傑作!ユーモアとシリアスが共存する新鋭ベース奏者アルモグ・シャルヴィットのデビュー作

Almog Sharvit - Get up or Cry

NYの新鋭ベーシストによるユニークでクレイジーなデビュー作

音楽的好奇心を思う存分に満たしてくれる作品にはなかなか出会うことができないが、今日初めて聴いた28歳のブルックリン在住ベーシストのソロデビュー作『Get up or Cry』には1曲目から大いに興味を惹かれ、2曲目、3曲目と聴き進めるうちに傑作と確信するに至り、慌ててアーティストの経歴を調べずにはいられなくなるほどの関心を持たされてしまった。

彼の名はアルモグ・シャルヴィット(Almog Sharvit)
1992年イスラエル生まれのベーシスト/作曲家。

まず1曲目の「Dear Hunter」はバンジョーをフィーチュアしたブルーグラス風の懐かしの中に、現代ジャズらしい複雑なコンポジションを混ぜ込んだなんとも古風で斬新、どこか混沌としていて、とにかく愉快な曲だ。
この曲にはMVもあり、鹿(Deer)に扮したアルモグ・シャルヴィットが二人のハンターに追いかけ回されるというコメディ風の演出。なんとなくこの音楽家のユーモラスな為人ひととなりが垣間見える。

MVも一見の価値あり!(1)「Dear Hunter」

(2)「Roller Disco」もおもしろい。
速めのBPMに人力四つ打ち、ディスコ風のベースパターン、親しみやすいトランペットのメロディに中盤からはアナログシンセの熱いソロ。誰もが夢中になった音楽…そう、フュージョン。これは2021年の最新かつ最高のフュージョンだ。鍵盤奏者ミハ・ギラッド(Micha Gilad)もイスラエルの出身で、アルモグと同じく1992年の生まれのようだ。

ディスコ・フュージョンな(2)「Roller Disco」

アルバム中盤以降は一転しシリアスな展開に

それまでのテンションの高さを一旦クールダウンさせる(3)「Mx. Bean」はハーモニーや展開を重視したバラードで、アルモグ・シャルヴィットの作曲家としての懐の深さを感じさせる。今作全面参加の生まれも育ちもブルックリンのトランペット奏者アダム・オファーリル(Adam O’Farrill)と、ゲスト参加のキューバ系木管奏者デヴィッド・レオン(David Leon)のフルートも好相性だ。「Mr. Bean」をもじって「Mx.」=相手の性別を区別しない敬称を用いたタイトルは、彼なりの社会問題に対する意志の提示なのかもしれない。

音響空間にも拘りを見せる(4)「We’ll Get Back to You」は幾分前衛的で、既存の表現に囚われず新しいものを模索するアルモグ・シャルヴィットのアーティスティックな側面を描き出す。

女性歌手アンブローズ・ゲッツ(Ambrose Getz)をフィーチュアした(5)「Get up or Cry」はロシアの作家ウラジミール・ナボコフの詩にアルモグ・シャルヴィットが曲をつけたもの。詩の内容はシリアスな状況を暗示しており、アンブローズの歌唱は冒頭こそ穏やかだが、喘ぎや咽びに象徴される苦しみを経て最後には圧巻のクライマックスを迎える。

ラストの(6)「Open Wound」はさらにシリアスで混沌とする。トランペットの旋律は胸を突き刺すような嘆きと悲しみが特に印象的。

最初はそのユーモアと勢いのある楽曲で関心を惹かれたのに、アルバムが進行するにつれ露わになる作曲家の心の内面にいつの間にか引き摺り込まれ、考えさせられている。これはそんな不思議な吸引力を持った稀有な作品だ。おそらくは一人のイスラエル人として、他の多くの同郷の音楽家と同じように、祖国の歴史や現在の状況に対する強い想いがあるのだろう。

30分にも満たないアルバムを一通り聴き終え、また冒頭のユーモラスな曲を聴くと、タイトルが「Deer Hunter」ではなく「Dear Hunter」であることについても単なるユーモア以上の何かがあると深く考えさせられてしまうのだ。

アルモグ・シャルヴィット、イスラエル生まれのベーシスト/作曲家

イスラエルで生まれ育ったアルモグ・シャルヴィットは7歳からチェロを弾き、13歳でエレクトリック・ベースとアップライト・ベースを始めている。イスラエルでの兵役時代は空軍のバンドで演奏、その後テルアビブ音楽院とNYのニュースクール大学の提携プログラムに参加しジャズを学んだ。

2012年にロシアで行われたロストフ国際ジャズ・コンペティションで最優秀賞を受賞。自身のジャズトリオ、カダワ(Kadawa)を率いての活動も行なっており、2017年にデビューアルバム『Kadawa』をリリース。欧州やイスラエルでツアーを行い、ニューヨーク・タイムズやバンクーバー・サンといったメディアからも高い評価を受けている。

Almog Sharvit – upright bass, electric bass
Adam O’Farrill – trumpet
Brandon Seabrook – guitar, banjo
Micha Gilad – piano, keybkoards, synths
Lukas König – drums

Ambrose Getz – vocals (5)
David Leon – flutes (3)
Idan Morim – acoustic guitar (1)
Jocelyn Silver, Arianna Fleur, Chris Bradshaw, Rebecca Zola & The Getz Family – voices (4)

Almog Sharvit - Get up or Cry
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