ブラジル新世代ピアニスト筆頭格アマロ・フレイタス新譜
ブラジルの若手ジャズピアニストの筆頭格、アマロ・フレイタス(Amaro Freitas)の待望の3rdアルバム『Sankofa』。
今作はデビュー当初からの盟友であるベーシストのジーン・エルトン(Jean Elton)とドラマーのウーゴ・メデイロス(Hugo Medeiros)とのトリオで約2年をかけて完成させており、これまでの彼の作品同様に複雑で数学的なリズム、個性的で豊かな和音、力強くも繊細な打鍵に目を覚まされるような音楽が詰まっている。
アルバムの表題曲でもある(1)「Sankofa」はアフリカのガーナやコートジボワールに住むアカン族の芸術に度々登場する伝統的なモチーフで、後ろを振り向いた鳥の意匠で表され、アマロ・フレイタスの今作のジャケットでも彼が着る服の左胸の部分にその意匠を確認することができる。サンコファは世界各地に散らばったアフリカン・ディアスポラにとって重要なシンボルとなっており、より良い未来を築くために過去を振り返ることの重要性を示すという。アマロ・フレイタスはここでは非常に繊細な和音を注意深く積み重ねながら美しいメロディーを弾いたかと思えば、中間部ではベース、ドラムスとの三位一体の怒涛のポリリズムで空間に音の渦をつくる、美しく神秘的な音楽を聴かせてくれる。
(3)「Baquaqua」はマホンマ・ガルド・バクアクア(Mahommah Gardo Baquaqua)という実在した人物に捧げられている。バクアクアは現在のベナンの都市ジューグーで生まれ、1845年に奴隷としてブラジルのペルナンブコに連れてこられながら1847年にコーヒー豆の貿易船で辿り着いたニューヨークで奴隷制度廃止論者の支援によって逃げ、読み書きを習い、その後ブラジルの元奴隷による奴隷貿易についての唯一の出版物とされている伝記を出版した。
呪術的な印象を強く受ける(5)「Cazumbá」はペルナンブーコよりさらに北のマラニャン州に伝わる神話上の雄牛をモチーフとしている。精霊たちの宴、アマゾンの熱帯雨林に潜む動物たちの音が聞こえてきそうな神秘的な曲。
(6)「Batucada」のタイトルは打楽器のみのサンバ・アンサンブルのことだが、その名のとおり後半にかけて徐々に激しくなるピアノのパーカッシヴなクラスター(音塊)が圧巻の演奏だ。
(8)「Nascimento」はブラジルが誇るミナスのスター、ミルトン・ナシメント(Milton Nascimento)に捧げられている。2020年の春先、アマロはCovid-19によるブラジルの危機に際してミルトン・ナシメントとラッパーのクリオーロ(Criolo)とチャリティーEP『Existe Amor』で共演し、ミルトンの人としての大きな器に触れたという。
アマロ・フレイタスは今作でアフロ・ブラジリアンとしての自身のルーツをより深く掘り下げ、そしてブラジルの歴史についても理解に努めピアノを通じた表現に見事に落とし込んだ。収録された8つの曲はどれも力強く複雑で予測のできない驚くような展開を見せるが、それはブラジルの過去と、これから向かう未来そのものなのだろう。
アマロ・フレイタス、努力で花開いたピアニスト
アマロ・フレイタスはブラジル北東部ペルナンブコ州レシフェの郊外に1991年に生まれた。教会のバンドのリーダーだった父の指導の下、12歳の頃から教会でピアノを弾き始め驚くべきスピードでその才能を開花させ、ペルナンブコ音楽院で優勝を果たすも、家庭の経済的な理由で学校を中退しなければならなくなった。それでも結婚式でのバンド演奏やコールセンターのバイトなどでなんとか授業料を稼いでいるうちに、15歳の頃にチック・コリアのコンサートのDVDを観て衝撃を受け、ピアニストの道を歩む決心をしたという。
アマロは自宅に実際のピアノを持っていなかったが、自室で空想上の鍵盤で練習したり、レストランと契約し営業時間前にピアノの練習をさせてもらったりと努力を積み重ね、22歳の頃には地元でその名を知られるようになり、ジャズバー「ミンガス」の専属ピアニストにもなった。その頃にベーシストのジーン・エルトン、ドラマーのウーゴ・メデイロスと出会いトリオを結成。2016年のデビュー作『Sangue Negro』、2018年の『Rasif』はいずれも絶賛され、各地のローカルな音楽を取り入れた世界的な新しいジャズの潮流を汲んだブラジル発の新世代ピアニストとして国際的な注目を集めている。
彼はこんなコメントを残している。
「私はピアノが特定の階級のための楽器であるという固定観念を打ち破りたい。ピアノは確かに難しく、誰もが演奏できるものではないが、この楽器は全てを表現できるんだ」
Amaro Freitas – piano
Hugo Medeiros – drums, percussion
Jean Elton – double bass