どこか懐かしいロシア民謡×Jazz。ウラジミール・シャフラノフ『ロシアより愛をこめて』

Vladimir Shafranov - From Russia with love

「ロシア民謡」の思い出

私が子供の頃、両親がよくロシア民謡を聴いていた。

ソプラノ歌手の鮫島有美子やダーク・ダックス、あるいは本場ロシアの赤軍合唱団のCDだったように覚えているが、シンプルだが勇壮に歌われる「モスクワの夜」「トロイカ」「行商人」「黒い瞳」「ともしび」「ポーリュシカ・ポーレ」(挙げ始めればキリがない…)といった曲が子供ながら大のお気に入りで、父親が運転する車の中でよくカーステレオのカセットテープで繰り返し聴いていた記憶がある。

今この時代にロシア民謡を聴く人がどのくらいいるかはさっぱり分からないが、昔(1950〜1970年代)の日本では「うたごえ喫茶」なるものが流行り、ロシア民謡はそうした場所から日本中に広まっていったようだ。うたごえ喫茶に関しては政治運動的な色も濃かったようだが、当時子供だった自分は純粋にロシア民謡のストレートで美しいメロディがとても好きだった。

そして今でも、時々それらの美しいメロディを思い出す。

ヨーロッパのジプシー映画で流れる「黒い瞳」だったり、Eテレの『ムジカ・ピッコリーノ』で唐突に流れた「長い道を」だったり、お気に入りのジャズミュージシャンが反戦をテーマにしたアルバムの中で取り上げた「ポーリュシカ・ポーレ」だったり…。ふとしたところで出会うロシア民謡には激しく心を動かされるのだ。

名ピアニストがJAZZで表現、哀愁のロシア民謡

2019年も暮れを迎えようとしている今日、なぜか無性にロシア民謡──普通のロシア民謡では刺激が足りないから、ジャズピアノのロシア民謡──を聴きたくなって何回か検索し、行き当たったのがロシアのジャズピアノの名手、ウラジミール・シャフラノフ(Vladimir Shafranov)の2015年作『ロシアより愛をこめて』である。

ウラジミール・シャフラノフといえば、日本が誇るインディーズレーベル「澤野工房」の看板アーティスト(澤野工房が“発掘”した『White Nights』は最高!)だが、本作は澤野工房とはライバル関係にあるであろうヴィーナスレコード(Venus Records)の企画盤だ。

アルバムは私も大好きな(1)「モスクワの夜(Midnight In Moscow)」で幕を開け、チャイコフスキーの(2)「船歌(Barcarolle)」、(5)「黒い瞳(Dark Eyes)」などロシアの名曲、そしてなぜか映画『007 ロシアより愛をこめて』のテーマ曲(9)「From Russia With Love」(ここが日本発の企画盤臭いところなんだよね…)など、ロシアに因んだ楽曲が次々とモダンジャズで披露される。

テーマの提示のあと、アドリブ部分でスウィングするフォービートに予想通りに移行してしまうあたりは昔ながらの代わり映えのしない“モダンジャズ”の印象を拭えないが、ロシア民謡とジャズの掛け合わせという稀有なテーマを最高の音楽性で表現したアルバムとして、評価されるべき作品だと思う。
前述のチャイコフスキーのみならず、ショスタコーヴィチ、ラフマニノフといったクラシックの大作曲家の楽曲を取り上げている点でも、ロシアの音楽に興味がある方にはぜひ聴いてもらいたい作品だ。

ウラジミール・シャフラノフ「モスクワ郊外の夕べ(Midnight in Moscaw, モスクワの夜)」の演奏。

ウラジミール・シャフラノフ略歴

ウラジミール・シャフラノフ(Vladimir Shafranov)は1948年にロシアのレニングラード(現在のサンクト・ペテルブルグ)に生まれたピアニスト。1973年にイスラエルに移住し、1980年にはフィンランドの国籍を得ている。その後1983年にニューヨークに渡り活躍し、1990年にジョージ・ムラーツ(b)、アル・フォスター(ds)とのトリオで吹き込まれた『White Nights』は澤野工房から再販され、同レーベルの躍進のきっかけとなった。

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