物理的な移動なしに世界中のミュージシャンと作り上げたアルバム
フランスに生まれ、長らくスペインのバレンシアを拠点とするマチュー・サグリオ(Matthieu Saglio)は挑戦的なチェリストだ。
女性ヴォーカル/チェリストのネスリン・ベルモフ(Nesrine Belmokh)、パーカッションのデヴィッド・ガデア(David Gadea)との3人組ユニット、NESとしてリリースしたフランスと北アフリカを繋ぐ2018年作『Ahlam』が世界的に高い評価を受けたが、彼は2020年の新作『El Camino de los Vientos』で世界をもっと広げた。
しかも、現代的な方法で。
マチュー・サグリオはバレンシアの小さなスタジオで全曲のチェロのトラックを録音した。それを旧知の音楽パートナーであるヴォーカリストのイザベル・ジュルベ(Isabel Julve)や打楽器奏者ビージャン・シェミラニ(Bijan Chemirani)らだけでなく、彼にとって長らく共演を望んでいたジャズのスターたち──ギタリストのグェン・レ(Nguyên Lê)、トランペッターのニルス・ペッター・モルヴェル(Nils Petter Molvaer)、アコーディオン奏者ヴァンサン・ペラニ(Vincent Peirani)など、錚々たる名前が並ぶ──に送り、最低限の指示をしただけであとは自由に演奏してもらった。
そうして世界中の音楽家が(物理的な移動なしに)参加し、完成したアルバムが本作『El Camino de los Vientos(風の道)』である。
アルバムはイランをルーツに持つ打楽器奏者ビージャン・シェミラニ(Bijan Chemirani)との共演(1)「L’appel Du Muezzin(ムアッジンの呼び声)」で幕を開ける。ムアッジンとは、イスラム教の礼拝を呼びかけ、アザーンを唱える人のこと。アラビックな旋律を奏でるマチュー・サグリオのチェロのイントロに導かれ、中盤からは祈りを届けるようなパーカッションが響き渡る。
続く(2)「Bolero Triste(悲しみのボレロ)」はフランスを代表するアコーディオニスト、ヴァンサン・ペラニとフラメンコギタリストのリカルド・エスタベ(Ricardo Esteve)をフィーチュア。舞台は一転スペインへ。
(3)「Metit(苦痛)」はセネガルのシンガー、アブドゥライ・ンジャイ(Abdoulaye N’Diaye)の声が印象的な楽曲。世界各地の民族音楽を探求する米国人マルチ奏者、スティーヴ・シェハン(Steve Shehan)も参加し、雰囲気は西アフリカだ。
ノルウェーの鬼才トランペッター、ニルス・ペッター・モルヴェル(Nils Petter Molvaer)は(4)「Amanecer(夜明け)」に登場。舞台は北欧に急転し、トランペットの音が凍てつく空気を鋭く切り裂く。繰り返される5拍子のリズムがクセになる曲だ。
ベトナム系フランス人ギタリスト、グェン・レ(Nguyên Lê)は(6)「Caravelle(小さな帆船)」でビージャン・シェミラニと共に参加し、ラヴェルの「ボレロ」の旋律を引用するなどユーモアのある演奏で楽しませてくれる。
イザベル・ジュルベがヴォーカルをとる(10)「Tiempo para Sonar(響かせるとき)」はアルバム終盤のハイライトとなる曲だ。 ここでは“フラメンコギターの神様”パコ・デ・ルシア(Paco de Lucia)と長年活動を共にしたベーシスト、カルレス・ベナヴェン(Carles Benavent)が圧巻のプレイで魅せる。
…これだけの圧倒的なゲストプレイヤーに囲まれると、どうしても本作の主役であるマチュー・サグリオの音に耳がいかなくなってしまいがちだが、クラシックで鍛えた堅実な彼の演奏は随所で光る。チェロという楽器の広い音域を最大限に活かし、時には楽曲の骨格を支えるベースラインを、時には曲に厚みをもたらす中音域でのコード(和音)を、そして時には中〜高音域での即興ソロを、と様々な役割をこなすセンスはやはり只者ではない。
彼の集大成、つまり風の道の終着点はスティーヴ・シェハンの最低限かつ的確な伴奏を得た(10)「Las Sirenas(人魚)」と、チェロ独奏の(11)「Les Cathédrales(大聖堂)」で奏でられる圧倒的な世界観の演奏だろう。
アルバムを聴き終えたときの深い余韻をそっと心にしまいたい感動がある作品だ。
Matthieu Saglio – cello, vocals
Nguyên Lê – guitar
Nils Petter Molvær – trumpet
Carles Benavent – bass
Vincent Peirani – accordion
Steve Shehan – percussion, piano, bass
Bijan Chemirani – percussion
Léo Ullmann – violin
Ricardo Esteve – flamenco guitar
Isabel Julve – voice
Abdoulaye N’Diaye – voice
Camille Saglio – voice
Teo, Marco & Gael Saglio Pérez – vocals