イスラエル新世代を代表するピアニストによるアイデンティティ探求
イスラエル・ジャズの若き正統な後継者、エデン・ギアット(Eden Giat)。クラシックを礎とした端正な技巧と、ユダヤの伝統的な文化に由来するリリシズムを併せ持った注目のピアニストが、自身2枚目となるリーダー作『Eifo Halev』をリリースした。
今作はナダフ・レヴィ(Nadav Lavi)のベースと、ヨナタン・タガー(Yonatan Tagger)のドラムスとのピアノトリオを軸に、一部の曲では彼のデビュー作『Crossing the Red Sea』にも参加していたサックス奏者ユヴァル・ドラブキン(Yuval Drabkin)が参加する編成となっている。
楽曲はすべてエデン・ギアットのオリジナルで、“心はどこに?”という意味のアルバム・タイトルが示すとおり、ユダヤ人としてのアイデンティティを探求する内容だ。レーベルの紹介文を引用させていただくと、“古代ユダヤの民族伝統を深く掘り下げ、遺産と現代アートを織り交ぜた、今この瞬間に息づく伝統の真髄を捉えた洗練された魂の旅”だという。文字通り祈るように静謐な導入部からマカームの音階を取り入れたフレーズが印象的な(1)「Prayer Song」に始まり、サックスを主役に立てた(2)「Israel」、古代ユダヤ神殿でのスコット(仮庵の祭)で行われた水の注ぎの儀式をモチーフとした躍動的な(3)「Beit Hashoeva」と、宗教的なエッセンスを圧倒的な感性と技巧でジャズに混合させた楽曲が並ぶ。
リリカルなテーマの旋律と、情熱的なアドリブが印象的な(4)「Eifo Halev」、文化的探求者の心を哲学的に表現する(5)「Dance of the Seeker」も素晴らしい。
(7)「La Serena」はラディーノ(セファルディ系ユダヤ人の古スペイン語)伝統歌の要素を織り交ぜた演奏で、ダブケ(民俗舞踊)のリズムが特徴的な(8)「Ala Dalouna」はレヴァント地方1の伝統的なベドウィン/アラブの民謡「Ala Dal’ona」をモチーフとしている。ラストの(9)「Yam Shel Dmaot」は“涙の海”とを意味するタイトルだ。
エデン・ギアットは1999年生まれ。
彼はオスロ合意2後の平和への期待の中で生を受け、物心つく頃にはインティファーダ3が日常となっていた世代だ。彼の音楽に漂う内省的な響きやアイデンディティの探求、そして今作のテーマである“心はどこにあるのか”という問いは、こうしたイスラエルを取り巻く激動の時代背景と無縁ではないかもしれない。
Eden Giat プロフィール
エデン・ギアットは1999年1月にイスラエルのテルアビブで生まれたピアニスト/作曲家。主にイスラエル・ジャズシーンで活躍し、新世代を代表する存在として注目を集めている。
音楽一家に生まれ、父親であるドラマー、ドロン・ギアット(Doron Giat)の影響で2歳からドラムと打楽器の即興演奏を始め、5歳でクラシック・ピアノの学習を開始した。7年間にわたり著名な指導者であるマキシム・シュタインベルク(Maxim Steinberg)に師事し、ブダペスト管弦楽団、イスラエル室内管弦楽団、アシュドッド交響楽団などとソリストとして共演したほか、セルゲイ・ババヤン(Sergei Babayan)やウリ・セガル(Uri Segal)ら指揮者のもとで演奏した。3つのクラシック・ピアノコンクールで優勝を果たし、2012年から2020年までアメリカ・イスラエル文化財団の奨学金を受けている。
2013年、自己表現の自由を求めてクラシックから即興音楽と作曲へ転向し、テルマ・イェリン芸術高校ジャズ科に入学、オムリ・モール(Omri Mor)に師事。2016年にはラヴィド・カハラニ(Ravid Kahalani)率いるミクスチャーバンド、イエメン・ブルース(Yemen Blues)に加入して国内外ツアーを行った。
2019年に自身のカルテットを結成し、ジャズに民族音楽のリズムと中東の色彩を融合させた音楽を創り出した。2020年にはイスラエルを代表するベース奏者であるアヴィシャイ・コーエン(Avishai Cohen)とブルーノート・クラブのライブストリームやマルシアック・ジャズフェスティバルのバーチャル公演で共演。2021年4月にデビューアルバム『Crossing the Red Sea』をリリースし、さらにはサックス奏者アロン・ファーバー(Alon Farber)が率いるイスラエルの名セクステット、ハギガ(Hagiga)に加入したり、2022年からはイスラエル民族音楽のパイオニア、シュロモ・バール(Shlomo Bar)との活動を開始するなど多岐にわたる活躍をしている。2025年10月29日には2枚目のアルバム『Eifo Halev』をイスラエルのインディー・レーベル Toot Recordsからリリースし、古代ユダヤの民族伝統を現代ジャズで再解釈した内省的な作品として高く評価されている。
Eden Giat – piano
Yuval Drabkin – saxophone
Nadav Lavi – double bass
Yonatan Tagger – drums
- レヴァント地方(Levant)…厳密な定義はないが、広義にはトルコ、シリア、レバノン、イスラエル、パレスチナ、エジプトを含む地域。[ ↩︎
- オスロ合意…1993年9月にイスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)の間で合意した画期的な平和的取り組み。イスラエルの国家承認と、パレスチナの暫定自治(ガザ・西岸地区)を相互に承認したもので、歴史的転換点となったが、その後の武装衝突や入植地拡大により和平は停滞・暗礁に乗り上げた。 ↩︎
- インティファーダ(Intifada)…アラビア語で「震え・目覚め・蜂起」を意味し、主にパレスチナ人がイスラエルの軍事占領に抵抗する民衆蜂起を指す言葉。投石やストライキから始まった第1次(1987-1993)と、武装闘争へ激化した第2次(2000-2005)が有名で、パレスチナ問題の転換点となった。 ↩︎