ブラジルとジャズを繋ぐ奇跡の歌姫フローラ・プリム、17年ぶりの新作『If You Will』

Flora Purim - If You Will

歌姫フローラ・プリム、その数奇な巡り合わせ

運命の巡り合わせとは、本当に奇妙なものだ。2022年4月27日付のThe New York Timesの記事で、こんなエピソードが記されていた。

かつてマイルス・デイビスのコンサートの客席に、フローラ・プリムは一人で座っていた。ジャニス・ジョプリンが彼女の隣の席に座り、そこで友情が芽生えた。
ニュージャージーに引っ越したとき、彼女はジョアン・ジルベルトの隣人になったことを知った。ジョアンは彼女を家に招き、卓球で彼女を打ち負かした。
1965年、ブラジルのサンパウロにあるジョアン・セバスティアン・バーで、プリムはサンバランソ・トリオというバンドのシンガーに抜擢され、ドラムスには後の夫アイアート・モレイラがいた。
彼女の人生において、偶然は大きな役割を果たしたといえる。

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おそらく、多くの人がチック・コリア(Chick Corea, 1941 – 2021)のプロジェクト『Return to Forever』(1972)でフローラ・プリムの名を初めて知ったことだろう。フルートのジョー・ファレル(Joe Farrell)、ベースのスタンリー・クラーク(Stanley Clarke)の米国人の名手2人とともにバンドに参加したブラジル人夫妻の奏でる音は、それまでの音楽にはない極めて際立った特徴をこのバンドに与えていた。ヴォーカルのフローラ・プリム、ドラムス/パーカッションのアイアート・モレイラ(Airto Moreira)がいなければ、かの名曲「La Fiesta」も「Spain」も生まれていなかったかもしれないし、ブラジルの伝統的な音楽にも多くの人が目を向けなかったかもしれない。

フローラ・プリム、17年ぶりの新譜

フローラ・プリム(Flora Purim)の歌声がまた聴けるというのも、気づかないうちに訪れている些細なチャンスを確実に捉え続けてきた彼女だからこそ成せる業なのかもしれない。

3月に80歳になったばかりのフローラ・プリムの2022年新譜『If You Will』

前作『Flora’s Song』から実に17年ぶり。驚くことに、歌も楽曲も全く翳りや衰えは感じられず、変わらずに“フローラ・プリム”としか言い表せない世界観が表現されている。

フローラとジョージ・デューク(George Duke)共作の(1)「If You Will」には娘のダイアナ・プリム(Diana Purim)がヴォーカルで参加、もちろん夫アイアートのパーカッションも鳴り響く。70年代の彼女の作品にあったキャッチーで心のままに踊れるジャズサンバだ。これはジュージ・デューク版よりもずっと良い。

(2)「This Is Me」

フローラのメインヴォーカルが聴けるのは(2)「This Is Me」からで、これはダイアナ・プリムとその夫クリシュナ・ブッカー(Krishna Booker…ウォルター・ブッカーの息子で、ウェイン・ショーターの甥)とフローラの共作。

Return to Forever時代の名盤『Light As a Feather』に収録されていた名曲(3)「500 Miles High」の再録も嬉しい。

(3)「500 Miles High」

(7)「Zahuroo」では夫アイアートによるお馴染みの野生的でミステリアスなヴォイスも聴こえる…
(8)「Dois + Dois = Três」は曲のテンプレートは珍しく典型的なブルースだが、やはりフローラの声はどういうわけか8割くらいのブラジルの風を吹き込む……とても不思議だ。

今この時代にフローラ・プリムの元気な歌声が聴けるということ自体が奇跡のように思えてならない。
本作はこの60年の間にジャズに惹かれ、フュージョンに夢中になり、さらにブラジル音楽の底知れぬ魅力を知った全ての人に届けたい稀有なアルバムだ。

Flora Purim 生い立ち

フローラ・プリム(ブラジル風に「フローラ・プリン」と表記されることも多い)は1942年ブラジル・リオデジャネイロ生まれ。両親はともにユダヤ系の音楽家で、父親ナウム・プリム(Naum Purim, 1907 – 1984)はウクライナ生まれのヴァイオリニスト、母親レイチェル・ヴァイスバーグ(Rachel Vaisberg)はピアニストだった。母レイチェルはクラシックのほかにジャズも好んでおり、彼女が聴くダイナ・ワシントンやビリー・ホリデイ、ビル・エヴァンス、オスカー・ピーターソンなどがフローラにとって初めて触れたジャズだったという。

1968年に渡米後はスタン・ゲッツに抜擢されてヨーロッパを巡演したり、デューク・ピアソンやギル・エヴァンスのバンドでも活躍。1972年にチック・コリアのリターン・トゥ・フォーエヴァーに夫のアイアート・モレイラと参加し人気を博した。

リターン・トゥ・フォーエヴァー脱退後は夫と活動の多くを共にし、数多くのリーダー作を発表。ミシェル・コロンビエやハービー・ハンコック、ジャコ・パストリアスら超豪華メンバーが集った大傑作『Everyday, Everynight』などを残している。

アイアート・モレイラとの間に生まれた娘ダイアナ・プリムは、両親との生活について「ジプシーのように世界を旅する道で育った」と語っている。

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