親友の殺害、過労による脊髄損傷、失恋──苦難を乗り越えたメキシコSSWシルバナ・エストラーダの2nd

Silvana Estrada - Vendrán Suaves Lluvias

ラテングラミー受賞で一世を風靡したシルバナ・エストラーダ、その後の苦難を乗り越えた新譜

メキシコのSSW、シルバナ・エストラーダ(Silvana Estrada)の2ndアルバムとなる新作『Vendrán Suaves Lluvias』は、前作『Marchita』がラテングラミー賞の栄誉に輝いた後の予期せぬ困難を乗り越えて制作・リリースされた。アルバムタイトルに冠せられた”やわらかな雨が降る”の言葉には、彼女が3年間自分を見失い、”再び人生を愛する”までの不完全で激しい嵐の道程が隠されている。

2022年に相次いで彼女の身の回りで起こった悲劇──音楽の仕事をしていた親友ホルへ・ティラード(Jorge Tirado)とその家族の殺害事件、グラミー賞受賞の年にツアーの過労による脊髄損傷で1ヶ月間車椅子生活を強いられたこと、そして恋愛の破綻が重なり、彼女は一時的に音楽制作を放棄しかけたという。インタビューで彼女は「私はもう書けなかったのではなく、書きたくなかった。音楽が悲しみを処理する手段として機能しなくなった」と語っているように、制作中盤でテキサスでのレコーディングを中断し、多くの曲を「戦場に残した」と表現するほど苦しんだ。

彼女が再び音楽に向き合うこととなった重要な最初の転機は、2024年に参加した「Casa Chavela」というアーティスト・レジデンシー・プログラムだった。これはメキシコの最重要歌手であるチャベラ・バルガス(Chavela Vargas, 1919 – 2012)の旧宅というメキシコ音楽文化における象徴的な場所でのレジデンシー・プログラムで、彼女はここでバルガスの生前のインタビュー映像を視聴し、そのインスピレーションから彼女の言葉を直接取り入れた曲(8)「Un Rayo de Luz」を即興で書いた。この曲ではバルガスの言葉「¿Cómo será de hermoso la muerte?」(死はどれほど美しいのだろうか?)をインターポレートし、死の美しさや喪失の処理をテーマとしている。この経験は彼女のセルフ・プロデュースへの自信を取り戻す大きな出来事となった。

その後、シルバナ・エストラーダが強い影響を受けたアメリカのSSWラサ・デ・セラ(Lhasa de Sela, 1972 – 2010)のバンドとの2024年のトリビュート・コンサートへの参加も彼女の創造性を強く刺激することとなり、今作の制作を再開する大きなきっかけとなったという。

“痛みからの再生”をテーマに歌う、優しい10曲

こうした経緯を経て制作されたアルバムは、比較的穏やかでシンプルな楽曲ながら、とりわけ彼女の卓越した感情表現のヴォーカルによって心の深くにある琴線に静かに触れ、激しく振動させる内容となっている。

アルバムの核心は、喪失、悲嘆、怒り、そして意外な喜びのバランスだ。彼女が「10通りの別れ方」と形容するように、恋愛の終わり、友人の死、自己との和解を繊細な感性で描き出す。花、鳥、風、雨といった自然のイメージも頻出し、痛みを美しさで包み込むアプローチも印象的だ。影響源としてジョニ・ミッチェル(Joni Mitchell)の『Blue』が挙げられており、”怒りと痛みを美しさで覆い、自分自身を愛するようにする“との想いが語られる。

オーケストラが印象的なリードシングルである(2)「Dime」は、関係の終わりを求め、花を摘むメタファーで別れを表現した楽曲。「Por todas las flores que arrancaste…」(あなたが抜いたすべての花のために)と歌う。

(2)「Dime」

喜びのノスタルジアを込めた(3)「Lila Alelí」は、個人的な記憶を反映。これはシルバナ・エストラーダが数年前に書いた古い曲で、アルバム制作の苦難期(親友の死、脊髄損傷、恋愛の破綻)を経て再解釈されたものだ。愛する人が自分を愛してくれないことに気づく瞬間を描き、非対応の愛の孤独な空間を探求、そして理想化の終わりを軽やかな曲調に乗せて歌っている。

(3)「Lila Alelí」

(9)「No Te Vayas Sin Saber」は、人生の不確実性と、その受容についての歌であろう。「たとえ賭けたとしても/これがいつもうまくいくとは限らないことを/知らないままで去っていかないで」という歌詞は彼女の象徴的な悲しみだ。

(9)「No Te Vayas Sin Saber」

2022年ラテングラミー賞受賞。Silvana Estrada 略歴

シルバナ・エストラーダは1997年メキシコ・ベラクルス州コアテペック生まれ。両親は共に弦楽器製作者で、彼女もまた幼い頃から音楽を演奏し始め、後にメキシコの伝統的な4弦楽器クアトロを手に故郷のさまざまなバーで演奏するようになった。ベラクルサーナ大学のジャズ・プログラムで学び、同じ頃に米国のギタリスト、チャーリー・ハンター(Charlie Hunter)と出会い、2枚のアルバムで共演を果たしている。

影響を受けたミュージシャンとして、サラ・ヴォーン(Sarah Vaughan, 1924 – 1990)やビリー・ホリデイ(Billie Holiday, 1915 – 1959)といった米国のジャズ歌手や、チャベラ・バルガス(Chavela Vargas, 1919 – 2012)、ビオレータ・パラ(Violeta Parra, 1917 – 1967)、メルセデス・ソーサ(Mercedes Sosa, 1935 – 2009)、トーニャ・ラ・ネグラ(Toña la Negra, 1912 – 1982)といったラテン圏の歌手の名を挙げている。

ソロデビュー作『Marchita』(2022年)は高く評価され、彼女は第23回ラテングラミー賞で最優秀新人賞を受賞した。

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