現代最高峰のドラマーが生み出す、人類史上最高のリズム
ロバート・グラスパーらと共に参加したブリタニー・ハワードのアルバム『Jaime』が大ヒット中の米国のドラマー、ネイト・スミス(Nate Smith)が自身のソロ演奏だけで構成した2018年作『Pocket Change』が大好きで、今もよく思い出したように聴いている。
本作は混じりっけゼロ、正真正銘の“ソロドラム”だ。彼のヴォイスは入っているが、歌やコード楽器、メロディー楽器は一切なし。清々しいほどにこのアルバムにはリズムしかないが、逆にドラムスという楽器の本質、突き詰めればリズムの本質が凝縮されたアルバムだ。
ネイト・スミスのドラムスは、聴いていてとにかく「気持ちがいい」。
彼のドラムセットはとてもシンプルだ。余計な楽器をゴテゴテと付け加え誇示するようなことはしない。そのシンプルなドラムセットで最上級のグルーヴを生み出すこと、それが彼のパーフェクトな仕事だ。
近年、特にドラムスは打ち込み(プログラミング)によって代替できると思われがちだが、ネイト・スミスのような離れ業かつ人間味のあるビートを聴くと、“代替”できるような代物ではないと実感する。ネイト・スミスが16分音符で刻むハイハットも、それよりさらに細かい三連符や32分音符も、決してコンピューターが生み出せるリズムではないのだ。絶妙なリズムのヨレも含めて、ネイト・スミスのドラムは人間の自然な波長にぴったり合うのかもしれない。
本作にメロディー楽器はないと前述したが、(1)「Get Down, Get Down」のタムは明らかに歌っているし、(5)「Spress Theyself」のバスドラムもどういうからくりか分からないがG# – C – G# のベースラインを刻んでいるように聴こえる。
(7)「Warble」の絶妙なグルーヴ感も大好きだ。
ネイト・スミス。グラミー賞に3回ノミネートされた凄腕ドラマー
ネイト・スミス(Nate Smith)は1974年、アメリカ合衆国のバージニア州生まれのドラマー、作曲家。ドラムを始めたのは11歳で、最初はロックやファンクの影響を受けていた。その後アート・ブレイキー(Art Blakey)の演奏でジャズに感化され、デイヴ・ホランド(Dave Holland)やパット・メセニー(Pat Metheny)、クリス・ポッター(Chris Potter)らジャズの最重要アーティストの録音やツアーで重宝されるほどにまでなった凄腕ドラマーだ。
音楽を聴くとき、“退屈しない”という要素はとても重要だ。
要するにつまらない音楽とは、“退屈する”音楽ということだ。
歌詞がありきたりであったり、どこかで聴いたことがあるような曲調だったり、演奏に驚きがなかったり…。そんな音楽は巷に氾濫している。4人も5人も集まった“売れ線”と呼ばれるバンドでもそんな楽曲が多い中で、ネイト・スミスという稀有なドラマーがたったひとりで叩き出す『Pocket Change』のグルーヴは変化に富み、いつの間にかあなたの体を勝手に踊らさせていることだろう。