21世紀のワールドミュージックを方向付けたオホス・デ・ブルッホ
1998年、様々な文化や人種が混ざり合うスペイン・バルセロナに誕生したオホス・デ・ブルッホ(Ojos de Brujo)というバンドは、その後の“ワールドミュージック”の進化を語る上で欠かすことができない存在だ。
彼らの音楽は衝撃をもって全世界に迎えられた。
フラメンコ音楽を基調としながら、Hip-Hopやレゲエ、さらにはインド音楽やエレクトロニカ、ファンク、ジャズなどを次々と飲み込み、それでいて確立された個性的な世界観に世界中の“ワールドミュージック・ファン”が度肝を抜かれた。
最初のアルバムこそエデル・レコードから発表したが、2枚目からは自由に音楽を創るために独自のレーベルを立ち上げ、そして数々の賞に輝くなど世界的な成功を収めながら“ワールドミュージック”と呼ばれるものの概念を塗り替えていった稀有なバンドである。
彼らが受賞した主な賞は:
2004年, BBCアワード – ベスト・ヨーロピアン・ミュージック・バンド。
2005年, 音楽賞 – ベスト・スペイン・ツアー。
2006年, ラテングラミー賞 – ベスト・フラメンコ・アルバム。
──驚くべきことに、オホス・デ・ブルッホはレーベルの助けを借りることなく、独自レーベルでの活動でこれらの偉業を成し遂げたのだ。
今では国境や文化を超えたミクスチャー音楽は珍しくなく、すべての音楽が世界中の音楽から影響を受け、あるいは地球の裏にまで影響を与え、“ワールドミュージック”という単語さえ際限なく広がり、互いに混合し細分化される音楽ジャンルを表す言葉としての意味を為さなくなってきているが、まだインターネットの普及しきっていない2000年代初頭から独自のミクスチャー音楽を発信し成功を収めてきたオホス・デ・ブルッホが世界中の音楽に与えた影響は計り知れない。
そんな彼らの軌跡を、デビューアルバムから2011年の衝撃の解散、そしてメンバーのその後を、ミュージックビデオの紹介を交えながら振り返ってみたい。
フラメンコとHip-Hopの融合を果敢に試みたデビュー作『Vengue』
オホス・デ・ブルッホ(Ojos de Brujo, =魔法使いの目)のファーストアルバム『Vengue』(ベンギ, 1999年)は実験的な作品だった。まずは本作の代表曲「Tahita」のMVを観ていただきたい。
この「Tahita」は、なかなか他にはない素晴らしく個性的な曲だ。
12/8拍子のリズムはまさにフラメンコそのもの。ミュートされ、控えめながらラスゲアード奏法を駆使したフラメンコギターやカホンの音色もフラメンコそのもの。独特な節回しで歌う女性ヴォーカリスト、マリーナ(Marina)もしっかりと、フラメンコである。
…しかし、何故か彼らはそれらフラメンコの要素をHip-Hopの文法の上に載せてしまった。
ミニマルながら時にリズム、フレーズ両面で強烈な印象を残すベースライン。
バルセロナ・ミクスチャーを代表するバンド、Macacoの中心人物であるダニ・マカコ(Dani Macaco)のダミ声ラップ。
MVにはストリートアートもフィーチュアされている。
このMVだけでも彼らが只者ではないことが分かるが、このアルバム自体は当時そこまで話題にはならなかった。彼らの物語は、次のアルバム『Bari』から大きく動き出す。
ちなみにアルバムのもうひとつの代表曲「Rumba Dub Style」は、マリーナとマカコが共演し、初期のオホス・デ・ブルッホのメンバーで演奏される貴重なライヴ動画がYouTubeにアップされているので興味のある方はぜひ。
独立し、世界的な成功を収めた2nd『Bari』
オホス・デ・ブルッホのブレイクのきっかけになった作品は2002年の2ndアルバム『Bari』だ。彼らは自由に作品を創りたいという理由でレーベルのバックアップから自ら外れ、自身のレーベルからこの作品をリリースした。
──誰がこの斬新なサウンドを想像し得ただろうか。
自主制作盤ながら、Ojos de Brujoの衝撃は全世界に瞬く間に伝播し、ここ日本でも当時この『Bari』のCDはレコード店で大々的に喧伝された。
1stアルバムではまだ荒削りな印象もあった“フラメンコとHip-Hopの融合”というコンセプトがより高次元で具現化され、オホス・デ・ブルッホというバンドのアイデンティティを見事に確立したサウンドは評判を呼び、のちに先に挙げたような数々のアワードを受賞。これが彼らの大出世作となった。
ハイライトは(3)「Ventilaor R-80」。フラメンコの伝統的なスタイル「ルンバ」をヒップホップやDJパンコ(DJ Panko)によるターンテーブルと融合させてみせ、そのキャッチーな楽曲の魅力とともに彼らを名を世間に知らしめた。
他にもインド音楽を取り入れた「Quien Engaña no Gana」や、フラメンコの曲種サンブラをそのままタイトルにした「Zambra」など、どの曲も変化に富んでおりアルバムを通じて聴き飽きることのない傑作に仕上がっている。
