音楽のジレンマを乗り越えた、サックス&ドラムス奇跡のデュオ

Timo Lassy & Teppo Mäkynen

北欧を代表するティモ・ラッシー&テッポ・マキネンのデュオ作

サックス奏者のティモ・ラッシー(Timo Lassy)と、ドラムス、パーカッション奏者のテッポ・マキネン(Teppo Mäkynen)のデュオで生み出されたアルバム『Timo Lassy & Teppo Mäkynen』はヨーロッパらしいユニークな感性に彩られた現代ジャズ作品だ。2019年5月リリース。

ティモ・ラッシーとテッポ・マキネンは共にフィンランド出身。両者ともにジャズを基にファンクやHip-Hop、エレクトロニカなどとの融合を試みたNu-Jazz(ニュージャズ)シーンを代表するフィンランドのジャズバンド、ザ・ファイブ・コーナーズ・クインテット(The Five Corners Quintet)のメンバーで、 1990年以降クラブDJから絶大な支持を得るニコラ・コンテ(Nicola Conte)の2008年作『Rituals』にも参加するなどヨーロッパを中心に広く活躍をしている。

収録曲は全曲この二人だけで演奏される。サックスとドラムスだけのヨーロピアンジャズと聞くとさぞ前衛的な内容かと思われがちだが、これが意外と万人受けしそうな良質なジャズどころか、音楽の本質とは何かを考える上でむしろ色々な人に積極的に紹介しお勧めしたいような内容で驚かされた。

創作者と聴き手の間に存在する“音楽のジレンマ”

ティモ・ラッシー(Timo Lassy)の吹くテナーサックスという楽器はご存知のようにジャズの花形楽器だが、西洋音楽の重要な要素のひとつであるコード(和音)を奏でることはできない。サックスが出す音は常に単音の旋律だけだ。テナーサックスの大きな音は威圧的にジャズの音楽空間を制するだけの迫力があるけれど、その音はピアノやギターといった和音楽器のサポートがあってこそ引き立つものだ。──私もそう思っていた。

通常、音楽を発信する側に楽曲の展開に大きく影響を与える和音楽器や、基音を明示するベースという楽器が存在するからこそ、その音楽を聴く側にとっても分かりやすい形にして聴き手に届けることができるものだ。
聴き手に届かない音楽とは、演奏者と聴き手の間で何らかのコミュニケーションロスが発生しているはずだ。演奏者や一部の批評家はそれを都合よく“アート”という言葉で解釈しようとし、もっとも重要なはずの聴き手とのコミュニケーションの部分を無かったことにしがちなのである。

多くの“売れたい”音楽家は、自分たちが届けたい音楽を正しく聴き手に届ける為にできる限り音楽を分かりやすくしようとする。
しかしこれは一方で、音楽の陳腐化というジレンマを常に孕んでいる。

聴き手側は、豊かな感受性と浅い経験の間で葛藤する10代の頃に熱中した分かりやすい流行歌をその後の人生でも信捧し続け、その範疇を逸する所謂分かりにくい音楽はそもそも存在しないものとして見做すか、あるいは“前衛音楽”という言葉でテキトウに理解のあるふりをして片付けようとする。

そうした音楽の発信者と受信者の間に存在する感覚のズレについて、絶妙なバランスの答えを示した作品こそが、本作『Timo Lassy & Teppo Mäkynen』なのだと感じている。

サックスとドラムスだけで語られる、奇跡の音楽

本作『Timo Lassy & Teppo Mäkynen』のアイディアのほとんどを持ち込んだのはサックス奏者のティモ・ラッシー(Timo Lassy)だ。
サックスとドラムスのみというこの編成で、この音楽を聴き手に伝えるにはどうすれば良いか──。

ティモ・ラッシーが本作の中で意識したか否かはともかくとして導き出したその答えは、コード(和音)を単音に分解した分散和音(≠アルペジオ)だった。

テナーサックス一本で本作に決定的に足りないコード感を表現しようとした楽曲は(10)「Nyanza」などに顕著だ。

こうした試みは、この作品が前衛音楽に分類されないギリギリの線で最高級に良質な現代ジャズとして評価されている証拠だと思う。

『Timo Lassy & Teppo Mäkynen』には未収録だが、同じ編成で演奏された楽曲「Calling James」。
ティモ・ラッシーのサックス演奏はコード(和音)を相当意識していることが伺える。

ドラムス&パーカッションを担うテッポ・マキネン(Teppo Mäkynen)のリズムやサウンドがユニークなことも本作の特筆すべきポイントだろう。
彼が叩き出す様々なリズムがこのアルバムに色彩を与え、たった二人で演奏される音楽とは思えないような様々な変化に飛んだグルーヴを生み出している。

(11)「Firebrick」はテッポ・マキネンのソロ演奏だが、ドラムソロとは思えないほど色彩豊かな展開を見せる。

現代ジャズは実験的な編成にも注目したい

サックスとドラムスだけのデュオは実験的な印象を持たれそうだ。が、共にイギリスの現代ジャズの最重要アーティストであるビンカー・ゴールディング(sax)とモーゼス・ボイド(ds)による「ビンカー・アンド・モーゼス(Binker And Moses)」という若いデュオが絶大な人気を博してる現在においては、意外と旬な編成なのかもしれない。

Timo Lassy & Teppo Mäkynen
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