世界中の音楽を愛する名クラリネット奏者、アナット・コーエンの連作
現代ジャズを代表するクラリネット奏者アナット・コーエン(Anat Cohen)がテンテット(Tentet, 十重奏)名義で発表した2017年『Happy Song』と2019年『Triple Helix』は、そのジャケットこそ背景色を変えただけの手抜きだが、室内楽的な10人編成のバンドが聴かせる音楽は現代ジャズ、ラテン音楽、ブラジル音楽などがバランスよく見事に融合した、彼女にしか表現し得ない独特の音楽を体験できる傑作だ。
10人編成のバンド(=Tentet, テンテット)による連作『Happy Song』『Triple Helix』では、基本的に室内楽×ジャズなサウンドをベースにしていながら、中南米やアフリカの音楽を研究するなどこのイスラエル出身のクラリネット奏者の限りなき音楽の探究心が強く反映された面白い音楽を聴くことができる。
ジスモンチやピアソラなど、中南米の名曲カヴァーも新鮮
アナット・コーエン(Anat Cohen)はイスラエルの人口第2位の都市、テルアビブ出身のクラリネット/サックス奏者。同じくジャズミュージシャンとして世界的に著名な実兄のアヴィシャイ・コーエン(Avishai Cohen, tr)、ユヴァル・コーエン(Yuval Cohen, sax)とのバンド活動「3 Cohens」でもよく知られている。2008年から2018年まで毎年のクラリネティスト・オブ・ザ・イヤーに選出されるほどの名手で、現在はニューヨークを中心に活動し、近年はブラジルの伝統的な音楽であるショーロといったジャンルでも話題を振りまく才能豊かな音楽家だ。
この2作品は彼女が創立したレーベル、ANZICからのリリースで、もう一人の創立者であるピアニスト/作編曲家のオデッド・レヴ・アリ(Oded Lev-Ari)によるがプロデューサーとして迎えられている。
緩急自在のアナット・コーエン作曲の妙なテンションが印象的な「Happy Song」などオリジナルも素晴らしいが、エグベルト・ジスモンチ「Loro」やアストル・ピアソラ「Milonga Del Angel」、メキシコの伝統曲「La Llorona(哀しきジョローナ)」など南米の名曲がジャズクラリネットによって新鮮に蘇ったカヴァーも素敵なので、ぜひ注目してもらいたい。
余談:テンテットとは何…?
余談だが、アナット・コーエン・テンテット(Anat Cohen Tentet)の「テンテット」とはなんぞや?と思った方に。
音楽には「重奏」という概念がある。各楽器のパートをそれぞれ一人の演奏者が受け持ったときのアンサンブルのことだ。
一般的には5人編成の「カルテット」や、6人編成の「セクステット」くらいまでが知られていると思う。
一人での演奏は「ソロ(独奏)」だが、二人以上のアンサンブルとなるとその編成によって以下のように呼ばれる。
デュオ(Duo:二重奏)
トリオ(Trio:三重奏)
カルテット(Quartet:四重奏)
クインテット(Quintet:五重奏)
セクステット(Sextet:六重奏)
セプテット(Septet:七重奏)
オクテット(Octet:八重奏)
ノネット(Nonet:九重奏)
テンテット(Tentet:十重奏)
…11人以上の編成になると、概ね「ラージアンサンブル 」といった呼び方になるようだ。