チャップマン・スティック奏者トマス・メルロの技巧派フュージョン
スペインのチャップマン・スティック奏者トマス・メルロ(Tomás Merlo)のグループ名義として初のアルバム『Crisis』(2021年)。
よほどの楽器好きでなければ、彼が弾く「チャップマン・スティック」という楽器の存在自体を知らないかも知れない。この楽器は1970年頃に米国のエメット・チャップマンによって発明されたもので、エレキギターに似た形状の弦楽器だが、両手でのタッピング奏法を基本としており主に左手が担うベースと、右手が担うギターのサウンドを同時に発音することができる。この楽器は自身がギタリストであったエメットによるタッピング奏法の探求の大いなる成果で、8弦、10弦、12弦がラインナップされており世界中にコアなファンを持つ。
今作はキーボードのホルヘ・ベラ・アギレラ(Jorge Vera Aguilera)、ドラムスのミゲル・ラマス(Miguel Lamas)とのトリオ編成を基本としているが、チャップマン・スティックのピアノ並みの発音数によりとても3人だけの演奏には聴こえないサウンドの厚みを持つ。
収録曲は2曲を除きトマス・メルロのオリジナル。
(1)「Crisis」、(2)「Pacman」など、往年のフュージョンやジャズの影響の色濃いサウンドが特徴的で、技巧的ながら親しみやすい楽曲群は訴求力も抜群。チャップマン・スティックという最大のアピールポイントを差し引いたとしても充分に楽しめる作品だ。
カヴァー曲は2曲が収録されている。
まず最初の(5)「Protocosmos」はアラン・パスクァ(Alan Pasqua)作曲で、アラン・ホールズワースやトニー・ウィリアムスと共に演奏したアルバム『Lifetime』に収録されていたもの。
もうひとつの(9)「Continuum」はベーシスト、ジャコ・パストリアス(Jaco Pastorius)を代表する名曲で、今作ではゲスト参加のペパ・ニエブラ(Pepa Niebla)によるヴォーカルがフィーチュアされている。
Tomás Merlo プロフィール
トマス・メルロはスペインの首都マドリッドを拠点に活動している。叔父ビクトル・メルロ(Víctor Merlo)もプロのベーシストで、幼い頃よりジャズなどの音楽に触れて育った。トマスもプロとして活動を始めた当初は主にエレクトリック・ベースやコントラバスを演奏したくさんのジャズアーティストと共演したりポップスのバック奏者を務めていたという。
音楽的な影響はアラン・ホールズワース(Allan Holdsworth)、ウェザー・レポート(Weather Report)、キング・クリムゾン(King Crimson)など。
Tomás Merlo – Chapman Stick
Jorge Vera Aguilera – keyboards, Fender Rhodes
Miguel Lamas – drums
Pepa Niebla – vocals (9)