キャンディス・スプリングス、新譜は女性歌手のカヴァー曲集
米国テネシー州ナッシュビル出身の女性シンガー/ピアニストのキャンディス・スプリングス(Kandace Springs)の2020年新譜『The Women Who Raised Me』は、そのタイトルが示すように彼女自身がこれまでに強く影響されてきた女性歌手たちの楽曲のカヴァー集だ。
現代ジャズを代表する数多くの豪華ゲストも参加し、彼女の類稀な個性と相まって非常に完成度の高い作品に仕上がっている。
ピアノで弾き語るキャンディス・スプリングスのスタイルに大きな影響を与えたノラ・ジョーンズ(Norah Jones)とは(2)「Angel Eyes」で共演が実現。アルバムには他にノラの名盤『Come Away With Me』(2002年)のラストに収録されていた(9)「The Nearness Of You」のカヴァーも。キャンディスにとっては音楽の道を志すきっかけとなった大切な曲だという。
社会に対する意識の高さはアフリカの貧困問題を歌ったシャーデー(Sade)の名曲(4)「Pearls」や、ビリー・ホリデイ(Billie Holiday)が重要なレパートリーとしていたアメリカ国内の人種差別問題を告発する凄惨な歌詞の(12)「Strange Fruit(奇妙な果実)」でも伺える。このアルバムの中でも特にこの2曲の彼女の歌唱は心にぐっと迫ってくるものがある。
ジェイ・ホーキンス(Jay Hawkins)作曲、ニーナ・シモン(Nina Simone)が歌った1950年代にヒットした初期R&Bの名曲(3)「I Put A Spell On You」ではベートーベンのピアノソナタ「月光」を効果的にブレンド。荘厳でクラシカルな雰囲気に乗るキャンディスの圧倒的な歌声はとても魅力的。さらにこの曲にはゲストに名サックス奏者デイヴィッド・サンボーン(David Sanborn)が参加し、個性的な痺れるプレイを聴かせてくれる。
今大注目の女性フルート奏者、エレーナ・ピンダーヒューズ(Elena Pinderhughes)は(5)「Ex-Factor」、(11)「Killing Me Softly With His Song(やさしく歌って)」に参加。見せ場は楽曲の後半のわずかなソロだけだが、爛漫なフルートの音色が印象に残る。
アルバムには他にもベーシストのクリスチャン・マクブライド(Christian McBride)、サックス奏者のクリス・ポッター(Chris Potter)がゲスト参加。
エレガントな魅力のキャンディス・スプリングス。実は意外な趣味も
選曲された楽曲の絶妙な良さ、そして豪華なゲスト陣に目を奪われがちだが、中心にあるのは何と言ってもキャンディス・スプリングス自身のジャジーなピアノ(曲によってはローズピアノなども演奏している)と、ソウルフルな歌声だ。その声は故プリンスに「雪をも溶かす(A voice that could melt snow)」と絶賛されたほど。エレガントで温かみのある彼女の声とピアノに、アルバムを通して魅了される。
天真爛漫な性格でも愛され、ジャズ・ヴォーカルの未来を担っていくと言われているキャンディス・スプリングス。
意外なことに趣味は車で、愛車は真っ赤な2014年型コルベット・スティングレイ。他にシボレー・ベルエアー 1953、MG-TD 1952(レプリカ)を所有しているという。「車は車輪の上の芸術」だと語り、エンジン音や排気音をも音楽同様に愛する彼女は、3歳の頃からバービー人形には興味を示さず、ホットウィールのミニカーでばかり遊んでいたという。