レヴァントの歴史を想うパレスチナ人SSWハヤ・ザートリーの1st『Rahawan』。キャッチーなサウンドの裏に潜む想像を絶する苦悩と葛藤

Haya Zaatry - Rahawan

パレスチナ人SSWハヤ・ザートリー、待望のデビュー・アルバム

パレスチナのシンガーソングライター、ハヤ・ザートリー(Haya Zaatry)が16歳のときにギターを手にし独学で曲を書き始めたとき、自分と同じようにアラビア語で歌う女性ミュージシャンはほとんどいなかった。だから、米国のジョニ・ミッチェル(Joni Mitchel)やアルジェリアのスアド・マッシ(Souad Massi)のアルバムが彼女の大きな影響源となった。
2013年にアコースティックギターの弾き語りでシングル『Manakir』をリリースし非凡なセンスを見せたが、そのアラビア語の歌詞はイスラエルに生きるパレスチナ人としての日常における息の詰まるような感覚が表現されてはいたものの、サウンドは米英のフォーク・ミュージックそのもので強烈なインパクトを残すことはなかった。

そんな彼女が2022年に満を持してリリースしたファースト・アルバムが『Rahawan』だ。

ハヤ・ザートリーは1991年にイスラエルのナザレのパレスチナ人の一家に生まれ、その後18歳のときに大学で建築と都市計画について学ぶためにイスラエルの中でもアラブ人の割合が多いハイファに移住している。アルバムは彼女の家系の4世代の女性の物語にインスパイアされており、そこで通底するテーマとしてはやはりこの地域に特有の問題が巨大な影を落としている。これは国境に引き裂かれた恋──それはイスラエルに生きるパレスチナ人にとってあまりに普遍的なテーマらしい──を描いた彼女の2015年のシングル『Borders & Promises』をより深掘りした形といえるだろう。

アルバムのタイトルにもなっている(1)「Rahawan」は、1890年に現在のシリア・ダマスカスに生まれ、1970年代に亡くなったハヤ・ザートリーの曽祖母ナジラ・ラハワン(Nazira Rahawan)に捧げられている。曽祖母はレヴァント[*]を自由に移動することができた最後の世代だ。ハヤ・ザートリーは家族が曽祖母の遺品を整理するのを手伝ったとき、「パレスチナ」と書かれたパスポートを見つけて衝撃を受けた。彼女にとって「パレスチナ」と書かれた公式文書を見るのは初めてで、まるで宝物を見つけたような気分になったという。

*レヴァント…東部地中海沿岸地方の歴史的な名称。厳密な定義はないが、現在ではシリア、レバノン、ヨルダン、イスラエルおよびパレスチナ自治区を含む地域(歴史的シリア)を指すことが多い。

(2)「Alouli」

ハヤ・ザートリーにとって、建築も音楽も、人々が生きる中で本来の自分でいられる空間の創造を追求するための手段なのだという。建築は物理的な観点から個人空間と共同空間についての視点を提供するが、音楽は比喩的に、人々が政治的・社会的構造の制約に疑問を抱き、挑戦するための空間を作り出すための手段なのだと語っている

ハヤ・ザートリー自身がピアノを弾く(5)「Plumeria」では、彼女は2020年に亡くなった彼女の祖母への想いを歌う。匂いが思い起こさせる幸せな一家の時間。火の上のコーヒー、イードやジャスミン、プルメリアの香り、そうしたものがアラビア語の歌詞で歌われている。

2020年に亡くなった祖母に捧げられた(5)「Plumeria」

(2)「Alouli」と(7)「Tabula Rasa」はどちらもアラブ社会において女性が何をすることが許され、何が許されないのか、そして家父長制社会における女性の身体や行動がどのように認識され制限されているかについてをテーマとしている。後者はタブーのリストを提供すると同時に、パレスチナ社会が受けた略奪にも言及している。

音楽と社会のつながりの葛藤

イスラエル軍とパレスチナ武装勢力との争いは、彼女のコンサートの計画を度々白紙にした。
最初のうちは、これが日常なのだから中止は仕方ないことだと思っていたが、そう感じること自体が異常なのだと思うようになった。イスラエルやパレスチナのアーティストは皆、「今が新曲やアルバムを発表するのに良い時期か?」という疑問に直面している。パレスチナ人の音楽家としてはイスラエル側からの規制に加え、性的指向や宗教に関する歌詞に反発する一部のパレスチナ人団体からの脅迫に直面することもあるそうだ。こうした社会の中では、社会に多様性の重要性を訴えることすら難しいのが現状なのだ。

「安全な空間を与えようとしている人々から暴力的な反応があると、耐え難いものがあります」と彼女は語る。だがこうした事象ですら、「この地域の歴史が積み重ねてきた直接の結果であり、その中で生きる人々における“自然な”過程の一部なんだと認識することが重要なのです」とハヤ・ザートリーは語っている。

Haya Zaatry – vocals, guitars, synths, piano (5)
Nizar Matar – keyboards, synths
Jameel Matar – drums
Basem Safadi – bass, guitars (6, 7)
Hind Sabanekh – trumpet (2, 3)
Busher Kanj – rhythm guitar (2)
Kevork Estephanian – percussion (9)
Naila Libbis – vocals (9)
Nabeela AbuShkara – vocals (9)
Abir Abu Sinni – vocals (9)
Howaida Nimer Zaatry – vocals (9)

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