オメル・クライン新譜はコロナ禍で見つめ直した内省的作品
イスラエルのピアニスト/作曲家オメル・クライン(Omer Klein )の新譜『Personal Belongings』は、その名の通り彼自身の個人的な体験にインスパイアされた内省的な楽曲集で、ローカルな文化に強く影響された美しい演奏が強烈な印象を残す。曲によってソロだったりトリオだったりと変化するが、持ち前の粒立ちが良く明るいピアノのタッチ、中東地域の音階が随所に現れる驚くような即興演奏の個性が際立っていて、繰り返し鑑賞したくなる素晴らしい音楽になっている。
収録曲は研ぎ澄まされたソロ演奏の6曲、そしてベースにハガイ・コーエン・ミロ(Haggai Cohen Milo)、ドラムスにアミール・ブレスラー(Amir Bresler)というイスラエルジャズを牽引する演者を招いたトリオ演奏が4曲という内訳。
妻自身や、その親密な関係にインスパイアされた(6)「Sun Girl」に(3)「The Magnets」、無邪気な彼の子どもたちに捧げられた(4)「The Flower and the Seed」など個人的なテーマにしては哲学的な考察も感じさせる演奏は、ユダヤの典礼詩人に因んで名付けられた(9)「Najara」に見られるように文学や詩を愛する彼ならではの表現なのだろう。
(5)「Good Hands」は1940年代に北アフリカからイスラエルに移住してきたオメル・クラインの祖父母にインスパイアされた曲で、アフリカ音楽を思わせる下降型のフレーズが印象的だ。タイトルは美味しい料理をつくる彼らの“手”と、音楽を紡ぎ出すピアニストの手を重ね合わせている。
この極めて個人的な旅の最後は「What a Wonderful World」で締め括られる。
振り返ってみれば西暦2020年という年は現代に生きる人々が未知のウイルスによる世界的なパンデミックに怯えただけでなく、BlackLivesMatter運動に象徴されるように人々の分断と団結が世界規模でかつてなく進行した激動の一年だった。
かつてルイ・アームストロングは「What a Wonderful World」という曲の歌詞で、緑豊かな木々や道端に咲く花々、何事もなく青い空と雲、行き交う人々が交わす挨拶、泣きじゃくる赤ん坊といった当たり前の日常を「なんて素晴らしい世界なんだ」と感傷的に歌った。
かつて当たり前だったことが失われたことで、初めてその価値に気付く人も多い。
ピアノの鍵盤ひとつひとつの感触を確かめながら絞り出すように音を紡いでいくオメル・クラインの姿は、新しい時代の中で失われたものと、今もまだ残る大切なものを静かに問いかける。
Omer Klein – piano
Haggai Cohen Milo – bass
Amir Bresler – drums