絶滅に瀕する言語で歌うマレーシアの歌姫、アレナ・ムラン
マレーシア・サラワク州クチン出身のSSW/サペ奏者のアレナ・ムラン(Alena Murang)が台湾のレーベルから新譜『Sky Songs』をリリースした。彼女のルーツであるボルネオ島の先住民族ケラビット族らの伝統にインスパイアされた物語をサペの温かな音色に乗せて歌う、聴きやすく素晴らしい作品に仕上がっている。
今作にはケラビット語の曲が4曲、ケニャ語の曲が1曲、初めて収録される英語曲が1曲、そしてインストゥルメンタル2曲を収録。2016年のデビュー作『Flight』と比較すると、今作はロックなどの西洋的なサウンドの比重が大きくなり、サウンド面でもビジュアル面でも洗練を見せる。地理的にも近く、文化的な繋がりも深いケラビット族とケニャ族だが、言語はまったく違い、そしてどちらもマレー語や英語が広く使われている現在のマレーシアでは絶滅の危機に瀕する言語だ。
楽曲はいずれもどこか神話的な印象を与える。移住に適した時期を雲の動きから読む歌(2)「We Watched the Clouds」、祈るような歌を自然な変拍子を交え語る(3)「Maya’」、雷と月の嘆きの歌(5)「Thunder & the Moon」など、伝統的な価値観と現代的な感覚が混在する様は面白い。
エレクトリック・ギターのサウンドも勇敢な器楽曲(4)「Warrior Spirit」はボルネオの熱帯雨林のかつての戦士たちが戦いの朝、朝霧が立ち込める山の空を見上げ、心を鎮める様子を表したサペの伝統的な曲をベースにしており、MVの映像も美しい。
ボルネオの伝統文化を現代世界に伝える新世代の語り部、Alena Murang
アレナ・ムランはボルネオ島の先住民族ケラビット人の父と、イギリス系イタリア人の母の間に1989年に生まれ、幼少時からさまざまな文化や環境に親しんできた。2000年頃に従姉妹たちとともにサラワクの伝統楽器サペを手に取り、ダンサーとサペ奏者のグループ「Anak Adi’ Rurum Kelabit」の一員として音楽活動を開始。サペは伝統的に男性の楽器だったため、指導したサペの巨匠マシュー・ンガウにとっても彼女らが最初の女性の教え子となった。
20代になるとケラビットの伝統をサペとともに世界に広めたいという想いのもと、ロックやフォークミュージックからの音楽的影響も取り入れながら、何世紀にもわたる祖先たちの物語を歌に乗せて伝え始めた。
2016年にデビューEP『Flight』をリリース。ケラビット族やケニャ族の伝統的な音楽を高音質で録音したものは希少だったため、文化的にも高く評価された。
その後は太平洋の島々を音楽と歌という観点で繋いだ壮大なプロジェクト、映画『大海原のソングライン』にも出演したり、世界中のさまざまな音楽フェスに広く出演。2021年3月にはサラワク州政府から特別認定賞「Pengiktirafan Khas」を授与されるなど、マレーシアの伝統的な音楽文化復興の担い手として注目されている。