アルトサックス奏者レイクシア・ベンジャミン新譜『Phoenix』
ニューヨークのサックス奏者、レイクシア・ベンジャミン(Lakecia Benjamin)の2023年1月リリースの新譜『Phoenix』。プロデューサーにテリ・リン・キャリントン(Terri Lyne Carrington)を迎え、さらにジョージア・アン・マルドロウ(Georgia Anne Muldrow)やダイアン・リーヴス(Dianne Reeves)といったゲストも参加した渾身の作品だ。
アルバムタイトルのフェニックス、つまり不死鳥には重い意味が込められている。
2021年9月、クリーブランドでのライヴを終え、車で自宅に戻る途中のレイクシア・ベンジャミンを悲劇が襲った。
ハイウェイから滑り落ちた彼女の車は樹林帯に衝突、そして排水溝に転落し、彼女は顎や鎖骨、肩甲骨を骨折する負傷を負ってしまったのだ。2020年にアルバムを発表した、ジョン・コルトレーンとアリス・コルトレーンの芸術を紐解くプロジェクト『Pursuance』が軌道に乗ってきた矢先のタイミングの事故で、彼女は音楽家としての死さえも覚悟したという。
だが、そこから僅か2週間でレイクシア・ベンジャミンはピッツバーグでのジャズ・フェスティヴァルに姿を見せ、顎を骨折した状態で演奏をやってのける。演奏中はコルトレーン夫妻からのたくさんの力を感じたと語っており、彼女はその数週間後には1ヶ月におよぶヨーロッパ・ツアーにも出かけている。
これらの体験が、“ストーリーや動機のないプロジェクトはやらない”と断言する彼女の新しいプロジェクト『Phoenix』となった。
(1)「Amerikkan Skin」の冒頭には緊急車両のサイレンや銃声といった騒々しいサンプリングが収められているが、その混沌としているようでベースの部分は変化しない構成の音楽は彼女の強い意志を表すと同時にジャズという音楽の現代的な側面を強調する。冒頭のサウンド・エフェクトはアメリカ合衆国の黒人や下層階級の人々が人生で一度は経験するであろう“その音”だ。そうした特別な意味を持つ音を音楽に組み込むことで、彼女は過去からの学びと未来へ託す想いを預けている。
聴き進めると、この作品は“ジャズ”というジャンルに到底収まるような作品ではないことがすぐに明らかになる。苦しみも喜びも全て含め、自らの経験や史実を次の世代へ伝え、彼らが正しい道を歩むように諭す。未来への希望を持つことの大切さを訴えかける。咆哮するアルトサックスからは、そんな強靭な意志がひしひしと伝わってくるのだ。
レイクシア・ベンジャミンが音楽に力強く込めた想いは、アルバムの終盤にかけてさらにその魔力を強くする。
ジョン&アリス・コルトレーンへの変わらぬ敬意は(10)「Trane」でもっとも濃密に表れている。
続く(11)「Supernova」ではジャズ・サックスのレジェンド、ウェイン・ショーター(Wayne Shorter, 1933 – 2023)による語りが収録されている。(12)「Basquiat」は新表現主義を代表する画家バスキア(Jean-Michel Basquiat, 1960 – 1988)へ手向けるインスピレーションの塊のような演奏だ。
Lakecia Benjamin – saxophone, vocals, synths, sound design
Victor Gould – piano, organ, Rhodes
EJ Strickland – drums
Ivan Taylor – double bass, electric bass
Josh Evans – trumpet (1, 2, 3, 8, 12, 13)
Wallace Roney Jr – trumpet (7)
Anastassiya Petrova – Rhodes, organ (5)
Orange Rodriguez – synths (1, 3)
Nêgah Santos – percussion (5)
Jahmal Nichols – double bass (2)
Josée Klein, Laura Epling – violin (4)
Nicole Neely – viola (4)
Cremaine Booker – cello (4)
Special Guests :
Georgia Anne Muldrow – vocals, synths (3)
Patrice Rushen – piano (5)
Dianne Reeves – vocals (4)
Sonia Sanchez – poet (6, 7)
Angela Davis – spoken word (1, 13)
Wayne Shorter – spoken word (11)