ADHDの特性をジャズの表現に投影する気鋭ピアノ奏者アガ・デルラック新譜『neurodivergent』

Aga Derlak - neurodivergent

ポーランドの気鋭女性ピアニスト、アガ・デルラックと神経多様性

ポーランドのピアニスト/作曲家アガ・デルラック(Aga Derlak)の4枚目となるアルバム『neurodivergent』がリリースされた。今作はニューロダイバーシティ(神経多様性)1をテーマにしており、ADHD2と診断された彼女自身の神経多様性や内面的なカオスを音楽的に表現。音楽的にはやや実験的に、三位一体のピアノトリオと数曲でヴァイオリンのゲストも交え、独創的な世界観の音空間を作り上げた、リスナーに強い印象を残すアルバムとなっている。

ポーランドジャズの注目株である彼女は、今作について「私の内なるカオスと神経多様性に完全に適応した作品」と形容し、ステレオタイプや“正しさ”を拒否し、複雑で予測不可能な人間の心の探求を試みたものと位置付けている。ある種の“逸脱”を許容どころか歓迎するジャズという音楽は、彼女の性質にぴったりと嵌っているようだ。ベースのマチェイ・シュチツィンスキ(Maciej Szczyciński)とドラムスのミウォシュ・ベルジク(Miłosz Berdzik)もそれぞれがかなり自由度高く演奏しているが、内声の不協和音や7拍子を軸としたリズムに象徴されるように“不安定”を具現化したような(1)「is it」で感じられるのは、彼らトリオの演奏は不思議と“不安定を安定化”するえげつないアンサンブル・スキルの高さだ。この一体感は、メンバー全員がアガ・デルラックという特異で天才的な才能に共鳴し、彼女を深く理解しようとする姿勢の証左であろう。

(3)「neurodivergent」

さらに、アルバムでは数曲で参加するヴァイオリン奏者カツペル・マリシュ(Kacper Malisz)の貢献も見逃せない。奇妙なマズルカである(2)「mazur」や(4)「mazur v2」などで聴ける彼の演奏も相当にクレイジーで、トランスへと誘う反復するリズムの上でアガ・デルラックの奔放に泳ぎ回るようなピアノとともに、その良きパートナーとなり寄り添いつつも自由に演奏するヴァイオリンが醸し出す瞬間は、音楽が心にもたらす魔法の最高の例と言えるだろう。

(4)「mazur v2」

(5)「number 4」からの(6)「after number 4」の流れ、その後の心の深淵を抉るような静かなバラードもとてつもなく良い。ヨーロッパ/北欧的な音楽文化や、アンチテーゼの美学が感じられるのは勿論、どこか東洋的な哲学も垣間見ることのできる驚異的な音楽が脈動する稀有な作品である。

Aga Derlak 略歴

アガ・デルラックは1992年にポーランド東部の都市ヘウムで生まれた。
幼少期からクラシックピアノを学び、のちにフルートを演奏するなど音楽に親しみ、さらにジャズに傾倒。カトヴィツェの音楽アカデミーに進学し、2012年には米国のバークリー音楽大学で学位を取得している。

2012年に自身のトリオであるアガ・デルラック・トリオ(Aga Derlak Trio)を結成し、ピアニストとしてだけでなくリーダーとしても活動を開始。実姉のバルバラ・デルラック(Barbara Derlak)がフォークバンド「Chłopcy Kontra Basia」のリードシンガーとしてデビューした1年後の2015年に、アガ・デルラックもデビュー作『First Thought』を発表しポーランドのジャズシーンで注目を集める。このアルバムは伝統的なジャズに現代的な感性を融合させた作品として高く評価され、2016年にはポーランドの音楽賞FRYDERYKのジャズ新人賞を受賞した。

2017年のセカンドアルバム『Healing』では、感情的な深みと即興性をさらに追求。2023年にはアルバム『Parallel』でFRYDERYKのジャズアーティスト賞とアルバム賞を受賞し、名実ともにポーランドを代表するジャズアーティストとなった。

Aga Derlak – piano
Maciej Szczyciński – double bass
Miłosz Berdzik – drums

Guset :
Kacper Malisz – violin
(2, 3, 4, 8

  1. ニューロダイバーシティ(Neurodiversity、神経多様性)…脳や神経の特性の違いを優劣ではなく個性として捉え、多様性を尊重し、社会の中で活かそうという考え方。特に、自閉スペクトラム症や注意欠如・多動症、学習障害などの発達障害を持つ人々を、能力の欠如ではなく、脳の自然な変異として捉える概念として注目されている。 ↩︎
  2. ADHD(注意欠如多動症)…発達障害のひとつで、注意を持続させることが困難であったり、順序立てて行動することが苦手であったり、落ち着きがない、待てない、行動の抑制が困難であるなどといった特徴が持続的に認められ、そのために日常生活に困難が起こっている状態。 ↩︎

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