アフロブラジル音楽の大マエストロが人生の折り返し地点を過ぎてから初リリースした傑作ソロアルバム『Dança do tempo(時間の踊り)』

 Ubiratan Marques(ウビラタン・マルケス|Bira Marques ビラ・マルケスという名前でも知られる):バイーア州サルヴァドール出身のピアニスト、作曲家、アレンジャー、指揮者。


 ウビラタン・マルケスという名前に、ピンと来る人は少ないかもしれない。ウビラタン・マルケスは、2009年に結成されたOrquestra Afrosinfônica(オルケストラ・アフロシンフォニカ|「afrosinfônica」は、「アフロ」と「シンフォニー」を組み合わせたウビラタンによる造語|昨年アルバムがディスクユニオンより国内盤CD化された)の設立者であり、多くの教育的プロジェクトを他にも行ってきた大マエストロだ。彼のその人生の歩みについては、本文後半のプロフィールに譲りたいが、年齢的に、人生の折り返し地点(※)を過ぎた大マエストロが、まさか初のソロアルバムをリリースした(※生年月日を公表した資料は掴めなかったが、1986年にバイーア連邦大学に入学しているので現在、50代後半だと思われる)。

 タイトルは『Dança do tempo(時間の踊り)』。アフロ・バイーアの伝統や、ジャズからの影響、そして少々のポップスやセルタネージョ音楽からの影響が凝縮された、ディープながらも聴きやすい、器楽だけでなく歌も中心の傑作アルバムになっている。円熟しているが、現代的でもある。

 ウビラタン・マルケスは、2018年以来、若者に圧倒的に支持されているバイーア出身のバンド「BaianaSystem(バイアーナシステム)」のメンバー(鍵盤担当)でもあるが、本作は、バイアーナシステムのレーベル「Máquina de Louco」からリリースされ、芸術監督(direção artística)は、バイアーナシステムのヴォーカルであるRusso Passapusso(フッソ・パサプッソ)が務めた。アルバム全編に現代的な風通しの良さがある。アフロブラジル音楽のとんでもない伝統を背負った音楽ながら、同時に、日常的にも聴きやすい軽やかさがある。強烈にインパクトのあるアートワークにも、「Máquina de Louco」らしさがある。

 本作を「Máquina de Louco」レーベルからリリースしたリリースした理由について、バイアーナシステムのメンバーであるRoberto Barreto(ホベルト・バヘット)はこう答えている。


 ウビラタン・マルケスは、ブラジルの様々ば音楽の要素を彼の独特なやり方で結びつけてきました。このアルバムでは、彼なシンフォニー、ポップミュージック、ジャズの要素を使って、彼が作曲と編曲で発展させてきたメロディーやリズムのパターンを構築しています。そこには、彼のピアノの弾き方が直接的に反映されています。レーベル「Máquina de Louco」にとっては、このアルバムを今リリースすることは、2020年に同じく本レーベルからリリースしたOrquestra Afrosinfônicaのアルバム『Orín, a Língua dos Anjos』の意味を完成させ、ユニバーサルな(宇宙的な / 普遍的な)バイーアの魅力を伝える音楽家の作品と繋がりたりたいという本レーベルの本望を叶えるものなのです。

 

 Lourenço Rebetez(ロウレンソ・ヘベッチス)の『O CORPO DE DENTRO(オ・コルポ・ヂ・デントロ)』が2017年に日本で、衝撃を持って広範囲に受け入れられたように、本作が多くの人に聴かれることを期待しつつ、全8曲の収録曲を紹介したい。

 ウビラタンは、全編エレピを演奏しているが、主要なサポートメンバーは、ソプラノサックス=Rowney Scott、パーカッション=Reinaldo Boaventura、コントラバス= Alexandre Vieira、女性Vo=Tâmara Pessôa という実力者たちである。


『Dança do Tempo』は、とてもいいタイミングで、たくさんの物語とともにやってきてくれました。それは、私の人生、経験であり、音楽というものはそれぞれの人生であり、音を通じて意識の発展させるものです。音楽は、雨のようなもので、それがある場所で形を成します。ブラジルでは、テヘイロ(カンドンブレの祭儀場)によって守られ、導かれています。なぜなら、アフリカ系の音楽は、ブラジル音楽の三本柱の1つだからです。心の中での旅と、実際にアンゴラとナミビアに行った旅の経験。心の内外の旅から得たものがたくさんあります。

 事実として、私はすでに人生の折り返し地点を過ぎています。私はこれから行こうとしている場所も、私がたどり着いたこの場所も、どちらも好きです。芸術に関連して一緒に過ごしてきた人々との関係において、特に、そうです。

 この芸術に、この人々に、そして私が生きている今のこの場所にとても満足しています。過去や未来と混ざり合うこの現在、何が現在で何が過去で何が未来なのか、もはやわからないこのサイクル、しかしそれこそが私たちであり、私が信じているものなのです。それが「Dança do tempo(時間の踊り)」なのです。

ウビラタン・マルケス

 

(1)Uma mulher, uma homem e uma casa (Ubiratan Marques) | Participação especial Maria Helena de Souza

 タイトルは「女と男と家」の意。楽曲の終盤に、Maria Helena de Souza が、子守唄のような歌声を聴かせる。

(2) Carolina (Ubiratan Marques) | Participação especial Toninho Horta / gentilmente cedido pela Terra dos Pássaros

 タイトルの「Carolina」は、ウビラタンの祖母の「Santo Guiomar Carolina」のこと。意外な人選で、ミナス派「クルビ・ダ・エスキーナ」を代表するギタリスト、トニーニョ・オルタ(Toninho Horta)がゲストで迎えられているが、ビデオ映像からリモート参加ではなく、同じスタジオで一緒に演奏したことがわかる。

