澤野工房、待望のサブスク解禁!さらに看板アーティストのデジタル限定新譜リリース

Tõnu Naissoo - The Process of Creation

澤野工房、待望のサブスク解禁!

ここ数十年、日本のジャズ市場を力強く牽引してきた大阪のインディーズ・レーベル、澤野工房が2021年6月末、ついに熱望されていたSpotifyやApple Musicなどのサブスクリプション型音楽配信サービスへの音源提供を解禁した。

主にヨーロッパの埋もれていた音源や新進気鋭のアーティストを積極的に発掘し、思わずコレクションしたくなるような優れたジャケット・デザインと丁寧なライナーノーツとともに日本に紹介してきた澤野工房の功績は計り知れない。私自身、このレーベルから欧州ジャズの楽しさを教わったことは『ストリーミングで聴く澤野工房』と題したこの記事にも書いたとおりで、ほとんどCDという媒体を買わなくなってしまった今でもその動向を随時チェックせずにはいられなかった。

そんな澤野工房が、ついにその素晴らしく膨大なカタログをインターネット上で広く世界に開いたのだ。

これは個人的に、ECMのサブスク解禁(調べてみたら2017年末の出来事だった…もうそんなに経つのか…)と同じくらいの事件だった。この記事を書いている時点ではまだ一部の作品のみだが、今後は現在廃盤となっており入手困難なものも含めすべてのカタログを順次載せていくとのことで、間違いなくこれから過ごす未来の日々の中での楽しみなイベントになっていくはずだ。

音楽を聴くスタイルは時代とともに常に変化してきたが、音楽自体の価値は変わらない。

アナログレコードが好きでそれを至上のものだと信じているからと言って、CDという“新しい媒体”を軽視・敵視するレーベルは時代遅れとなり、潰れてしまっていただろう。…音楽自体の価値を伝え続けるという目的のために、新しい技術を取り入れていくのは本来当然の流れだと思う(CD:コンパクト・ディスクの流通が始まって、既に40年近くが経過していることは補足しておきたい)。

これまでに素晴らしい音楽作品を多数紹介してくれた澤野工房というレーベルの今回の決断も、その自然な大きな流れの中にある。

そして、サブスク解禁というニュースの直後にもうひとつのサプライズも用意されていた。
こうしたサービス設計の優秀さも澤野工房を大好きになる理由のひとつだったし、流石だなと思わせられる。

澤野工房の看板ピアニストのひとり、トヌー・ナイソーの配信限定作が登場!

澤野工房サブスク解禁という大事件が起き、フランチェスカ・タンドイ(Francesca Tandoi)やエルマー・ブラス(Elmar Brass)といった澤野アーティストの過去の未聴作品もまだ全て聴けていない中、同様にいち早く過去作がサブスク解禁されたエストニア出身のピアニスト、トヌー・ナイソー(Tõnu Naissoo)の新作『The Process of Creation』がストリーミング配信限定で7月1日にリリースされた。

ランディングページにはこれまでに澤野工房のライナーノーツを多数手掛け、その魅力を伝えてくれてきた北見柊氏による今作の丁寧な解説もあり(それは澤野CDに同梱されていた小さなカードの文章量を大きく上回っている)、トヌー・ナイソーという稀代のピアニストの音楽観を窺い知ることができる。

1951年生まれ、現在70歳のトヌー・ナイソーは澤野工房から16枚ほどの作品をリリースする文字通りの看板アーティストだ。そんな彼が10代〜20代の多感な時期に影響されたであろうロックの精神は即興のソロピアノで紡がれる今作にも反映されている。

ともすれば理論に傾倒し説明的で難しくなりがちなジャズという音楽の分野において、彼のピアノはより直感的で聴く人間が感動するツボを抑えているが、それはおそらく彼自身がこれまでに聴いて心を揺り動かされた音楽から感じた情景を大切にしている何よりの証拠のように思う。特に今作はたった一人で演奏するソロピアノだ。他人の感性を一切介さないソロでの演奏ではその演奏者個人の人生観や本質が現れる。この作品は間違いなく、トヌー・ナイソーという優れたピアニスト個人の人生の極めて生々しい記録だ。

私は人間が好きだ。人間がやることが好きだ。そして他者との関係の中で思い悩んだり喜んだり興奮したりし、その結果吐き出される言動や行動が好きだ。
この地球上には多様な言語が存在するために、異なる文化で育った人間同士の意思疎通は難しいけれど、それでも音楽は間違いなく世界共通の言語だ。そして、私は個人の人生をうまく音楽で言語化できるアーティストが大好きだ。
異なる文化圏にありながら、同じ時代に生きる人間同士の音楽を通じたコミュニケーションほど素晴らしいものはないと思う。

トヌー・ナイソーの新作はそうした意味で大きな価値を感じる作品だった。

Tõnu Naissoo – piano

Tõnu Naissoo - The Process of Creation
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