バスケ選手からピアニストへ。異色の経歴を持つイスラエル・ジャズピアノ奏者ヤロン・ヘルマン

Yaron Herman - Songs of the Degrees

ヤロン・ヘルマン。独特の雰囲気をまとったピアニスト

私がヤロン・ヘルマン(Yaron Herman)というピアニストの音楽に出会ったのは2003年頃。当時、澤野工房の姉妹レーベルだったフランスのSketchから発売された『Takes 2 to Know 1』というアルバムだった。「Before Birth」という印象的な楽曲で幕を開けるピアノとドラムスで奏でられるこの作品は、演奏力も楽曲も荒削りながら独特の浮遊感が心地よく、何度も何度も繰り返し聴いた。
でも、癒しを求めてBGM的に聴いていたせいか、アルバム全体を包み込むどこか捉え所のない壮大な雰囲気は覚えているものの、個々の楽曲についてはほとんど思い出すことができない。

その後、ヤロン・ヘルマンの名前に再び行き当たったのはせいぜいここ5年くらいのイスラエルジャズのブームの中だ。いつの間にか、彼は現代イスラエルジャズを代表するピアニストの一人として紹介されるまでになっていた。

彼には驚くべきエピソードがある。

バスケットボール選手からピアニストへ。異色の経歴のアーティスト

フランス系イスラエル人のヤロン・ヘルマン(Yaron Herman, 1981年7月12日 -)がピアノを始めたのは、なんと16歳になってかららしい。それまではイスラエルのナショナルチームの一員として将来を期待されるバスケットボール選手で、自身もバスケットボールのプロを目指していた。
そんなヤロン・ヘルマンが16歳のときに直面した膝の怪我が、彼が進むべき別の道の重要な分かれ目になった。

ヤロン・ヘルマンはこの怪我をきっかけにピアノを弾き始めた。彼の師であるOpher Brayerは、哲学や数学、心理学に基づいた独自の方法論で彼を導いた。バスケットボールをピアノに持ち替えたヤロン・ヘルマンは、彼の人生を左右する大怪我のわずか二年後に、栄誉あるリモン・スクール・オブ・ジャズ・アンド・コンテンポラリーミュージックの「ジュニアタレント」賞を受賞。
その後19歳で米国に移住し、21歳のとき、前述のSketch RecordsがプロデュースしたSylvain Ghio(ds)とのデビュー作『Takes 2 to Know 1』を録音した。

その後の躍進は目覚しく、アルバム『A time for everything』(2007年)で「Victoire du jazz」、『Muse』(2009年)で「iTunes title Jazz Album of the Year in 2009」を獲得するなど、今ではイスラエルジャズの第一人者としてその活躍が知られている。

自身が作曲したオリジナル曲だけでなく、RadioheadやNirvanaといったロックもリスペクトしカヴァーするなど、訴求力の高い演奏が彼の持ち味だ。

ヤロン・ヘルマンが敬愛するレディオヘッドの「No Surprises」カヴァーも。
ニルヴァーナ(Nirvana)の楽曲「Heart-Shaped box」をカヴァーするヤロン・ヘルマン。

持ち前の豊かな叙情性が結実した新譜『Songs of the Degrees』

ヤロン・ヘルマンの2019年作『Songs of the Degrees』は、この異色のピアニストの集大成ともいうべき作品だ。ピアノトリオという聴きやすいフォーマットで彼独特の風景描写的なピアノを聴かせてくれる。

通算8作目、ジャズの名門ブルーノート・レコード(Blue Note Records)移籍後では3作目となる本作は、ヤロン・ヘルマン自身のオリジナル曲がほぼすべてを占めている。流麗なタッチの独特な浮遊感のあるピアノはそのまま、だがやはり前述のデビュー作『Takes 2 to Know 1』から比べればジャズピアニストとしての目覚ましい進化が見て取れる作品に仕上がっている。

ヤロン・ヘルマンの美しくも影のある、何かを語りたげなピアノが際立つ良作だ。

2019年新譜『Songs of the Degrees』収録の(11)「Just Being」のMV。

Yaron Herman Trio :
Yaron Herman (p)
Sam Minaie (b)
Ziv Ravitz (ds) 

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