20世紀の公民権運動〜現在進行形のBLM運動への感情をぶつけた、イマニュエル・ウィルキンスのデビュー作
米国の新鋭アルトサックス奏者、イマニュエル・ウィルキンス(Immanuel Wilkins)が自身初リーダー作となる『Omega』をブルーノートからリリースした。この作品は20世紀の公民権運動から、今まさに社会問題になっているBlack Lives Matter運動へと連なる米国社会の複雑な問題に対するこの若きサックス奏者の感情の吐露だ。
これまでに聴いたこともないような激しく咆哮するアルトサックスに心を動かされずにいられない。
今作はピアノにミカ・トーマス(Micah Thomas)、ベースにダリル・ジョンズ(Daryl Johns)、クウェク・サンブリー(Kweku Sumbry)というそれぞれがNY新世代の頂点に立つメンバーとのカルテット編成。疾走する(1)「Warriors」から、スピリチュアルで切れ味の鋭いサックスと重厚感のあるバンドの音に圧倒される。
(1)のラストで数秒間のポストプロダクションによるエフェクト処理が加わり、(2)「Ferguson – An American Tradition」にシームレスに移行する流れも現代のアーティストらしい。
1曲目からして凄い演奏に度肝を抜かれるが、ここで息切れなどするはずもなく、2曲目以降はさらに素晴らしい演奏が繰り広げられる。
(2)「Ferguson – An American Tradition」は本作のテーマの象徴的な楽曲だ。これは2014年にミズーリ州ファーガソンで起きた18歳の黒人少年が白人警官によって射殺された事件(マイケル・ブラウン射殺事件)をテーマに扱い、“アメリカの伝統(American Tradition)”になってしまった社会の構図に抗議をしてみせる。──このアルバムを録音したあとの今年2020年にも、残念なことに同じような事件(ブリオナ・テイラー射殺事件やアマド・オーブリー射殺事件)が起こってしまっている。
(4)「Mary Turner – An American Tradition」も21歳の妊婦と胎児の命を奪った1918年の悲惨な事件を描いた、アメリカの一部に今も蔓延る白人至上主義の問題を深く嘆く作品だ。楽曲は全編にわたり苦しみや痛み、絶望感に満ち、暴徒たちから逃げようとし力尽きるラストへの展開は鬼気迫るものがある。
社会への怒りを表しつつも、望みを捨てない
このようにアメリカ合衆国に生きる黒人である当事者としての怒りが表現されたものが印象的な本作だが、一方で希望を持つことも訴えかけている。
(3)「The Dreamer」は19世紀末〜20世紀初頭の公民権運動家で、全米黒人地位向上協会(NAACP)の会長を勤めたジェームズ・ウェルドン・ジョンソンの人生を讃えた曲。当時としては稀な、白人を凌ぐ知識人として作家、外交官、教育者、詩人など多彩な活躍を見せた彼は黒人の地位向上において大きな役割を果たした。
(5)「Grace and Mercy(恵みと慈悲)」はそのタイトルが現すとおり、神への感謝を捧げた曲。様々な出来事に触れつつも、感謝や赦し、謙虚さを忘れずに生活を送ろうとする真摯な姿勢が垣間見える1曲だ。
(6)〜(9)はイマニュエル・ウィルキンスがジュリアード音楽院の学生時代に作曲した組曲。バンドは時にアカデミックに、そして時に感情の赴くままに堅牢かつスリリングな素晴らしい演奏を聴かせてくれる。
イマニュエル・ウィルキンス 略歴
イマニュエル・ウィルキンスは米国米国フィラデルフィア州出身。高校卒業後、2015年にニューヨークに移り、ジュリアード音楽院でジャズを学んだ。この頃にアンブローズ・アキンムシーレ(Ambrose Akinmusire)やジェイソン・モラン(Jason Moran)らと出会い、人脈を広げ経験値を積んでいった。
2019年にはジョエル・ロス(Joel Ross)の『KingMaker』やハリシュ・ラガヴァン(Harish Raghavan)の『Calls for Action』などNYの新星たちのデビューアルバムに参加しその圧倒的な才能を見せつけている。
Immanuel Wilkins – alto saxophone
Micah Thomas – piano
Daryl Johns- bass
Kweku Sumbry – drums