Russell Hall 『Dragon of the South』
ジャマイカ出身のベーシスト/シンガーソングライター、ラッセル・ホール(Russell Hall)の3rdアルバム『Dragon of the South』。ジャズを基調としながらフォーク、アフリカ音楽、カリブ音楽などジャンルを超えてサウンドパレットを拡張した作品で、ベース演奏だけでなくヴォーカリストとしての彼の求道者的な魂を感じさせてくれる。
(1)「Dragon of the South (Obeah)」はトーキングドラムの音から始まり、ラッセル・ホールの雄叫びにも似たパトワ語1のヴォイスに導かれるように徐々にバンドのサウンドスケープへ移行。ラッセル・ホールによる力強いダブルベースやマイク・トロイ(Mike Troy)によるアルトサックス、狂騒的なマット・リー(Matt Lee)のドラムス、エステバン・カストロ(Esteban Castro)も素晴らしい。楽曲はジャマイカの伝統的な民間信仰であるオビヤ2をテーマにしたもので、ラッセル・ホールのルーツを強く反映している。
(2)「The Great Unknown」も素晴らしい。この楽曲は人生の不確実性、涙を流すことによる成長、死後の世界、そして神のみが知る謎をテーマとしており、歌に全ての感情を込めるラッセル・ホールのヴォーカリストとしての魅力が存分に発揮されている。
(5)「Time Seems to Stop (in LA)」はラッセル・ホールがエメット・コーエンのバンドで共に活動するオーストラリア出身のギタリスト、レオ・ララット(Leo Larratt)の伴奏をバックにした感傷的な歌が魅力的だ。ここではロサンゼルスの独特な雰囲気──陽光、都市の喧騒、そして一時的な静けさ──の中で、時間が止まったように思える瞬間を描いている。歌詞では日常の流れが中断され、内省やロマンティックな出会いの場面が強調する。
今作は気鋭のジャズベーシストとしての側面を強調する激しく感情的なジャズから、エモーショナルなストーリーテラーとしての側面を強調するフォーク・ミュージックまで、ラッセル・ホールという類稀な音楽家の才能を余すところなく伝えるアルバムに仕上がっていると言えるだろう。
Russell Hall 略歴
ラッセル・ホールはジャマイカのキングストン生まれ。13歳から音楽に取り組み、14歳でダブルベースを始める。2007年にアメリカに移住し、ディラード芸術センターとジュリアード音楽院のプログラムを通してジャズとダブルベースの学びを深めた。彼の音楽的影響は多岐にわたり、ロン・カーターのミニマリズム、チャールズ・ミンガスの激情、ディジー・ガレスピーのハーモニー、ハービー・ハンコックの革新性、そして祖父から受け継いだレゲエ、ロック、R&B、カントリー音楽が融合していると評されている。
これまでにウィントン・マルサリス(Wynton Marsalis)、ブランフォード・マルサリス(Branford Marsalis)、バリー・ハリス(Barry Harris)、ウェイン・ショーター(Wayne Shorter)、ロイ・ヘインズ(Roy Haynes)、エメット・コーエン(Emmet Cohen)、クリスチャン・マクブライド(Christian McBride)らと共演。
ソロ活動では作曲家兼ヴォーカリストとしても活躍し、1stアルバム『The Feeling of Romance』(2019年)でロマンティックな作曲を披露。2nd『Black Caesar』(2023年)はプロテストや奴隷制度、ブラック・シーザーの物語に着想を得たコンセプト作で、ヒップホップ、ハードバップ、R&Bを織り交ぜた。
Russell Hall – double bass, vocals
Mike Troy – alto saxophone
Leo Larratt – guitar
Esteban Castro – piano
Matt Lee – drums
- パトワ語(Patois, Patwa)…ジャマイカで話されている英語とアフリカの言語をベースにしたクレオール言語。「ジャマイカ・クレオール語」とも。 ↩︎
- オビヤ(Obeah)…アフリカを起源とする西インド諸島で信奉されている魔術や宗教的信仰、またはその実践者のこと。キリスト教の儀式とカリブの伝統的な植物知識が融合しており、保護や導きのための儀式、呪文などを行う。かつては奴隷制度に抵抗する力となったため、多くの植民地で違法とされた。 ↩︎