(3)Obi Orobô (Ubiratan Marques)|LYRIC VIDEO

 「Obi」 と 「Orobó」 は、カンドンブレ(アフリカ系の宗教を基礎にしたブラジルの民間信仰。中心地はバイーア州およびリオデジャネイロ州)の儀式で使われる 2つの種子。ウビラタンの母と祖母に捧げられた曲。アルバムのリリースに先駆けて公開され、11月現在収録曲中唯一、上記のように美しいリリックビデオが制作されている。

(4) Ibejis (Ubiratan Marques)

 イントロで子どもたちの声が入るが、ウビラタンの双子の息子の誕生を祝福した楽曲。オルケスタ・アフロシンフォーニカの2015年の1stアルバム『Branco』にも収録されていた。

(5)Dança do tempo “Lodô Inâ” (Ubiratan Marques)

 本作のアルバム・タイトル曲。

(6)Ancestrais(Ubiratan Marques)

 タイトルの意味は「先祖」。こちらも先祖へ捧げられた楽曲だ。

(7)Orín (Ubiratan Marques e Mateus Aleluia) | Participação especial Mateus Aleluia

 オルケスタ・アフロシンフォーニカの2020年の2ndアルバムのタイトルにもなった楽曲。バイーアの盟友マテウス・アレルイア(Mateus Aleluia|元Os Tincoãs)との共作曲。

(8)Alma de flores (Ubiratan Marques)

 タイトルは「花の魂」の意。楽曲の冒頭、ウビラタンの内陸出身の祖母へのオマージュを込めて、ルイス・ゴンザーガ(Luis Gonzaga)の音楽を彷彿させるサンフォーナの音色から始まる。

Ubiratan Marques(ウビラタン・マルケス)プロフィール

 バイーア州サルヴァドール出身のピアニスト、作曲家、アレンジャー、指揮者。

 1983年から独学で音楽の勉強を始め、1986年にサルヴァドールのバイーア連邦大学に入学。作曲をErnest Widmer、Lindenberg Cardoso、Agnaldo Ribeiroに師事した。1994年からは、サンパウロのトム・ジョビン音楽自由大学(Universidade Livre de Música Tom Jobim)で、器楽、オーケストレーション、編曲、ポピュラーピアノを、Roberto Faria、Cyro Pereira、Hans-Joachim Koellreutterらに師事。

 1998年から、トム・ジョビン音楽自由大学で教鞭をとり、サルヴァドールに戻るまでの10年の間に、現代音楽センター(Núcleo Moderno de Música) を設立し、約500人のプロフェッショナルの育成を支援した。これの経験を活かし、2009年に、バイーア州サルヴァドールで、Orquestra Afrosinfônica(オルケストラ・アフロシンフォニカ)を結成した。

 同じくサンパウロで、2000年代に、プロジェクト・グリ(Projeto Guri)と共同で、ズンビ・ドス・パルマレス・オーケストラ(Orquestra Zumbi dos Palmares)を設立し、このオーケストラは黒人文化に関する音楽を中心に演奏し、ウビラタンは8歳から18歳までの若者たちを指揮しました。バイーア州カマサリの市立学校の若者に管弦楽器を教えるという形で活かされ、ブラジリアン・ポピュラー・シンフォニー・オーケストラを結成、指揮した。

 ウビラタンは、オルケストラ・アフロシンフォニカと、ブラジリアン・ポピュラー・シンフォニー・オーケストラの指揮を続けている。オルケストラ・アフロシンフォニカとして、『Branco』(2015年)、『ORIN, a Língua dos Anjos』(2020年)という2枚のアルバムをリリース、後者は2021年ラテン・グラミー賞にノミネートされた。また2020年には、ケゾ・ノゲイラ(Kezo Nogueira)との連名でのインストアルバム『Kronos』をリリースしている。2018年から 世界的に人気のあるサルヴァドールのグループ「BaianaSystem」に加入。

 また、1986年に結成されたアシェー/サンバヘギのバンド「Banda Reflexu’s」の結成時のメンバーであった(担当はキーボード)。サルヴァドールのバンドながら「Banda Reflexu’s」は、リオやサンパウロでも人気を得ることができた最初のバンドの1つだった。
 また別のグループ「Terrero de Jesus」では、カンドンブレのオリシャたちに捧げた歌をエレクトリック・ジャズ的なアプローチで披露したアルバム『Terrero Elétrico』を2007年に発表している。

 共演・編曲した主なアーティスト:Gerônimo, Maria Bethânia, Johnny Alf, Toninho Horta, Martinália, Chico César, Jorge Mautner, Zé́Miguel Wisnik, José Celso Martinez, Mateus Aleluia, Daniela Mercury, Maria Alcina, Gilberto Gil, Luiz Melodia, Roberto Sion, Luís Avelima, Lazzo Matumbi, Batatinha, Bocato, Ione Papas, Leo Maia, Margareth Menezes, Carlinhos Brown, Batatinha


Ubiratan Marques (piano fender rhodes)

Reinaldo Boaventura (percussão)

Rowney Scott (sax soprano e sax tenor)

Alexandre Vieira (contrabaixo e voz)

Tâmara Pessôa (voz)

Introdução: Mãe Edelzuita de Oxaguian

Produzido por Filipe Cartaxo e Ubiratan Marques

Direção artística: Russo Passapusso

Engenheiro de som: Pablo Moreno Pires

Mixagem e masterização: André Magalhães

Gravado em Estúdio 12 por 8

Agradecimentos: Lidia de Oxum

Capa: Filipe Cartaxo

Selo/Editora: Maquina de Louco

Gravadora/ Selo: Máquina de Louco/Casa da Ponte


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