イスラエル出身ピアニスト、エヤル・ラヴェットの4th
イスラエル出身、現在はデンマークを拠点に活動するピアニスト/作曲家エヤル・ラヴェット(Eyal Lovett)の4thアルバム『Through the Rain』。感傷を運ぶ媒体としての音楽の役割を最高のレベルで体現した、アーティストの感性と表現力がリスナーの想像力を強く刺激する傑作だ。
音楽家としての最初の歩みを故郷イスラエルから遠いベルリンで開始し、現在も北欧に住む彼の楽曲と演奏は非常にヨーロッパ的・北欧的だが、同時にイスラエルの文化からの影響も色濃く、故郷への強い想いが窺える。エヤル・ラヴェットは、彼自身がこれまでに住んできたイスラエル、米国、ドイツ、デンマークそのいずれにも自分の居場所はないと感じていると語る。
今作の根本的なテーマは人の移動・移住であり、それの原因やそれによってもたらされる効果を描く。
たとえば(6)「A Lost World」は作家シュテファン・ツヴァイク(Stefan Zweig, 1881 – 1942)の人生に触発されている。ツヴァイクはオーストリア生まれのユダヤ人で、多くの伝記文学と短編、戯曲を著し人気となったが、ナチスの台頭により故郷を追われイギリス、ブラジルと移り住み、最後はブラジルで出版社に原稿を手渡したあと、妻と一緒に自殺を選んだ。彼は、もう自分の居場所は世界中のどこにもなかったと感じていたのだ。
エヤル・ラヴェットは(5)「Don’t Lie」で、常に正直であれ、と諭す。歴史の主旋律と対旋律はあらゆる種類の物語を語りドラマチックに展開するが、それらが辿り着く答えは常に「嘘をつくな、正直であれ」に帰結する。小賢しい人類が生んだ最大の欠点と無駄が、“嘘をつくこと”なのだ。
カナダのユダヤ系シンガーソングライター、レナード・コーエン(Leonard Cohen, 1934 – 2016)の詩に触発された(7)「Teach Me About Leaves」も、エヤル・ラヴェットの思想家としての内面がよく表された作品だ。これは木の棒や葉、小石などあらゆる種類の“ガラクタ”を集めたがる子供の純粋さに触発された楽曲だというが、楽曲は大げさに感傷的で悲観的な方向に盛り上がり、世界の残酷さを暗示する。
(3)「Ata Mitorer」はイスラエルの女性SSWロナ・ケナン(Rona Kenan)の楽曲のカヴァー。エンディングにはアントニオ・カルロス・ジョビン(Antonio Carlos Jobim)の名曲「Felicidade」の冒頭部分、“悲しみには終わりがないが、幸せには終わりがある(Tristeza não tem fim, Felicidade sim)”の旋律が象徴的に引用されている。
(10)「Florentin」は彼のファーストアルバム『Let Go』(2013年)にも収録されていた楽曲の再演。フロレンティンはテルアビブ南部のヤッファに近い地区で、彼が妻と出会い、住んでいた場所でもある。複雑なリズムを持つこの楽曲はボヘミアンなライフスタイルを好む多くの芸術家が住み、ユダヤ人やアラブ人が共存する地域を象徴的に描き出している。
Eyal Lovett プロフィール
イスラエルの音楽一家に生まれたエヤル・ラヴェットは10歳の頃にクラシックのピアノを学び始めた。16歳の頃にベースを始め、ポップス、ロック、ジャズの世界に足を踏み入れ、そのことが彼をピアノに戻し、ミュージシャンとして生きていく決意をさせた。テルアビブやNYのニュースクールでジャズを学び、アミット・ゴラン(Amit Golan)やオムリ・モール(Omri Mor)といった優れた音楽家に師事。
ニュースクール卒業後はドイツのベルリンに居を構え、2013年に自身のトリオを結成。ジャズとクラシック、イスラエルの曲とイディッシュの民間伝承を融合させたデビュー作『Let Go』や、ギタリストのギラッド・ヘクセルマン(Gilad Hekselman)をフィーチュアした『Tales From a Forbidden Land』(2016年)などの作品は高く評価されている。
エヤル・ラヴェットの4枚目のアルバムとなる今作のメンバーは、トリオ結成時からのドラマーでオーストラリア出身・ベルリン在住のエイダン・ロウ(Aidan Lowe)、そして今作がトリオ初参加のチェコ出身・デンマーク在住ベーシストのヤン・セドラック(Jan Sedlák)という布陣で演奏されている。
Eyal Lovett – piano
Jan Sedlák – double bass
Aidan Lowe – drums