Milena Casado『Reflection Of Another Self』
『Reflection Of Another Self』は、スペイン出身で現在はニューヨークのジャズシーンで活躍するトランペット/フリューゲルホルン奏者ミレーナ・カサド(Milena Casado)の初リーダー作。自身のアイデンティティやトラウマ、自己発見を深く掘り下げた個人的なプロジェクトであり、伝統的なジャズと実験的なエレクトロニック音楽のテクスチャーを融合させた非凡な感性で創られた繊細なアルバムだ。
今作で彼女の共演者としてクレジットされているのは、ピアニストのクリス・デイヴィス(Kris Davis)、ドラマーのテリ・リン・キャリントン(Terri Lyne Carrington)、ハープ奏者のブランディー・ヤンガー(Brandee Younger)、ターンテーブル奏者のヴァル・ジャンティ(Val Jeanty)、フルート奏者のニコール・ミッチェル(Nicole Mitchell)、R&B界のレジェンドであるミシェル・ンデゲオチェロ(Meshell Ndegeocello)ら錚々たる顔ぶれ。アルバムの音楽性もこれらが象徴するように実に多様で、ジャズを核にしながらも、多方面へとその可能性の拡張を試みるようなサウンドが壮大なスケールで繰り広げられる。
テーマは幼少期からの逆境とトラウマ、それらを乗り越えてきた自分自身
今作はアルバム全体を通して、“記憶の重みと、自分自身をより深く知ることで得られる自由”がテーマとなっており、収録されたそれぞれの楽曲も明確なテーマを持っている。
今作でもっとも重要な曲のひとつである(3)「Yet I Can See」は彼女が自認するインポスター症候群1をテーマにした内省的な楽曲で、ミレーナ・カサド自身のドリーミーなヴォーカルにユニゾンするフリューゲルホルンの演奏や、アコースティックとエレクトロニックの絶妙なバランスと効果的な場面転換が際立つ。
ミレーナ・カサドはスペイン中部の小さな村で、村唯一の黒人の血を引く少女として育った。
彼女はその当時についてこう語っている:
身近に信頼できる人がいなかったことで、今でも多くのトラウマを抱えているように感じます。自分の経験を理解し、受け入れるために、私はずっと努力してきました。この経験は今の私を形作っただけでなく、そこから得たトラウマを克服したり、対処する方法も学んだのです。
Afropunk
(5)「Lidia y los Libros」はミレーナ・カサドの母と祖母へのオマージュで、家族やそのサポートの重要性を表現している。教師であったミレーナの母は、音楽やレコードの愛好家で、サラ・ヴォーン、マイルス・デイヴィス、ディジー・ガレスピー、セロニアス・モンクなどのジャズを好んでいた。幼い頃のミレーナはそうしたレコードを眺め、その音を聴き、自分自身が彼らに(見た目も含めて)似ていると感じ、その音楽にも深く興味を惹かれたのだという。
アルバムのタイトルにある「Reflection」(反射)という単語を、彼女はとても大切に思っている。
この言葉は何かを振り返るという意味と同時に、鏡に映る自分の姿という意味を持つ。他人から見た自分というものは、自分自身の不安や恐れ、そして他人からの期待によって常に揺れ動いている。彼女はそれは本当に自分自身の姿のリフレクションではないと考え、より本質的な“自分が本当は何者なのか”を探求している。
アルバムは3つのセクションに分かれている。まず最初に受け入れること。次に理解すること。そして最後に克服すること──。
こうした背景を知ると、エスペランサ・スポルディング(Esperanza Spalding)との会話をサンプリングし、アルバムの幕開けであると同時にもっとも強調された(1)「THIS IS MY HAIR (!)」という僅か31秒のトラックが、彼女にとってどれほど重要な意味を持つものであるかが分かる気がする。
Milena Casado 略歴
ミレーナ・カサドはスペイン中部の小さな村で生まれ育ったトランペット/フリューゲルホルン奏者/作曲家/ヴォーカリスト。母はスペイン出身の白人、父はドミニカ共和国出身の黒人という家庭環境で幼少期からクラシック音楽を学び、トランペットという楽器に自由な表現を見出し、後にジャズに魅了され、マイルス・デイヴィスやウェイン・ショーターに大きな影響を受けた。
2016年に全額奨学金で米国ボストンのバークリー音楽大学に入学し、テリ・リン・キャリントンやジャック・ディジョネットに師事。その後ニューヨークのジャズシーンで頭角を現し、伝統的なジャズと電子音楽やヒップホップを融合させた独自のスタイルを確立する。
2025年5月16日にデビューアルバム『Reflection Of Another Self』をCandid Recordsからリリース。エスペランサ・スポルディング、メシェル・ンデゲオチェロ、ブランディー・ヤンガーらと共演し、アイデンティティやトラウマ、自己愛をテーマにしたパーソナルかつ芸術的な作品として高い評価を得た。
Milena Casado – flugelhorn
Lex Korten – piano
Kanoa Mendenhall – double bass
Jongkuk Kim – drums
Guests :
Esperanza Spalding – double bass
MeShell NdegeOcello – electric bass
Brandee Younger – harp
Terri Lyne Carrington – drums
Kokayi – vocals
Morgan Guerin – multi-instrumentalist
Nicole Mitchell – flute
Kris Davis – piano
Val Jeanty – electronics
- インポスター症候群(imposter syndrome)…客観的に高い評価を受けているにも関わらず、自分自身がその能力を認められず、周囲を騙しているのではないかと感じてしまう心理状態のこと。特に社会的に成功した優秀な女性や有色人種に多く見られる傾向がある。 ↩︎