音楽で伝えられるメッセージがある。キューバ系移民のピアニストが新譜に込めた深い想い

Fabian Almazan Trio - This Land Abounds With Life

自然と人間との関わりを描いた壮大なアルバム『This Land Abounds with Life』

今もっとも注目されるキューバ生まれのピアニスト、ファビアン・アルマザン(Fabian Almazan)の新譜『This Land Abounds with Life』は、“この大地は生命に満ちている”のタイトルや美しい鳥のジャケットに表されているように、祖国キューバの美しい自然や音楽への賛歌だ──少なくとも、表面的にはそのように見える。実際、いくつかの楽曲では鳥たちの美しいさえずりも聴くことができる。

しかし85分に及ぶこの壮大なアルバムを聴き込めんでいくうち、ファビアン・アルマザンがこの作品に込めたただ美しいだけにとどまらない複雑な感情や物語性をも感じ取れるはずだ。

複雑な仕掛けの施された新譜『This Land Abounds with Life』を持つジャズピアニストのファビアン・アルマザン。

今作はパートナーとして公私を共にするオーストラリア出身のベーシスト、リンダ・メイ・ハン・オー(Linda May Han Oh)と、プエルトリコ出身のドラマー、ヘンリー・コール(Henry Cole)とのトリオ編成。この3人はマンハッタン音楽院の同級生で、2010年頃より活動を共にする気心の知れた仲間たちだ。(8)「Bola de Nieve」のみ、ファビアン・アルマザン自身が率いる弦楽四重奏グループ「リゾーム」をフィーチュアしている。

ファビアン・アルマザンは1984年にキューバで生まれ、9歳で家族とともに米国フロリダ州マイアミに移住。現在はニューヨークのハーレムを拠点に活動している。ダウンビート誌の批評家投票第1位に輝くほど、現在もっとも注目されているジャズピアニストだ。

今作『This Land Abounds with Life』は、彼とその家族が社会主義国家キューバから“自由の国”アメリカに移民して以来実に23年ぶりに祖国の地を訪れ、そこで見聞きし感じたものをコンポーザー/ピアニストとして音楽に結実させた。

政治や社会が抱える問題に深く切り込んだ楽曲群

アルバムはジョージ・オーウェルの傑作小説『動物農場』に登場する、博学で中立的な姿勢を最後まで貫くロバの名に由来する(1)「Benjamin」で幕を開ける。『動物農場』において、支配階級(=人間)や共産主義の革命家であり、のちに独裁者となる豚のナポレオン、そしてそんな権力者たちに翻弄される労働者層を遠巻きに見つめる知的なベンジャミンというアイコンは、幼くしてキューバから米国に移民したファビアン自身の政治的立場の象徴なのだろう。

(1)「Benjamin」のMV。
「非政治的」で「傍観者」に徹する雄ロバにインスパイアされたテクニカルな楽曲。
博識のベンジャミンでさえ、親友の雄馬ボクサーが屠殺場に送られた際はさすがに混乱した。

マイアミで過ごした少年時代、車で15分程度の距離の所にあった世界遺産エバーグレーズをテーマにした(2)「Everglades」は、この広大な美しい湿地帯が人間の経済活動によって破壊され、そして長い時間をかけて再生させなければならなくなった事実に対する、ファビアン・アルマザンの怒りであり、悲しみであり、警鐘だ。

(3)「The Poets(詩人)」では、ファビアン・アルマザンがキューバ滞在中に偶然出会った高名な老詩人エル・マカグエロ・デ・ピナール(El Macagüero de Pinar)がその場で即興で演じた詩の朗読を冒頭で聴くことができる。その背後にはトラクターの音も聞こえる。

キューバの高名な詩人をテーマにした(3)「The Poets」。
リンダ・オーはエレクトリック・ベースを弾いている。
適度な音響効果も加わり、現代的なセンスの溢れる仕上がりになっている。

(4)「Ella」はスペイン語で“彼女”の意味。現代社会が抱える最重要課題のひとつでもある、女性の権利についての歌だ。ファビアンの妻であり、NYのジャズシーンの中心で活躍するリンダ・メイ・ハン・オー(b)とのデュオで奏でられる美しい音は何かを強く訴えかけるのではなく、「私たちを見て」と静かに語りかけるようだ。

キューバでフィールドレコーディングされた鳥のさえずりが美しい(5)「Songs of the Forgotten」では、トリオによる演奏の背景にかすかにブラスバンドによるアメリカ合衆国国歌(「The Star-Spangled Banner」)が覆いかぶさる。権力に固執する少数の人間が、何百万人もの子供や家族をその生家から追い出してしまう社会の構造を嘆く。

(7)「Jaula(鳥かご)」は、反アパルトヘイト運動で投獄されたネルソン・マンデラを“飛ぶことができない野鳥”に例えている。

弦楽四重奏をフィーチュアした(8)「Bola de Nieve」は本作のハイライトとなり得る大作だ。キューバの政治的な音楽運動ヌエバ・トローバの旗手であるSSWカルロス・ヴァレラ(Carlos Victoriano Varela Cerezo)が書いた曲。

本作に収録された12の楽曲にはここに挙げた以外にも様々なストーリーがあり、ファビアン・アルマザンというアーティストについてもっと知りたいという欲求を掻き立てられる完成度の高いアーティスティックなアルバムになっている。

妻/ベーシストのリンダ・オーもとにかく凄い

ベースのリンダ・メイ・ハン・オー(Linda May Han Oh)は1984年マレーシア生まれ・オーストラリア育ちの中国系で、パット・メセニー・グループへの参加などでも注目を浴びた。ファビアン・アルマザンの経歴と同様に、彼女もわずか3歳で家族とともにオーストラリアに渡った移民だ。プロフィールによるとマレーシアから西オーストラリアの都市パースに移住後、4歳でピアノを始め、11歳でクラリネット、13歳でファゴットを習い始め、ベースを始めたのは高校生になってからのようだ。2002年に入学した西オーストラリアの舞台芸術アカデミーでの修士論文は、敬愛するベーシスト、デイヴ・ホランド(Dave Holland)のソロに見られるインド古典音楽のリズムに関するものだったらしい。

オーストラリアで様々な音楽賞を受賞した彼女は、得た奨学金で米国に渡り、マンハッタン音楽院で後に夫となる同級生のファビアン・アルマザンと出会うことになる。

リーダー作も多数発表している人気ベーシストの彼女だが、本作でも夫であるファビアン・アルマザンのピアノを芯のあるベースで支え、この複雑かつ美しいアルバムの世界観をより一層高めていることは疑いようがない事実だ。


Fabian Almazan Trio :
Fabian Almazan – Piano
Linda May Han Oh – Bass
Henry Cole – Drums

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