世界から注目されるギリシャのSSW、ステラ(Σtella)第5作目
“ギリシャ・インディーの女王”と呼ばれるシンガーソングライター、ステラ(Σtella)の5作目となるアルバム『Adagio』。ナイロン弦のギターを中心にした穏やかなサウンドで、今作では英語だけでなくキャリアで初めてのギリシャ語詞の曲も収録。彼女の原点である“平穏な人生”が凝縮されたような、美しく栄養の高い音楽を聴かせてくれる。
夜に家のドアの鍵をかける必要のないほどのアテネ郊外の平和な環境で育った彼女にとって、前作『Up and Away』の大ヒットは生活を一変させる出来事だったようだ。奇妙なギリシャ文字で興味を惹き、英語で歌うステラは現代ギリシャにおいて世界からもっとも注目されるアーティストとなったが、ときどき昔を懐かしむ感情に浸ることもあった。
そんな中で長い制作期間をかけて丁寧に作り上げられたアルバムが今作だ。世界中のファンから支持される理由のひとつであるヴィンテージ・ポップ風の郷愁を呼び起こす響きを保ちつつ、今作ではアコースティックの比重を増やし、よりオーガニックに洗練された音楽を体現。アルバムのタイトルに採用された“ゆっくりと、ゆったりと、くつろいで”を意味する音楽用語「Adagio」が象徴するように、変化に富んだ短編小説集のように進む9曲・26分間のリスニング体験は、リスナーにも懐かしさや憧れといった感情や、平穏な日々の中にある何でもない気楽さを与えてくれる。
アルバムはサンバのグルーヴを取り入れたタイトル曲(1)「Adagio」で幕を開ける。今作が随所でラテンやブラジル音楽のテイストを感じられるのは、共作者でありプロデューサーを務めるラファエル・コーエン(Rafael Cohen)からの影響も強いのだろう。グアテマラ系ユダヤ人の両親のもとメキシコで生まれ、少年期に米国に移住した彼によるギターのサウンドは、ステラのこれまでの音楽性に掛け算されて混ざり合い、より多文化的な深みをもったサウンドへと導いている。
初めての試みとなる、母国語ギリシャ語で歌われる曲は2曲。
(2)「Ta Vimata」は、1969年に歌手リーツァ・サケラリーウ(Litsa Sakellariou)がリリースした曲の再解釈だが、(3)「Omorfo Mou」はステラのオリジナル。いずれも伝統曲風の耳に残るメロディーを持った楽曲で、彼女のルーツやアイデンティティを垣間見せる。
(4)「Baby Brazil」はラファエル・コーエンのプロジェクトであるラス・パラブラス(Las Palabras)がフィーチュアリング・アーティストとしてクレジットされている。控えめな打ち込みに、生演奏のギターやアナログシンセが乗るレトロモダンなサウンドが絶妙。続く(5)「Can I Say」も含め英語詞ではあるものの、ブラジル風のリズムが清涼で心地よい。
Σtella が母国ギリシャ語ではなく英語で歌う理由
ステラはギリシャ出身だが、キャリアの大部分で英語で歌ってきた。その主な理由は、幼少期の英語習得体験や思考プロセス、ギリシャ語の言葉の重み、そして市場の現実が絡み合っているという。
彼女は幼少期に家族のカナダ人の友人が4年間一緒に住んでいた影響で英語を学び、英語で考える方がギリシャ語より自然になったようだ。また、現在のギリシャ国内では伝統的なギリシャ語のフォークミュージックが主流で、それでは国際的な成功が見込みにくいため、最初から大きな市場を目指すことのできる英語を選択。これが結果として多くの海外ファンを獲得することに繋がった。
主な障害は音楽業界自体の近視眼性にある、と『Loud and Quiet』は指摘する。プロモーターはすでに成功していることを繰り返すだけの、できれば米国や英国の主要都市を拠点とする新人アーティストを見つけることだけに注力し、聴衆を驚かせたり新境地を開拓したりするような異なる背景を持つ新しい声を探し出すことに見向きもしない。ステラはこうも語っている:
私たちは地図上に載っていないんです。本当に載っていないんです。理由はよく分かりません。もちろん、経済状況やその他多くの要因が関係しているでしょうし、拠点はロンドン、ベルリン、ニューヨーク、ロサンゼルス、パリにあります。でも、いつかどうなるか、どうしたらいいんでしょうか? 何かのために一生懸命働いて、何も成果がなかったら、どうするんですか? 諦めるしかない。これは問題です。才能はどこにでも見つかるのに、誰もそれを探さないんです。
www.loudandquiet.com
ギリシャでは政府レベルでのアーティストへの支援はあるのか?と訊かれたステラは、「ゼロ!」と即答している。この状況は、──10倍以上の市場があるために気づく人は少ないが──日本の音楽市場とも似ている。
Σtella プロフィール
ステラ(本名:Stella Chronopoulou)は、ギリシャ・アテネ郊外の田舎で生まれ育ったシンガーソングライター/画家/ビジュアルアーティスト。幼少期は長閑で平穏な環境で過ごし、ヤギの鳴き声で目覚め、空っぽの通りで遊ぶようなスローライフを経験。祖父の1930〜40年代のレコードを古いグラモフォンで聴き、ティーンエイジャー時代はニルヴァーナ(Nirvana)などのロックに影響を受けた。音楽的インスピレーションは多岐にわたり、クイーン(Queen)、ドアーズ(The Doors)、Fleetwood Mac、マイケル・ジャクソン(Michael Jackson)、ジョージ・マイケル(George Michael)、ケイト・ブッシュ(Kate Bush)、アニー・レノックス(Annie Lennox)、ニコス・グナリス(Nikos Gounaris)、ディキシー・カップス(The Dixie Cups)、シャーデー(Sade)などを挙げている。
2015年にセルフタイトルアルバム『Σtella』をリリースし、以降『Works For You』(2017年)、『The Break』(2020年)と続き、2022年にアメリカの名門レーベル、サブ・ポップ(Sub Pop Records)と契約。同レーベルでのデビュー作『Up and Away』で300万以上のSpotify月間リスナーを獲得し、ギリシャのインディーシーンを国際的に押し上げた。
彼女の音楽スタイルはヴィンテージ風ポップにサイケデリックやトロピカル要素を融合させたドリーミーなもの。従来の作品は英語詞だったが、2025年の最新作『Adagio』では初めてギリシャ語の曲を収録し、愛、欲望、休息、時間をテーマに27分の短編アルバムとしてリリースした。