Sofi Tukker、ブラジル音楽への深い愛情が表れた意外すぎる新作
ニューヨークを拠点とする男女デュオ、ソフィ・タッカー(Sofi Tukker)が、2024年の前作『BREAD』の“ジャズ風の別人格”と呼ぶ新譜『butter』をリリースした。今作は『BREAD』収録曲の再構築が中心となっており、彼らのアイデンティティであるEDM1から一歩離れ、ブラジル音楽への深いリスペクトを根底に持つオーガニックなサウンドが特長で、ブラジルからは人気SSWのシウヴァ(Silva)やセウ・ジョルジ(Seu Jorge)、リニケル(Liniker)といったゲストを迎え、彼らの新境地を見せている。
その仕上がりは驚異的で素晴らしく、EDMのデュオの気まぐれな寄り道では済まされないことは明らかだ。詳しくは後述するが、デュオの片割れである女性シンガー/ギタリストのソフィー・ホーリー=ウェルド(Sophie Hawley-Weld)の音楽的ルーツはブラジル音楽にあった。大学のイベントで自作のポルトガル語のボサノヴァ風の曲をギターで弾き語っていたソフィーの姿に、同イベントにDJとして出演していたバスケ青年のタッカー・ハルパーン(Tucker Halpern)が魅了されたことがデュオ結成のきっかけだったことを考えれば合点がいく。
『BREAD』もエネルギーに満ちた良い作品だったが、ソフィーが長年の夢と憧れを叶えたとでも言うように活き活きとしている今作の方がずっと魅力的だ。これまでの彼らの音楽を知っていればほぼ考えの至らないアコースティック・サウンドに乗せて、ソフィーのオーガニックなヴォーカルが真価を発揮している。
ブラジルのSSWシウヴァをゲストに迎えた(1)「Hey Homie」は、マルシャ2のリズムを弾くガットギターやパーカッションの上で自由に泳ぐソフィーのヴォーカルが美しく輝く。(2)「Bread」はブラジルのスター、セウ・ジョルジとの共演で、ウィル・ボーン(Will Bone)によるフリューゲル・ホルンの素晴らしいオブリガートも含め、ポルトガル語と英語を交えて直情的で激しい愛を歌っている。
(3)「Jacaré」ではブラジル・サンパウロのラッパー/SSWのハエル(Rael)をフィーチュア。ブラジル北東部音楽の雰囲気に、さりげなく加えられたレゲエやダブの要素がとても良い。
ブラジルのLGBTQ+アーティストのアイコンであるリニケルは(5)「Intensity」に登場する。ソフィーと掛け合うソウルフルなリニケルの声が、南北アメリカの文化的・精神的な繋がりの意義を強調する。
(7)「Spiral」も原曲の印象的なシンセのフレーズが、シンコペーションするボサノヴァの心地よいリズムの上でスキャットで歌われる。原曲はヘヴィーなダンスナンバーだった(9)「Throw Some Ass」や(10)「Woof」も驚くほどブラジル音楽やジャズ、ラテンのムードに満ちたリラックスした楽曲に生まれ変わっている。
ラストの(13)「Brazilian Soul (Acoustic Bossa Version)」は2018年にアメリカの電子音楽デュオ、ノックス(The Knocks)とソフィ・タッカーのコラボレーションでリリースされ、Spotifyだけで5000万回以上の再生を記録した曲の再演。原曲も本格的にブラジル音楽にアプローチしており、今作『butter』のルーツとも言える楽曲だが、ここではガットギターを中心とした洗練されたリズムでしっとりと、そして静かに情熱的なソフィー・ホーリー=ウェルドの歌でアルバムを締めくくる。
今作は、EDMにさりげなく多言語・多文化の要素を持ち込んだことで称賛されてきた彼らの、音楽的な真価を発揮した作品と言えるだろう。最高に洗練されたダンス・ミュージックのアルバムである『BREAD』を聴いた後に今作を聴けば、おおよそ同じアーティストによる同じ曲の再演だとは信じられないほどだ。今作で新たなファンを切り拓くことは間違いない。
Sofi Tukker 経歴
ソフィ・タッカーは、ソフィー・ホーリー=ウェルド(Sophie Hawley-Weld)とタッカー・ハルパーン(Tucker Halpern)によるアメリカ合衆国のエレクトロニック・ダンスミュージック・デュオ。二人はロードアイランド州のブラウン大学在学中に知り合い、卒業直後の2014年にニューヨークでデュオを結成した。
ドイツ・フランクフルトに生まれたソフィー・ホーリー=ウェルドは、カナダやアトランタでの生活を経てイタリアの学校に入学し、そこでポルトガル語に触れ、ブラジル文化に強い興味を抱くようになった。ブラウン大学ではポルトガル語と開発学を専攻し、この時期にブラジル音楽や文化、特にボサノヴァに深く影響を受け、ジャズ・トリオでボサノヴァを演奏し、ポルトガル語でオリジナル曲を作るなど、音楽への情熱を育んでいた。また彼女は同時期に「ヒッピー・オタク」と自称するほど多様な趣味を持ち、西アフリカのダンスや社会学にも没頭していた。
一方のタッカー・ハルパーンは米国マサチューセッツ州ブルックラインで裕福な家庭に生まれた。幼少期からスポーツに優れ、特にバスケットボールに情熱を注ぎ、高校時代は地元の名門校で活躍し将来を期待されていた。ブラウン大学に進学後もバスケットボールチームのスター選手として注目を集め、司令塔であるポイントガードとしてチームを牽引し、NCAAディビジョンI3で活躍。しかし、大学3年次の2010年にウイルス性疾患による心筋炎を患い、7ヶ月間をベッドの上で過ごすという重篤な健康問題に直面。医師から競技継続が不可能と宣告され、バスケットボールのキャリアを断念し、ハウスやエレクトロニック音楽の趣味から音楽制作に没頭するようになっていった。
二人は2014年、ブラウン大学のアートギャラリーでのパフォーマンスで出会い意気投合。徐々にコラボレーションを開始し、卒業間際にニューヨークで本格的に音楽活動を始めることを決意しデュオを結成。2016年にリリースされたブラジル系ポルトガル人作家チャカル(Chacal)の詩にインスパイアされたデビューシングル「Drinkee」は、すぐにビルボードのダンスチャートを駆け上がり、グラミー賞の最優秀ダンス・レコーディングにノミネートされるなど世界的な注目を集めた。
デビューEP『Soft Animals』(2016年)は、キャッチーなメロディとエキゾチックなリズムで評判を呼び、続く2018年のアルバム『Treehouse』はさらに成功を収め、グラミー賞の最優秀ダンス/エレクトロニック・アルバムにノミネートされた。このアルバムに収録された「Best Friend」はAppleの「iPhone X」のキャンペーンに起用され、広く知られるきっかけとなった。
2020年の『Dancing on the People』、2022年の『WET TENNIS』では、ポップとダンスの融合をさらに深化させ、マリ出身のアマドゥ&マリアム(Amadou & Mariam)やトルコ出身のDJ、マフムト・オルハン(Mahmut Orhan)とのコラボレーションで多様な音楽性を示した。
2024年の『BREAD』はエネルギッシュなダンスサウンドで話題となり、2025年の『butter』ではボサノヴァやジャズを取り入れたブラジル音楽へのオマージュを展開。セウ・ジョルジやリニケルらとのコラボで新たな一面を見せた。