社会の奔流の中で足掻き、実直に表現する稀有なアーティスト、カミラ・メサ 6年ぶり新譜『Portal』

Camila Meza - Portal

チリ出身SSW/ギタリストのカミラ・メサ、6年ぶり新譜『Portal』

チリ・サンティアゴ出身のシンガーソングライター/ギタリストのカミラ・メサ(Camila Meza)が、6年ぶりの新作『Portal』をリリースした。彼女のとって初の全曲オリジナルで構成されており、自身の音楽的進化と個人的な体験を反映した、非常にパーソナルで意欲的な作品だ。共同プロデューサーには現代ジャズを代表するイスラエル出身のピアニストであるシャイ・マエストロ(Shai Maestro)を迎え、基本的に最低限の編成ながらドラムスにオフリ・ネヘミヤ(Ofri Nehemya)を擁するなど非常に洗練されたサウンドで、その繊細な感性を表現するアルバムになっている。

ほとんどの楽曲は、2019年にジャズ・ギャラリー1の依頼に応えるために“ほとんどトランス状態のなかで”創作活動に没頭していた時期に書かれ、パンデミックや妊娠・出産を経てアルバムのためにレコーディングされた。カミラが本作について「唯一本当に分かっていたのは、これは通過点、ある種の変容についてのものだということ。私は、私たちの現実を取り巻く明白な暗闇を、光と美しさの可能性へと変容させる人間の能力を表現したかった」と語っているように、楽曲はいずれも抽象的でアーティスティックな詩と、ベースレスの編成による幻想的な編曲と演奏で彩られている。実験的で複雑なアレンジやサウンドは“流行する類の音楽”からは遠くかけ離れているが、カミラ・メサによる思慮深さを感じさせるヴォーカルや、そのヴォーカルとはある意味対象的な確固たる自信と生命的エネルギーに満ちた彼女のギターソロ(e.g. (2)「The Nurturer」、(3)「Harvesting Under The Moon」)だったり、共同作業者であるシャイ・マエストロの独創的なシンセソロ(e.g. (1)「Utopia」、(3)「Harvesting Under The Moon」)が次々と現れ、そのイメージは無限の広がりを見せてゆく。

アルバム前半のひとつのハイライトとなる(2)「The Nurturer」

美しいアルペジオに乗せてスペイン語で歌われる(4)「Transmutación」は、今作でもっともクラシカルで普遍的な響きを持った楽曲だ。この静謐さはつづくタイトル曲(5)「Portal」の前の祈りのようにも聴こえる。

(5)「Portal」はマーガレット・デイヴィス(Margaret Davis)のハープによる繊細なポリリズム、打ち込みによるリズムは彼女の内なる世界を見事に表現。カミラ・メサはこの曲のヴォーカルを出産直後に自宅で録音しており、その声からは母性と無償の愛の尊さが滲む。ビョーク(Bjork)を思わせるサウンドはカミラ・メサの新たな一面だ。

(4)「Transmutación」

(6)「Nieno La (La Eterna)」にはチリの先住民族マプチェ族2の女性詩人、ファウメリサ・マンケピジャン (Faumelisa Manquepillán)がマプドゥングン語3によるポエトリー・リーディングで参加している。浮遊感のあるサウンド(カミラ・メサは演奏に参加していない)を背景に、ファウメリサ・マンケピジャンはカミラがずっと考えていたという“夢や現実の中で何度も私を訪ねてきた賢い女性の精神”を体現してゆく。

(7)「Uncovered Ground」ではゲスト・ヴォーカリストとしてグレッチェン・パーラト(Gretchen Parlato)とベッカ・スティーヴンス(Becca Stevens)が参加。グリッサンドを多用したハープも幻想的。

(8)「Overgrowth」では、資本主義社会と環境破壊の中で暮らす無力な個人についての彼女の思いを吐露している。この変拍子のロック調の曲には、若い世代が古い社会の過ちに気づき、それを正し、希望のある未来に向けて歩んでほしいというカミラの切実な願いが込められている。

(8)「Overgrowth」

Camila Meza 略歴

カミラ・メサは、1985年7月22日、南米チリの首都サンティアゴ生まれのシンガー/ギタリスト/作曲家。ジャズとラテンアメリカ音楽を融合させた独自のスタイルで知られ、ウェス・モンゴメリー(Wes Montgomery)、パット・メシーニ(Pat Metheny)、ジョニ・ミッチェル(Joni Mitchell)、ミルトン・ナシメント(Milton Nascimento)らの影響を受けている。

幼少期からクラシックギターを学び、チリのProjazz Instituteでポピュラー音楽とジャズを専攻。2009年にニューヨークに移り、New Schoolでピーター・バーンスタイン(Peter Bernstein)に師事。以来、ライアン・ケバリー(Ryan Keberle)、シャイ・マエストロ(Shai Maestro)、ファビアン・アルマザン(Fabian Almazan)らと共演し、2019年作『Ambar』では自身のバンド「The Nectar Orchestra」を率いた。

デビューアルバム『Skylark』(2007年)から『Portal』(2025年)まで、これまでに6作をリリース。『Traces』(2016年)ではインディペンデント・ミュージック・アワードを2部門受賞した。

Camila Meza – guitar, vocals
Shai Maestro – synthesizers, programming
Ofri Nehemya – drums
Margaret Davis – harp
Gadi Lehavi – piano
Caleb van Gelder – programming, drum machine

Guests :
Gretchen Parlato – vocal (7)
Becca Stevens – vocal (7)
Faumelisa Manquepillán – spoken word (6)

  1. ジャズ・ギャラリー(The Jazz Gallery)…ニューヨーク市マンハッタンのフラットアイアン地区にある、ジャズに特化した非営利の文化センターであり、新進気鋭のアーティストや既に評価の確立されたミュージシャンに対し利益を度外視した創造的な発表の場を提供するジャズクラブ。トランペッターのロイ・ハーグローヴのマネージャーであったデイル・フィッツジェラルドを中心に1995年に創立された。 ↩︎
  2. マプチェ族(Mapuche)…チリ中南部からアルゼンチン南部に住む先住民。南アメリカ南部を支配し、インカ帝国やスペインの侵略に対し長く抵抗を続けた民族として知られている。 ↩︎
  3. マプドゥングン語(Mapudungun)…マプチェ族の言語。マプチェ語とも。 ↩︎

関連記事

Camila Meza - Portal
Follow Música Terra