名手たちの支援も得てソロデビューを迎え、ブラジルを代表する歌手にまで成長していくのだが、そうした間にも度々ジスモンチとの共演はあったようだ。
冒頭で書いたように、彼女はこのジスモンチ曲集を1971年から夢見ていた、というのもこうした経緯があったからだろう。
多彩なゲストも迎えたジスモンチ曲集の決定版
この『Canção da Espera』には多彩なゲストが参加している。
(3)「Memória e Fado」にはバンドリンの名手アミルトン・ジ・オランダ(Hamilton de Holanda)。
(5)「Ano Zero」には人気歌手/俳優で“もっとも影響力のあるブラジル人”にもランクインするジャイ・ヴァケール(Jay Vaquer)。
(6)「Sanfona」は女性歌手オリヴィア・ビントン(Olívia Byington)。
(10)「Janela De Ouro」はベテラン男性歌手ペリー・ヒベイロ(Pery Ribeiro)。
ピアノを中心としたジャジーなアンサンブルや、木管楽器やストリングスによる温かなサウンドが魅力のこのアルバムに、これらのゲストがより一層の花を添えている。
特に(5)「Ano Zero」はジスモンチ初期の曲の魅力のひとつでもある独特の譜割りの美しいメロディーを、女性ヴォーカルと男性ヴォーカルが転調を挟んでそれぞれ歌うことで、その美しさを倍増させている。
エグベルト・ジスモンチのファンの方にも、甘美な女性ヴォーカルの上質なMPBを聴きたい方にも自信をもっておすすめしたい名盤だ。