ギンガという底知れない才能を持つ音楽家
たった二人、ガットギターと声だけというシンプルな演奏なのに、この複雑さ、この深み…ギンガの音楽が持つ魅力は本当に底知れない──。
比類なき作曲家/ギタリストのギンガ（Guinga）の名曲たちを、シンガー、ドゥドゥ・スペルブ（Dudu Sperb）が歌い上げる『Navegante – Dudu Sperb recebe Guinga』（2019年）。
ギンガという音楽家はミュージシャン・オブ・ミュージシャンの最高峰ともいうべき存在だ。独学で身に付けたギター演奏、そして作曲のセンスは他の音楽家の作品には決して見られない彼独自の方法論に基づいており、ときに“変態的”と称賛される。ごりごりの西洋音楽理論に凝り固まった“普通の”音楽家から見れば、彼のオリジナリティに溢れ、同時に超ハイレベルな音楽に羨望の眼差しが向けられるのは当然かもしれない。
そしてギンガの音楽でもっとも驚かされることは、そうしたテクニカルな面もさることながら、それが音楽として“究極的に美しい”こと。それが多くのファンに尊敬され、支持される理由だと思う。
彼の音楽をまだ聴いたことがない人も、この作品を聴けば音楽の新しい扉が開かれるだろう。
ギンガの代表曲も多数収録された全14曲
アルバムには(1)「Sete Estrelas」、(2)「Canção do Lobisomem」(3)「Choro pro Zé」、(4)「Catavento e Girassol」、(13)「Senhorinha」といった鬼才ギンガを代表する名曲から、ギンガファンでもあまり聴いた記憶のないマイナーな曲まで、全14曲、総計61時間の耽美で濃厚な至上の音楽が展開される。
本作ではギンガ自身はギターに徹しており(5)「O Silêncio de Iara」のイントロ部分で少しその声を聴くことができる程度だが、とにかくドゥドゥ・スペルブの美しく深みのある声がギンガが持つ独特の芸術世界を拡張する。俗世の一切をシャットアウトしてこのギターと声に浸りたい、そんな素晴らしい音楽だ。
遅咲きの鬼才ギンガ
ギンガ（Guinga, 本名 Carlos Althier de Souza Lemos Escobar, 1950年6月10日 – ）はブラジル・リオデジャネイロ出身の作曲家/ギタリスト/歯科医師。
若い頃は歯科医として医療に従事する傍ら、11歳のときに父に教わったことをきっかけに始めたギターや作曲に地道に取り組んだ。17歳のときに自作の「Sou Só Solidão」という曲でコンクールで高い評価を得ている。
その後1970年代にはブラジルの国民的歌手エリス・レジーナ（Elis Regina）やジョアン・ジルベルトの妻として知られるミウシャ（Miúcha）、さらにはフランスの映画音楽の巨匠ミシェル・ルグラン（Michel Legrand）が彼の曲を録音するなど、作曲家として徐々にその名声を高めていった。
しかしリオ郊外の労働者階級の家庭に育った若いギンガはミュージシャンを本業としなかった。それが、安定とは程遠い職業だと知っていたからだ。彼は両親のためにも歯科医として働く道を選び、27歳のときには歯科医として月に8,000ドルの収入を得ていたと語っている。
音楽家として本格的に活動を開始したのは1990年代になってから。デビュー作は1991年の『Simples e Absurdo』、実に40代になってからの遅咲きデビューだった。
ギンガの従来の西洋音楽の常識を打ち破るような独特の作曲技法は、その音楽活動が活発になった1990年代以降徐々に世界中に知れ渡り、ブラジルのみならず世界中の音楽家たち（特に作曲家やクラシックギタリスト）に影響を与えた。
深みのある歌声が魅力の実力派シンガー、ドゥドゥ・スペルブ
本作で渋い歌を聴かせるドゥドゥ・スペルブ（Dudu Sperb）はブラジル南部リオグランデ・ド・スル州の州都ポルト・アレグレの出身。これまでにヴァギネル・クーニャ（Vagner Cunha, vln）とルイス・マウロ・フィーリョ（Luiz Mauro Filho, p）との共演によるカエターノ・ヴェローゾ曲集『Coração Sol』（ライヴ盤, 2015年）や、ピアニストのミシェル・ドーフマン（Michel Dorfman）とのデュオでのジャズ歌曲集『So in Love』（2016年）といった作品を発表。いずれも彼の深みのある素晴らしい歌声を堪能できる快作だ。