エミリオ・テウバル、アルゼンチンの伝統を宿した豊かなジャズ
スペイン生まれ、アルゼンチン育ちのピアニスト/作曲家エミリオ・テウバル(Emilio Teubal)の新作『Futuro』がリリースされた。ニューヨーク・ブルックリンを拠点に活動する彼だが、バンドリーダーとしては6枚目の作品となる今作も、南米らしい豊かな知性と感性を失わない素晴らしい作品に仕上がっている。
(1)「Futuro」から慈愛に満ちた珠玉のアルゼンチン・ジャズが展開される。クラリネットやガットギターの音色も特徴的な室内楽的ジャズで、複雑ながら聴きやすく(つまり何度も繰り返し聴けて飽きにくく)、優しい感情に包まれたアンサンブルだ。ほとんどはエミリオ・テウバルのオリジナル曲で、(9)「Blackbird」のみ、複雑だが素敵すぎるアレンジが施されたビートルズの名曲のカヴァーである(Blackbirdのカヴァーは世界中に数多くあるが、多くが原曲のコード進行などのニュアンスを残していることに対し、このような斬新なアレンジは稀であろう)。
ベースにパブロ・ラノゲレ(Pablo Lanouguere)、ドラムスにクリス・マイケル(Chris Michael)という布陣のトリオを軸に、数曲でナイロン弦ギターのフェデ・ディアス(Fede Diaz)やヴィブラフォンのクリス・ディングマン(Chris Dingman)、クラリネットのサム・サディグルスキー(Sam Sadigursky)、パーカッションのブライアン・シャンカール・アドラー(Brian Shankar Adler)といった多様なゲストが参加。
アルバムはNYのスタジオで2021年末に録音され、ロックダウン中の彼の経験や、父親を亡くした悲しみを映している。タイトルの「Futuro(未来)」には、この期間に彼が感じたすべての感情が込められている。それはより具体的には、『マッドマックス』や『ブレードランナー』といった近未来のディストピアを描いた映画の世界に自らが訪れたような感覚だという。
美しさは本作の第一印象だが、確かにそのテーマを知るとより“困惑”や“混乱”といった感情も滲むように感じる。そしてその混沌とした色彩の中には、どういうわけか子どものように無邪気な“好奇心”も幾分混ざっているのだ。どことなくミステリアスな展開の(5)「Tokyo Trenque」など、エミリオ・テウバルという音楽家の一言では言い表すことの難しい複雑で豊かな魅力がよく表れているように思う。
ラストの(10)「Los Ultimos Seran los Primeros」は“最後が最初になる”という哲学的なタイトルだが、これは亡き父へのオマージュである。
Emilio Teubal プロフィール
エミリオ・テウバルは1976年、スペイン・マドリッド生まれ。当時、両親は独裁政権下のアルゼンチンから亡命中だった。スペインで1年間を過ごした後、家族全員でメキシコシティに移り、そこで5年間を過ごす。1984年、アルゼンチンで民主主義が復活すると、家族はアルゼンチンのブエノスアイレスに戻った。テウバルは9歳でピアノを弾き始め、国立音楽院で作曲、編曲、オーケストレーションを学び、ブエノスアイレスのタンゴとジャズのシーンで活動を開始。1999年に音楽の勉強を続けるためにアメリカ合衆国に移り、ニューヨーク市立大学を優等で卒業。以降同市を拠点に活動を続けている。
いくつかの専門メディアによって2013年のベスト・ジャズ・アルバムに選出された『Música Para Un Dragon Dormido』、2018年にラテン・グラミー賞を受賞したペドロ・ジラウドのアルバム『Vigor Tanguero』への参加など、これまでに数多くの受賞歴を誇るが、2022年には日本の芸術コンクール、第1回伊勢志摩国際大衆音楽作曲コンクールでも優勝を果たしている。
Emilio Teubal – piano
Pablo Lanouguere – bass
Chris Michael – drums
Guests :
Brian Shankar Adler – drums, percussion
Fede Diaz – guitar
Sam Sadigursky – clarinet
Chris Dingman – vibraphone