音楽一家に生まれ育った鍵盤奏者、Cenk Esen『Endlessly』
ロンドンのジャズシーンで注目されるトルコ出身の鍵盤奏者、ジェンク・エセン(Cenk Esen)のアルバム『Endlessly』がリリースされた。カオス・イン・ザ・CBD(Chaos In The CBD)『A Deeper Life』(2025年)への参加でも知られる彼がジャズとエレクトロニックの融合で表現する今作は、移民として住む慣れない街での個人的な苦悩、人間関係、そして周囲の人々や状況が自分の考えや望む通りになることを際限なく期待し、常に失望という結末に辿り着くという自身の癖からインスピレーションを得て制作された。
フラストレーションや不安の渦巻くような短い(1)「PHASED I」で幕を開け、マックナスティ(MckNasty)のドラムスとトム・ドリエスラー(Tom Driessler)のベースが生み出す強力な推進力を持ったグルーヴの(2)「Air Traffic Controller」で一気にリスナーの心を掴む。トルコ出身の彼らしい、“フュージョン”を感じさせるエレクトリック・ピアノや重厚なシンセは、より現代的な演奏を駆使するドラムスのリズムと不思議なシナジーを生み、時代感覚を超える音楽を創造。
ヴォイス・サンプリングも効果的に用いられた(3)「They’re Just Not That Into Me Anymore」も面白い。これも前述の卓越したコア・トリオでの演奏をベースに、7分半に及ぶ映像的で凝った楽曲構成や生ピアノとシンセサイザーを重ねるジェンク・エセンのアーティスティックな創造性による豊かな産物だ。
(4)「H E R ?」にはジェンクの実父であり、トルコにおけるジャズ/フュージョンの先駆者の一人であるアイドゥン・エセン(Aydın Esen, 1962 – )がサウンドの多くの部分を担い、ゴスペルやジャズに根差した女性シンガーのルーシー・アン・ダニエルズ(Lucy-Anne Daniels)によるヴォーカルも相まって幽玄な雰囲気を醸し出している。(6)「Endlessly, I’m Erased」はジェンク・エセンと同様にトルコ生まれでロンドンで活動する女性歌手レイラ・フイサル(Leyla Huysal)との静かなデュオ演奏となっており、このような様々なスタイルでの表現がジェンク・エセンという音楽家の懐の深さを強く印象付ける。
アルバムのラスト2曲、(7)「A&C」と(8)「23 (Live In Istanbul)」はコアトリオでの演奏を収録しており、やはり彼らの“統制されたカオス”とも形容したくなるようなエキサイティングな音楽が素晴らしく突き刺さる。
Cenk Esen 略歴
ジェンク・エセンは1999年トルコ・イスタンブール生まれのピアニスト/作曲家。父親のアイドゥン・エセン(Aydın Esen)は著名なジャズ・ピアニスト、アメリカ生まれの母親ランディ・エセン(Randy Esen)は歌手という音楽一家に育ち、マルチ奏者となった兄アイカン・エセン(Aykan Esen)とともに幼少期からクラシックピアノを学ぶなど音楽に親しんできた。
10代でジャズに傾倒し、イスタンブール大学で音楽を専攻。2017年に米国に渡り名門バークリー音楽大学で学んだあと、ロンドンに移住し、現代ジャズやエレクトロニカの影響を受けた独自のスタイルを確立。活気ある同地のジャズシーンで注目を集めている。
Cenk Esen – piano, electric piano, keyboards, synthesizers
Aykan Esen – vocal samples
Tom Driessler – electric bass(2, 3, 7, 8)
MckNasty – drums (2, 3, 7, 8)
Leyla Huysal – vocals (6)
Güya – composition, production (5)
Aydın Esen – production, additional synths, sound effects (4)
Lucy-Anne Daniels – vocals (4)
Kristina Rhodes – cello (4)