超現実世界へと最初の一歩を踏み入れたピアノトリオ
ジャケット絵に驚いて聴かずにスルーしてしまうのはあまりに勿体ない。
これはフィンランドの現代ジャズシーンを代表するピアニスト、アキ・リッサネン(Aki Rissanen)の2023年新譜『Hyperreal』。同郷トランペット奏者ヴェルネリ・ポーヨラ(Verneri Pohjola)と、トルコ出身ドラマーのロバート・メメット・イキズ(Robert Mehmet Ikiz)を迎えた今作で、知的で情熱的なサウンドスケープを繰り広げる。
タイトルのHyperrealとは「超現実」。これは変化についての作品で、意識すること、刷新すること、そして手放すことの重要性を認識させるものだ、とアキ・リッサネンは記している。この現実世界が、AIが生み出す仮想現実世界に急速に変容していくことに気づき、適応し、現実と非現実の区別をつけなければならないと諭す。そして私が思うに、このトリオが演奏する音楽は既にそうした超現実世界へと足を踏み入れている。
2021年から翌年にかけてフランスに住み、オープンマインドな環境の中で過ごしたアキ・リッサネンは、何か新しいこと、未知なことに取り組むべきだと考えた。彼が起こしたアクションは北欧のジャズ、中東音楽のリズム、実験的なサウンドアート、ポップを組み合わせた音楽を作ることだった。今作ではシンセサイザーが多用され、彼のこれまでの作品以上にポップになった印象を受ける。(3)「Quantum Ballad」などは象徴的で、スウェーデンの伝説的バンド e.s.t.(Esbjorn Svensson Trio) のサウンドを思わせるリズムやシンセが特徴的で21世紀以降の北欧の現代ジャズの流れを加速させる楽曲となっている。
以前にアキ・リッサネンとそれぞれデュオを組んだことのあるトランペットのヴェルネリ・ポーヨラとドラムスのロバート・イキズとのトリオは、こうしたアイディアを実現するために自然と生まれた。ベースレスのトリオ編成は今作では足し算も引き算も必要ない最適な編成だったと感じられる。
今作はフィンランド・ジャズとして初めてマルチチャンネルのDolby Atmos と Apple Spatial formats に対応している。
Aki Rissanen プロフィール
アキ・リッサネンは1980年フィンランド・クオピオ生まれのピアニスト/作曲家。
1990年から地元の音楽院でクラシックピアノのレッスンを受け、その後2000年から2002年までヘルシンキ工科大学でジャズと教育を学んだ。2005年から2006年までパリ国立高等音楽院で学び、2009年にヘルシンキのシベリウス音楽院でジャズピアノと作曲の修士号を取得している。
2004年にはスイスのモントルー・ジャズ・フェスティバルのソロピアノ・コンクールで2位入賞。
2007年にソロピアノ作『La Lumière Noire』でデビュー。以降は自身が率いるピアノトリオの現代的な構成力や演奏が評判を呼び、フィンランドを代表するピアニストとして知られるようになった。2016年作『Amorandom』はフィンランドの権威ある音楽アワード、Emma賞でベスト・ジャズ・アルバムに輝いている。
Aki Rissanen – keyboards, piano
Verneri Pohjola – trumpet
Robert Ikiz – drums