ファツィオリのピアノで、時代もジャンルも超越するジャズを奏でる
アルゼンチンのピアニスト、ニコラス・ゲルシュベルグ(Nicolas Guerschberg)のピアノトリオ編成による2025年作 『En un lugar』。アルバムには叙情的な自身のオリジナルのほかクラシック、ソウル、ロック、アルゼンチン・フォルクローレなどのカヴァーも含まれ、異なる時代やジャンルの橋渡しをする作品だ。20年以上にわたりステージやスタジオで演奏をともにしてきた盟友ダニエル・”ピピ”・ピアソラ(Daniel “Pipi” Piazzolla, ds)とマリアノ・シボリ(Mariano Sívori, b)とともに、熟達したジャズを聴かせてくれる。
すべての曲はたった1回のライヴ・レコーディングで収められたという。スタジオ・レコーディングだが、3人がそれぞれ個別のブースに入るのではなく、ライヴ感を重視して同じ空間で録音されたようだ。アルバムの前半に収められたニコラス・ゲルシュベルグ作の(1)「Dilema」や(3)「Yaco’s Song」などは西洋クラシック音楽の色濃い影響を湛えたジャズで、イタリアなどヨーロッパのそれを思わせるほど叙情豊かだ。
アストル・ピアソラ(Ástor Piazzolla, 1921 – 1992)の孫であるドラマー、ダニエル・ピアソラ作曲の(5)「Apocalipsis」を挟み、アルバムの後半にはカヴァーが収録されている。
(6)「Waltz #2」はドミートリイ・ショスタコーヴィチ(Dmitri Shostakovich, 1906 – 1975)作曲、(7)「Lacrimosa」はヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart, 1756 – 1791)のジャズアップ。いずれもオリジナルのアレンジが施されており、違和感なくアルバムに溶け込む素晴らしい演奏だ。
今作の録音で使用されたブエノスアイレスのスタジオ、アグアリバイ・エスタディオス(Aguaribay Estudios)には同国で唯一というファツィオリ1のグランドピアノが設置されており、今作もその独特のシャープで明瞭な音色によって特徴づけられている。それはスティーヴィー・ワンダー(Stevie Wonder, 1950 – )の意外なカヴァーである(9)「Overjoyed」で特に印象的に響き、イントロの高音やメロディーを奏でる中高域の輝きはこのピアノでしか表現できないと思わせるほど。
ラストの(9)「Laura va」はアルゼンチン・ロックのレジェンド、ルイス・アルベルト・スピネッタ(Luis Alberto Spinetta, 1950 – 2012)のバラード名曲のカヴァー。ここでは原曲の雰囲気をリスペクトしたアルコ(弓弾き)によるベースなど、映像的な構成美を醸し出している。
Nicolás Guerschberg – piano
Daniel “Pipi” Piazzolla – drums
Mariano Sívori – double bass
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- ファツィオリ(Fazioli)…1981年創業のイタリアの新進気鋭のピアノメーカー。綿密な手作業をふんだんに盛り込み、世界で最も高価なピアノとして知られている。2010年にはショパン国際ピアノコンクールでスタインウェイ、ヤマハ、カワイに加えて4番目の公式ピアノに採用されるなど、近年特に注目を浴びる。 ↩︎