全盛を極めた3rd『Techari』
12拍子の奇妙なファンク「Color」で幕を開ける2007年作『Techari』は、オホス・デ・ブルッホの最高傑作だと思っている。
2ndからさらにミクスチャーサウンドを発展させ、アフリカ音楽、インド音楽、ラテンといった要素がフラメンコと濃密に絡み合うカオスなサウンドが展開されている作品だ。
セネガルのラッパー、ファーダ・フレディ(Faada Freddy)やキューバのジャズピアニスト、ロベルト・カルカセース(Roberto Carcasses)がゲスト参加。
洗練されたエレクトロサウンドやそれまでのアルバムではなかったブラスの音など、進化するバルセロナミクスチャーの最先端を見せつけてくれた。
さらにはCDに添付されたブックレットも1曲ごとに異なるアーティストの絵画がフィーチュアされるなど、視覚面でも非常に刺激的な作品だった。
ラテン音楽の比重が増した4th『Aocana』
続く2009年の4thアルバム『Aocana』。タイトルの意味は「今」。
今作より正式にメンバーとして加入したキューバ出身のトランペット奏者、カルロス・サルドゥイ(Carlos Sarduy)の影響が予想以上に大きく、全体的にサウンドがラテン方面に引っ張られた印象を受ける。しかしながら前作と比較するとフラメンコ要素も強調されており、もしかしたらこれがフラメンコとラテン音楽のもっとも自然な融合な形なのかもしれない。
いろんな意味で、Ojos de Brujoの最終形態としてふさわしいアルバムだった。
10周年記念アルバム、そして解散
数々の輝かしい歴史を刻んできたオホス・デ・ブルッホは2010年に5thアルバム『10 Años』を発表。チクエロ(Chicuelo)、ニティン・ソーニー(Nitin Sawhney)、ベベ(Bebe)といった人気アーティストをゲストに迎え制作されたが、アルバムタイトル「10周年」が暗示するように、収録曲はすべて過去曲の再演やリミックスだった。
おそらく4thアルバム『Aocana』発表前後の紅一点ヴォーカル、マリーナの妊娠・出産という一大イベントが大きく影響しているのだろう、バンドは2011年に解散を発表し、各メンバーはそれぞれの道を歩んでいくことになる。
マリーナは後に、Ojos de Brujoでの10年間は自分にとって1世紀の価値があった、と語っている。
オホス・デ・ブルッホ解散、そしてメンバーのその後
オホス・デ・ブルッホの「その後」は、あまり広くは紹介されていない。
だがしかし、解散後それぞれ別の音楽活動を始めた元メンバーは、Ojos de Brujoという偉大なバンドの遺伝子をちりばめた興味深い活動を継続している。その一部を紹介していこう。
オホスの正統的後継者、Lenacay(レナカイ)
オホス・デ・ブルッホの正統な後継者として注目された存在が、このレナカイ(Lenacay)というバンドだ。
Lenacayはオホス・デ・ブルッホの中心メンバーであったラモン・ヒメネス(ギター)、シャビ・トゥルイ(カホン、パーカッション)、DJパンコ(ターンテーブル)の3人が中心になって始動したプロジェクト。2012年『Ryma』、2014年作『Yerel』という2枚のアルバムを発表している。
オホスの中核メンバーのプロジェクトというだけあって、流石に正統な後継者というべきフラメンコミクスチャーなサウンドが気持ちいい。
アルバムの出来も非常にハイクオリティ、上質なフラメンコミクスチャーだ。
ヴォーカルのパウラ・ドミンゲスも若くて可愛くて魅力的だ。
…だが、マリーナ姐さんのようなパンチがない。オホスのファンとしては、やはり何か物足りなさを感じるものがある。
DJパンコ参加、Electro Rumbaiao(エレクトロ・ルンバイアォン)
DJパンコ(DJ Panko)によるElectro Rumbaiaoは、もうユニット名からしてヤバイ匂いしかしないヤツ。エレクトロ+ルンバ+バイアォン、である。
これはOjos de Brujo関係なしに、一度は聴くべきワールドミュージックの新たな境地だ。
エレクトロ、ジプシー音楽、さらにブラジル北東部の音楽である「バイアォン」の想像を遥かに超える組み合わせは、Electro Rumbaiaoの2015年作『Boom』でしっかりと耳に焼き付けてもらいたい。
マリーナのソロ作『Afrolailo』
2017年、マリーナ姐さんが帰ってきた。
名フラメンコギタリストのチクエロ(Chicuelo)や、後期Ojos de Brujoのメンバー、カルロス・サルドゥイらを引き連れて。
『Afrolailo』は、オホス・デ・ブルッホのファンが待ち焦がれた作品だったかもしれない。
サウンドはオホス・デ・ブルッホの第4作『Aocana』に近く、フラメンコやレゲエ、ラテン音楽の融合だ。しかしDJパンコ不在のためか、やはりエレクトロやHip-Hop要素は薄めとなっている。