何世紀に及ぶカルナティック音楽と、現代的サウンドデザインの融合
インド・カルナータカ州都ベンガルールを拠点とするカルナティック・プログレッシヴ・ロックバンド、アガム(Agam)が8年の制作期間を要し完成させた3rdアルバム『Arrival of The Ethereal』。長い歴史を持つインド古典音楽と近代的なプログレの絶妙なブレンドは斬新で、その高い完成度も相まって新鮮な驚きに満ちた壮大な音楽世界が展開される優れたアルバムだ。
バンドサウンドの中心にあるのはヴォーカル(声楽)。声楽を重視するカルナティック音楽の伝統に則り、精緻な音程のコントロールやパワフルな声量が魅力的なヴォーカリストのハリッシュ・シヴァラーマクリシュナン(Harish Sivaramakrishnan)の歌がまず耳を刺激するが、彼らの音楽の魅力はもちろんそれだけではない。アコースティックから轟音エレクトリックまでダイナミクスに富んだギターが牽引するプログレ/メタルのバンドサウンドに、荘厳なオーケストラ、何十人もの男女によるコーラス、そしてインドを中心とした民族楽器群。これらがひとつのアンサンブルの中に収まり、宇宙を感じさせる壮大なスケールの音楽絵巻、あるいは過剰とも思える演出と表現を次々と繰り出すボリウッド映画のような独特の世界に引き摺り込む。アガムというバンドが、自分たちの歩む道を何一つ疑わず歩み続け、紛れもない独自の世界を築き上げた確たる証拠だ。
テーマとして人間の感情の全スペクトラムを探求し、喜び、瞑想、喪失、永遠性、運命などを描いているという。カルナティック音楽の古典的な作曲様式であるクリティ(kriti)を再解釈しつつ、伝統と現代の融合を追求。アルバムには総勢300人以上のミュージシャンが関わり、その中にはグラミー賞受賞者であるモハン・ヴィーナ1の巨匠ヴィシュワ・モーハン・バット(Vishwa Mohan Bhatt)やチェコ・ナショナル交響楽団(Czech National Symphony Orchestra)との共演も含まれている。
バンドのヴォーカル兼フロントマンのハリッシュ・シヴァラーマクリシュナン(1980年生まれ)は、家系に伝統音楽家が多かったという背景もあり幼い頃から触れ、学んできたカルナティック古典音楽への深い愛着と、同時にその限界を感じていたという。
伝統的な形式は予測可能で退屈で、ありきたりだと感じていた彼は、古典音楽にプログレッシヴロックの要素を組み込むことで、より大衆的に多くの人々が楽しめる音楽をつくることを目指した。それが2003年に結成された、このアガムというバンドだった。
バンド名はタミル語2で「内なる自己」を意味する言葉に由来するという。今作で語られるストーリーやサウンドスケープはその表現の到達点のように思える。言葉や歌、楽器による演奏によって形作られる約33分の物語は、それらを“神話”へと昇華させるほどの熱量を持っている。
いま、我々は、音楽の極致を見せられているのだろうか。
人類がそれぞれの文化において大切に守ろうとする“伝統”を、彼らが止めようとした時間の中に閉じ込めておくことだけが正しいことではない、とアガムは静かに主張する。なぜならその“伝統”でさえ、絶えず進化を続けてきた文化の、とある瞬間を切り取ったものに過ぎないからだ。
現在、アガムはインド国内のインディーズ音楽シーンを席巻し、カルナティック音楽に新たな潮流をもたらしている。
Agam :
Harish Sivaramakrishnan – vocals
Swamy Seetharaman – keyboards, additional programming
Praveen Kumar – guitars
Aditya Kasyap – bass
Yadhunandan Nagaraj – drums
Sivakumar Nagarajan – percussions
- モーハン・ヴィーナ(Mohan Veena)…ラヴィ・シャンカール(Ravi Shankar, 1920 – 2012)の弟子の中でも最も高名なヴィシュア・モーハン・バットが発明した鉄弦アコースティック・ギターとシタールを融合させたような楽器で、膝の上に寝かせ、スライドギターのように演奏する。 ↩︎
- タミル語(tamiḻ)…インド南部とスリランカを中心に話されているドラヴィダ語族の言語。インドのタミル・ナードゥ州の公用語であり、スリランカ、シンガポール、マレーシアなどでも公用語または広く使われている。また、世界最古の話し言葉の一つであり、独自の文字であるタミル文字を使用することでも知られている。 ↩︎